第60話 帰り道

 太陽が沈みかけた頃、僕と詩楽は帰宅の途についていた。


 歓楽街を通りがかる。

 テラス席でお酒を飲んで騒いでいる人々や、イチャつくカップルで賑わっていた。


「あたしたちも見せつけよっか」


 詩楽は僕の腕に体を絡ませてくる。

 僕は彼女の肩に手を回す。さらさらの銀髪の手触りがすばらしい。


「甘音ちゃん、お姫さま抱っこして?」

「えっ、ここで?」

「……してくれたら、今日の仕事もがんばれる」


 そう言われたら、断れない。

 僕はかがみ込むと、彼女の膝裏を掴んだ。簡単に持ち上がった。


「軽い」

「お世辞だとわかってても、うれしい」


 詩楽は僕の胸に頬をスリスリ。

 さすがに、人通りの多い場所でしていたら、目立つわけで。


「バカップルやな」

「爆発しろ!」

「あてぃくし、あの女の子に抱かれたい」


 などなど、周りの人に言われるのであった。


 お姫さま抱っこを続けたまま、歩くこと数分。歓楽街の端っこまで来ていた。

 さすがに、腕が疲れてきた。


「詩楽、満足した?」

「ん。一生の思い出になった」

「オーバーだなぁ」


 僕は笑った。けれど、内心ではうれしかった。


「来年も、誕生日を楽しもうな」

「ん。一昨年までは誕生日なんてないなった」


 誕生日なんてなかったと言っているらしい。


「でも、今年からはこれまでの分も取り戻していく」

「僕もがんばるから」

「甘音ちゃん、ちゅき」


 イチャイチャしながら、シティホテルの手前を歩く。

 ホテルから出てくるカップルもいて――。


「えっ?」


 思わぬ人を見て、僕は足を止めてしまった。


「どしたの?」


 すぐに、詩楽も固まった。


「……甘音ちゃん、あれって前と同じ男だよね?」


 僕は無言でうなずく。

 僕たちが目撃したのは、美咲さんだった。


 1学年先輩で、小学生でもおかしくない童顔な少女が、お値段高めなシティホテルから出てきたのだ。

 しかも、立派な身なりをした中年男性と一緒に。


 ファミリー利用も考慮されたシティホテルなので、男性が家族だったら違和感はない。


 ところが。

 美咲さんと男性の間に流れる雰囲気は、家族とは異質で。


(ヤバいんじゃないか?)


 いったんはパパ活疑惑はないと思ったのだが。


「良いホテルって女の子喜ぶらしいし」


 言いにくそうにする詩楽の態度からも、彼女も僕と同じ考えだとわかった。


(どうする?)


 パパ活だったら、なんとかした方がいいかもしれない。


 かといって、違法な行為をしている証拠があるなら、ともかく。疑いだけで突撃もできない。


 シティホテルならラウンジもある。知り合いで、お茶を飲んだだけという可能性もあるし。

 迷っていたら。


らぶ。いいかげん、言うことを聞きなさい」

「……ちっ、ウザいっての」


 美咲さんは男と喧嘩を始めて。


「なんだ、その態度は。誰がおまえを援助してやってる?」


 男の言葉に背筋がゾクリとした。


(援助って、あれだよな?)


 男が美咲さんに金銭的な援助をしてるとしか思えない。

 援助の見返りに――。


「詩楽、なにかあったら、理事長に連絡してくれ」


 大切な仲間だ。

 さすがに、放っておけない。


「あの、彼女、嫌がってますよ」


 僕は男と美咲さんの間に割って入る。


「君は誰かね?」

「お兄ちゃん?」


 美咲さんが僕の腕に抱きついてくる。


 男は目を見開くと、鬼のような形相を浮かべた。

 40代後半とおぼしき男は、線が細く、神経質そう。


「まさか、おまえは愛の恋人なのか?」


 本当の関係を答えるのは簡単だ。


「だとしたら、どうします?」


 僕と美咲さんが恋人同士だと勘違いしてくれたら、男は手を引くかもしれない。

 そう願ったが。


「貴様になど、愛を渡してなるものか!」


 ものすごい剣幕で怒られてしまった。


(パパ活なのに、本気なの?)


 ますます、放置できない。


「もうやめて、お兄ちゃんが迷惑してるじゃん」

「お兄ちゃん? そいつは愛の恋人じゃないのか?」

「それは……えっと、その――」

「まさか、愛。その男がいるから、親の言うことも聞けないのか?」


 えっ?

 会話の流れ的に不自然な言葉が出た気がする。


「お父さん、お兄ちゃんは関係ないよ」

「えっ?」


 今度は声に出てしまった。


「お兄ちゃん、ユメパイセン。この人はらぶちゃんのお父さんなのにゃ」


 まさかのオチだった。


(高校生の娘と父親って、こんなに距離が遠いの?)


 他人にしか見えなかったし。

 僕も父親とは何年も会っていないから、普通がわからない。


「それで、愛。彼との関係は?」

「お兄ちゃんは学校の後輩で、仕事仲間」

「ふん。くだらない遊びの仲間か」


 美咲さんの父親は吐き捨てるように言う。


「ちっ。くだらないって……こっちは年収数千万円の仕事なんだし、金銭的な援助は受けてないんだけど」


 美咲さんは普段とは別人だった。マイルドヤンキーっぽい。


「愛。銀行員の俺に向かって、しょうもない口答えをするな」

「うっ……」

「西園寺さん直々に頼まれたから、おまえの活動を認めているんだ」

「……」

「あんな低俗な遊び、俺は仕事とは認めていない。だいいち、女子が下品な言葉を吐いて。匿名での活動だからといって、愛は恥ずかしいとは思わんのか」


 すさまじい言われようだ。

 さすがの美咲さんも震えている。


 太刀打ちできる気はしないが、僕が取りなさないと。


「あの、事情はわかりませんが、そのくらいにしてやってくれませんか?」

「路上で、人目もある。今日はこのぐらいにするが、……愛、よく考えるんだぞ」


 父親は娘に圧をかけると、駅の方へと去って行く。


「……美咲さん、大丈夫ですか?」

「ごめんね、変なところ見られちゃって」


 いつもの言葉遣いはなく、美咲さんは申し訳なさそうにうなだれていた。


「美咲、よしよし」


 少し離れたところにいた詩楽が美咲さんに抱きつく。金髪を撫でる。

 詩楽の優しさに少しだけ心が癒やされた。

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