第61話 距離
美咲さんも同じマンションに住んでいるので、一緒に帰る。
自宅に向かう間、誰も話さない。
普段は僕と詩楽にウザ絡みしてくる美咲さんも、さすがにおとなしかった。
微妙な雰囲気のまま、自宅マンションに到着する。
エレベータに乗る。他の住民も居合わせた。
沈黙。
密室なので、気まずい。
やがて、僕たちの階に止まった。
降りる。新鮮な空気に落ち着くが、モヤモヤも広がっていく。
なにも聞かないで、美咲さんと別れていいのだろうか?
プライバシーに関わることなので、本人から言い出すのを待つべきかもしれない。
しかし、美咲さんにはお世話になっている。
特に、年末に僕と詩楽の声が出なくなったときには、わざわざ山奥まで来てくれたわけで。
(やっぱ、放っておけないよな)
ちょうど美咲さんの部屋の前に来ていた。彼女は鍵を取り出そうと足を止める。
バッグから鍵を出すのを待ってから。
「あの、差し支えなければ――」
「お兄ちゃん、どうしたにゃ?」
美咲さんの声はいつもよりもうわずっていた。
「僕たちで相談相手になれませんか?」
単刀直入に質問するわけにもいかず、遠回しに切り出す。
すると、詩楽も美咲さんの手を握って、言う。
「ん。あたしも美咲の力になりたい」
「……ふたりとも、ありがとにゃ」
マネージャ兼先輩はニコリとする。
笑顔は無邪気に見えて。
「けど」
高い声は冷たかった。
「今夜配信あるにゃ。くだらないことを気にしないで、仕事をしてにゃ」
「くだらなくなんてないです」
「ん。家庭の悩みはマジでしんどいし」
僕と詩楽が寄り添おうとするも。
「らぶちゃんの自分語りなんて、つまらないにゃ」
取り付く島もない。
「知ってると思うけど、らぶちゃんは面白いかどうかがすべてにゃ」
VTuberをやっているにもかかわらず、面白そうという理由だけでマネージャになった人である。
面白いが行動原理にある人だ。「つまらない」話を無理強いできない。
「わかりました」
諦めるしかなかった。
ところで、僕は美咲さんについて、ほとんど知らないと気づいた。
僕たちにはマネージャと言いつつ、裏ではさくらアモーレとして活動していたとか。
その件は、単純に面白いで処理するとしても、謎が多い人なのだ。
実家がどこで、親がどんな人で、兄弟姉妹は何人いるのかなど、まったく聞いたことがなかった。詩楽に聞いても、知らないという。
陽キャで、ウザい系小悪魔のロリ先輩。
自分のペースで僕たちを巻き込んできて、一方で自分のことを話さない。
(困っているときぐらい頼ってくれてもいいのに)
そう思いながらも、引き下がるほかはない。
「ふたりとも、配信の準備もあるにゃ。自分のことに時間を使ってにゃ」
「……美咲、無理しなくていいよ」
「ごめん、ユメパイセン。らぶちゃん、読みたいエロマンガがあるにゃ」
「詩楽、これ以上は……」
僕は詩楽の手を握る。細い指は震えていた。
僕ももどかしくて、やるせなかった。
「ん。美咲、ごめん」
「じゃあ、僕たちは失礼します」
僕たちは自分の部屋に向けて歩き始めた。
数歩歩いたところで、ドアの開く音がした。
○
家に着く。
夕方には帰ろうと思っていたけれど、予定よりも遅い時間だった。
配信の準備もあるし、料理をする気分でもない。
作り置きしておいた肉じゃがと、サラダ、味噌汁とごはんをさっと用意する。
食事を始めて数分経っても、詩楽はほとんど食べていなかった。
「美咲さんの件だね?」
「ん。あたしも親が最低だから、美咲の気持ちを想像しちゃうの」
「美咲さんに自分を重ねて、モヤモヤしてるのかな?」
「そう」
詩楽はうなずくと、ため息を吐く。
「甘音ちゃん、あたしの気持ちをわかってくれるんだね」
「詩楽のことが好きだから」
重い空気でも告白は忘れない。
おかげで、詩楽の表情が柔らかくなった。
(このタイミングを逃してなるものか)
「詩楽は優しいんだな。自分が大変な思いをしたのに、他人を思いやれて」
僕は彼女の銀髪を撫でて、褒める。
「あたし、親関係が最悪だったから。仲間が苦しんでるの見たくない」
「良い子すぎて、ますます好きになった」
つい、本音がダダ漏れしてしまった。
しかし、すぐに詩楽が心配になった。
たぶん、美咲さんの件を気に病みすぎて、詩楽まで一緒に落ち込みかねない。
優しすぎるゆえに、他人のメンタルに影響を受ける恐れもあった。
せっかく、最近は詩楽自身の調子は安定していたのに。
(今の精神状態で、配信して大丈夫なんだろうか?)
配信を休むように言ったら、自分を責めるし。
少し考えたあと、僕はある作戦に出た。
「詩楽、配信前に気持ちを切り替えたいから、ギュッとしていいかな」
「ん。甘音ちゃん、あたしが癒やしてあげる」
僕は詩楽を抱き寄せる。
彼女は僕の胸に頬をスリスリした。
「甘音ちゃん、良い匂い」
「詩楽も。銀髪さらさらだし、甘いし、温かいし」
「ん。甘音ちゃん成分を補充した。これで勝つる」
作戦は成功した。
心の安定を取り戻した詩楽は、夕食を食べ始める。
その後、詩楽はOpaxの配信をして、メチャクチャ倒しまくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます