第64話 アモーレからのお知らせ【さくらアモーレ/虹】

 春分の日。

 昨日までは4月下旬並みに暖かくて、もうすぐ桜が咲きそうな気配が漂っていた。


 が、今日は真冬のように寒かった。

 気温の変化に体がついていけず、喉の調子が微妙に悪い。


 アニメのアフレコは、いよいよ来週である。

 大事なときに風邪を引きたくない。

 せっかく、キャラ作りの悩みも解決し、順調に準備は進んでいるのに。


 新しいマネージャとも相談し、今日から2日ほど配信をしないことにした。


 できれば、もうちょっと休みたいけれど、あんまり配信をしないとリスナーさんを心配させてしまう。

 萌黄あかつきさんが1週間以上も休んでいたとき、僕も寂しかった。リスナーさんを悲しませたくない。


 3連休最終日の昼下がり。僕は部屋で休養していた。

 久しぶりに萌黄あかつきさんの配信をたっぷり見ようか。

 と思って、ワイチューブの画面を開いたときだった。


「甘音ちゃん、入るよ」

「ああ」

「ごめんね、急に」

「ううん、とりあえず座って」


 空いた椅子があるのに、詩楽はベッドに腰を下ろす。

 妙に慌てているというか、浮ついているというか。


「なにかあったの?」

「ん。アモーレ先輩が緊急の配信をするみたい」


 萌黄あかつきさんではなく、さくらアモーレ先輩のチャンネルをブラウザで開いた。


 3分後にライブ配信が予定されていた。


「アモーレからのお知らせ【さくらアモーレ/虹】」


 配信のタイトルを見た瞬間に、背筋がゾクリとした。


「美咲、今日は練習を休むって言ってたの」


 最近、詩楽と美咲さんはスタジオに行くことが多い。外出がない日でも、僕の家で練習をしている。


「ひとりだと不安だから、一緒にいてほしくて」


 僕は詩楽の隣に座ると、彼女の肩を抱き寄せる。震えていた。


「僕がいるから大丈夫」


 待機所のコメント欄もざわついていた。


:アモーレちゃん、どしたのかな?

:まさか、卒業?

:愛の伝道師を名乗ってる奴だぞ、処女を卒業したとか?

:そっちの卒業は荒れそう


 心配する声はありながらも、暗い雰囲気になっていない。

 エッチな方向に持っていく人がいるのは、アモーレ先輩のファンだから?

 もっとも、コメントの書き込み権限はメンバーだけになっていた。一般の人が投稿できるなら、荒れていたかもしれない。


 配信が始まる。


 元気のよいオープニング動画ではなく。

 文字すらない、真っ黒な画面だった。

 謝罪や卒業発表とかの深刻なときぐらいでしか見ないので、不安が募る。


『みなさん、こんにちは。レインボウコネクト2期生、愛の伝道師さくらアモーレです』


 いつもは軽いノリの挨拶なのに、今日は普通のテンションだった。


『今日はたいした話じゃないんですけど、みなさんにお知らせがあって、特別な配信枠を取らせていただきました』


:特別なプレイをするの?

:俺、変態なアモーレも好きだぞ


 アモーレ先輩とコメントのノリが致命的に一致していない。


『さくらアモーレは本日をもちまして、レインボウコネクトを――』


 詩楽が息を呑む。

 僕は彼女を抱き寄せる。


『卒業はしません。でも――』


 最悪の事態こそ避けられたものの、嫌な予感しかしない。


『無期限で活動を休止します』


 流れ的に予想はついていた。

 けれど、実際に聞くと、やるせなさを覚えた。

 言いたいことはあるが、今は話に耳を傾ける。


『とくに、理由は言わない。アモーレの勝手な事情だし、みなさんに個人的な話をしてもつまらないだろうから』


 つまらないという発言で察しがついた。

 例の親子喧嘩が絡んでいるかも。


 僕たちに対してすら、『面白くない』を理由に話さなかった人だ。

 美咲さんは自分の事情や悩みをつまらないと考えている。


 そして、つまらない話を他人にしても、迷惑をかけるだけ。そう思っている。


(僕たち仲間なんだし、迷惑じゃないのにな)


『個人的な話といっても、けっして、男に振られたからじゃないからね。アモーレ的には、かわいい子とイチャラブしたいし。なお、『かわいい子』だよ。女子とは言っていない』


 アモーレ先輩は笑う。リスナーさんを気遣っているのが、バレバレだった。


:待ってるからね

:理由は聞かない

:恋愛ネタは休んでからでいいよ


 もはや、ふざけたコメントもない。


『真面目な話。あることないこと……ネットで適当な誹謗中傷を書くのは、マジでやめてください。男や女に振られて、傷心で活動しないとか、ホントにホントにやめてね』


 アモーレ先輩はチャンネル登録者数130万人。多くの注目を浴びている。

 当然、アンチもいる。心ない発言も一定数あるはず。下ネタも多いし、嫌いな人は嫌いだろう。


 有名税だのなんだの言う人もいるけれど。

 当事者からしてみたら、メンタルを病む要因になる。

 人を傷つける、悪質な行為だ。


『変なこと書いたら、闇落ちして、世界を呪ってやるから』


 やられるだけじゃないのが、アモーレ先輩らしい。


『ごめんなさい。アモーレ、そんなキャラじゃないのにね』


 アモーレ先輩は苦笑いをする。


『復帰したら、萌黄あかつきちゃんの世界で、悪役をやるのもありかな』


 復帰への意欲が感じられて、少しだけ安心した。


『とにかく、いまは楽しく配信ができる状態じゃないので……楽しさを愛するアモーレ的には、矛盾しちゃって……』


 マイクが鼻をすする音を拾う。


『だから、休ませてください』


:ゆっくり休んで

:オレら1年でも2年でも待つから!


『みんな、ありがとう。ごめんなさい』


 言い終わると、配信が終わった。

 活動休止か。

 詩楽と一緒に歌の練習も熱心にしていたのに。


(これから、どうするんだろう?)


 アニメや詩楽のことが心配になったときだ。


「うぅぅっ」


 詩楽がうめき声を発して、ベッドに倒れた。

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