第63話 解釈違いは解釈違い
アニメのアフレコまで残り2週間になった。
すでに3月中旬に入り、暖かい日が続いている。
土曜日の昼下がり。眠くならないようにコーヒーを飲みながら、台本を読んでいた。
1話ゲストという話だけど、かなり演技力を要求される作品である。
ホンモノの女性が演じたら、別なのかもしれないが。
というのも、僕が出演するアニメは、登場人物の心情を丁寧に描いた作品だからだ。
原作はラノベで。あらすじは、こんな感じ。
ヒロインは15歳の女の子。彼女は数年間にわたり、父親に監禁されていた。部屋から出ずに、学校も行かず、食事も最低限しか与えられなかった。
ある日。父親が自宅で病死する。
監視がなくなり、ヒロインは家を脱出した。行き倒れたところを、主人公のサラリーマンに拾われて、同居するという話だ。
特殊な環境で育ってきた少女と、ブラック企業勤めで疲れた若手サラリーマンのピュアなラブコメである。
僕の役は、修学旅行で来た女子高生だった。陽キャでスクールカーストのトップ。
ハプニングで友だちと別れて街をさまよう。実は寂しがり屋で不安なときに、ヒロインと出会って、仲良くなる。
陽キャで友だちと上手くやりつつ、裏では冷めている複雑な女の子だった。
難しい少女という点では身近にいる。
同居しているカノジョの詩楽だ。
以前は詩楽のメンタルが心配で、常に気にかけていた。
詩楽がなにを考えているのか、理解しようと努力はしている。
しかし、自分で演じるとなると話は別。
僕自身は、女子高生にも、陽キャにもなったことのないので、苦労している。
なお、本番のアフレコでは音響監督から指示が出る。
下手に演技を決め打ちして、解釈違いが起きたら致命的だ。
いろんなパターンを用意しておいて、向こうのリクエストに応えられるようにしたいと思っている。
原作を読んだり、現役女子高生の詩楽に意見を聞いたり。
キャラの心情に思いを馳せ、試行錯誤しているところだった。
時計を見る。午後3時。2時間ほど取り組んでいたら、疲れてきた。
一休みしようと思って、リビングへ。
すると、リビングでは詩楽と美咲さんがいた。
僕たちのマネージャを辞めてからも、美咲さんは僕たちの家に入り浸っている。
詩楽と一緒に歌の練習をするためだった。
ふたりは今も歌っている。
詩楽は磨かれた歌声を響かせ、美咲さんは楽しそうだった。
途中で、美咲さんが歌うのをやめる。
「ユメパイセン、ここはもっとギュッとバッと気持ちを乗せるにゃ」
「そんな言い方じゃわかんない」
「歌は感性なの。言葉じゃなく、心で魅せるにゃ」
熱い議論を始めた。
邪魔にならないように戻ろうかとするが。
「お兄ちゃん、新しいマネちゃん、どうにゃ?」
美咲さんが話しかけてきた。
「良い人ですね。最初はギャルっぽいから不安でしたけど、コミュ力高いですし、反応も早くて安心しました」
「ん。あたしも。ギャルは苦手だけど、あの人なら問題ない」
「らぶちゃんも安心したにゃ。あと、巨乳なのもうれしいでしょ?」
美咲さんニヤニヤして、僕に抱きついてくる。
「らぶちゃんも大きめだけど、Dカップ」
屈託のない笑みで自爆する。前にも言われた気がするけど。
親子喧嘩を目撃した直後に、マネージャを辞めたから、疎遠になるかもと考えていた。
しかし、杞憂だったようだ。少し安心していたら。
「美咲。今までは担当タレントへのサービスとして我慢してた。けど、ただの先輩後輩になった。甘音ちゃんに胸を当てるのは禁止」
詩楽が頬を膨らませる。
「ちぇっ、ユメパイセンはつまんないなぁ」
「……甘音ちゃんはあたしのものだし」
「まあまあ、詩楽さん……美咲さんも離れてくださいよ」
危険な空気をどうにかしようと試みる。
「甘音ちゃん、優しいところは好きだけど、気をつけて」
「お兄ちゃん、らぶちゃんは妹枠にゃ。セーフでしょ?」
ダメだった。
「美咲さん、ただ僕を遊んで、面白がってるだけですよね?」
「否定はしないにゃ」
やっぱり。
僕が解釈している彼女のキャラだ。
ラノベや脚本で読むのとは異なり、生身の美咲さんと接して思っていることだった。
とはいえ。
「だってぇ、お兄ちゃん。遊んでも許してくれそうだから」
「甘音ちゃんはおもちゃじゃない」
「わかってるにゃ。人として好きだから、抱きついてるにゃ。他の男の人には、そんなことしないし」
「好き? 好き? 甘音ちゃんのことが好き? 好き? 好き? 好き? 好き?」
詩楽がバグっていた。
「美咲さんの好きは友だちとしての好きだから」
「妹としての好きにゃ」
「……寝取ろうとしなければ、友だちでも妹でもどうでもいい」
僕のカノジョは立ち直ると、クールに言い放つ。
一方、僕は別のことを感じていた。
(美咲さん、裏があるんだよな)
たとえば、美咲さんが詩楽のマネージャになったばかりの件。詩楽に対して面白くないと煽ったと聞く。その件がきっかけで、僕は詩楽と出会うことになったのだ。
面白いを最優先と思いきや、他人に単刀直入に意見を言う。本当に楽しいがすべてなら、他人を不快にするリスクを冒さないだろう。
さっきの歌についての議論もしかり。
また、先日、父親に対してキレたときは口調が別人のようだった。
美咲さんの言動は解釈違いな気がする。
(いや、待てよ)
ふと思った。
マンガやアニメなんかを見ていても、キャラが別の姿を見せることがある。
優等生な委員長が家では親にキレたり、不良が猫をかわいがったりするのが、典型的な例だろう。
人の性格は、所属するコミュニティによって変わるかも。
僕も母といるときと、詩楽とデートするときではキャラが変わるし。
自分の見ている面だけを評価して、解釈違いと表現するのは微妙な気がする。
とくに、VTuberの場合は、解釈違いはあるあるな気もする。
デビュー当時は清楚枠だった子が、はっちゃけてヒドくなるのも普通にあるし。
勝手な個人的な印象で人を判断するのはイクナイ。
僕は学びを得た。
もしかしたら、演技の悩みにも活かせるかも。
「美咲、さっきの歌の話だけど、なんとなくわかった」
「さすが、ユメパイセン」
僕が考えごとをしている間に、話が進んでいた。
「さあ、このままアニソンで天下とろうにゃ!」
「ん。あたしもがんばる」
「お兄ちゃんも一緒に盛り上げようにゃ」
「そうですね」
役割はちがえど、同じアニメに関わる。
レインボウコネクトの発展のため。
VTuber自体の今後のため。
「いくぞー‼」
僕はかけ声をあげると。
「「おー‼」」
ふたりの少女は息ぴったりで応じた。
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