第62話 かわりゆくもの

 翌日の放課後。僕と詩楽はレインボウコネクトの事務所に来ていた。

 受付の人に会議室に案内され、待つこと数分。佐藤先生がやってきた。


「昼間、学校で会っていても、リアルだとちがうねぇー」


 佐藤先生がしみじみと言う。

 僕たちの担任教師として、今日もVR空間内の学校で会っていた。

 まだ打ち合わせ前なのか、運営スタッフの顔でなく教師の気分でいるようだ。


「おふたりとも、最近、どうかなー?」

「期末テストも乗り越えましたし、サムネ作りなどの負荷も減ったので、順調ですかね」

「ん。あたしも最近はムリしてない」

「……その顔色なら大丈夫そうかなー」


 ところで、先生と話していて、気になったことがある。


「先生、話し方を変えてませんか?」

「気づいてくれたー」


 先生はうれしそうに飛び跳ねる。

 ブラウスを持ち上げる膨らみが大胆に揺れた。

 つい見たら、詩楽に睨まれた。


「スイレンちゃんに被ってると指摘があってねー。同じ事務所のVTuberとキャラ被りはねー。先生はVTuberじゃないけど、しゃべり方を微調整したのー」


 間延びした話し方自体は同じだけれど、以前とイントネーションが変わっていた。


「かわりゆくものなのー。人も、物も、すべては時とともに変化するんだよー」

「は、はあ」

「だから、状況に合わせて、自分を変えていかないとねー」


 佐藤先生はわざとらしげに抑揚をつける。


「今日の用事って、変化が関係するんですか?」

「猪熊くん、鋭いー」

「さすが、甘音ちゃん」


 なぜか詩楽が得意げに胸を張る。


「それでー、良いニュースと悪いニュースがあるのー。どっちから聞きたいー?」


 定番ネタが来た。

 詩楽に目で尋ねる。


「こういうとき、悪いニュースからの方がメンタル的には良いらしいね」


 詩楽は冷静に言う。悪い話を聞く覚悟はあるらしい。


「じゃあ、悪い話から先にお願いします」

「まあ、悪い話ってわけじゃないんだけど、ふたりには慣れるまで迷惑かけるからねー」


 佐藤先生はニッコリ微笑む。


 僕たちを安心させようとしているのか?

 本当に悪い話でないのか?

 わからないので、身構える。


「じつは、美咲さんがマネージャを辞めたいって言ってきたのー」

「「えっ?」」


 詩楽と声が重なってしまった。


 昨日、親子喧嘩を目撃したばかりである。

 詩楽も気にしているのかも。


 いろいろ聞きたいことはあるが、まずは先生の話を最後まで聴こう。


「運営で話し合った結果、彼女の申し出を受けることにしたわー」


 引き留めてほしかったので、残念だ。

 詩楽も同じ気持ちらしく、うつむいている。


「勘違いしないでー」

「どういうことですか?」

「もともと、美咲さんはVTuberさくらアモーレとして活動してたでしょー。ただでさえ忙しいのに、興味本位でマネージャをやりたいと言ってきたー。学業との両立もあるし、運営としては反対だったのー」


 わかる。

 学生をしながら、VTuberはかなり忙しい。平日は4時間。土日は8時間ぐらい使っている。

 さらにマネージャをしようだなんて、僕は絶対に思わない。


「でも、どうしても夢乃さんのマネージャをしたいって言われて、本人の意思を尊重したわー」

「あたしにウザ絡みするのが目的だったのに」


 そう言いながらも、詩楽は怒っていなかった。


「さらに、猪熊くんのマネージャまでやりたいと言い出したわけよー。美咲さんの健康と成績を心配でねー。でも、成績も下がってないし、言えなくてー」

「美咲さんから辞めたいと言われて、安心したわけですか?」

「教師としての立場からすると、そうねー。来月には3年生になるわけだしー」


 客観的に見れば、納得できる。


「一般的に通信制高校は大学進学率が通学制よりも低いのー。でも、うちは大学進学のサポートにも力を入れてるー。進学を考えるなら、活動を見直してほしいなーって思ってたからー」


 1期生の先輩は高3である。受験勉強のために、冬になってからはほとんど活動をしていなかった。


「なら、残念ですが、仕方ないですね」

「ん。理屈としてはうなずけるけど……」


 詩楽は気持ち的には思うところがあるのだろう。

 昨日の件がなければ、僕も全面的に受け入れられていた。


 ところが、僕たちになにも話してくれないまま別れたわけで。

 美咲さんの気持ちが見えないだけにモヤモヤする。


(かといって、親子の問題に部外者が関与するのもなぁ)


 できることがなくて、悔しい。


「あの先生、僕、美咲さんが心配なんです」


 未熟な僕たちでは無理でも、教師ならなんとかできるかもしれない。


「なにかあったのー?」

「最近、悩んでるみたいで。内容はわかんないですけど」

「教えてくれて、ありがとう。彼女はフォローするねー」


 少しでも先生に話したら、すっきりした。

 詩楽も胸をなで下ろしていた。


「……担当マネージャが変わるというわけで、後任の話をしていいー?」

「ええ」

「ん。あたし的には巨乳なのか気になる」


(詩楽さん、下ネタキャラじゃないでしょ?)


「うちの女子社員。Eカップ以上しかいないのよねー」

「ぶはぁっ」


 衝撃の事実が明かされ、僕は噴いてしまった。


「甘音ちゃんがデレデレしないか、心配」


 詩楽は僕と佐藤先生の爆乳を交互に見て、ため息を吐く。


「じゃあ、良いニュースに行くねー」

「お願いします」

「アニメの台本が来たのー」


 佐藤先生が薄い冊子を僕に渡す。

 僕が出演する回の台本だった。パラパラめくってみる。


「アフレコは春休み。3週間ちょっとあるから、練習しておいてねー」

「がんばります」


 試験も終わって、春休みまでは学校も半日しかない。時間はある。


「それと、夢乃さんは曲があがってきたから、音声ファイルのURLをメールで送るねー」

「ん。任せて」

「練習はしてほしいけど……倒れたり、声をつぶしたりしないでねー」

「もう甘音ちゃんに迷惑かけたくないから、ムリはしない」


 僕を理由に無理をしないのはどうかと思うけど、詩楽が健康を意識してくれるなら文句は言わない。


「じゃあ、これからもよろしくねー」

「はい」「ん。了解」


 僕と詩楽は会議室を出る。


 美咲さんは担当マネージャでなくなっても、これまでどおり先輩と後輩。アニメの仕事も一緒にする。


 あとは先生たちに任せて、自分にできることをしよう。

 かわりゆく関係を僕は受け入れた。

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