第54話 【#うさぎ転生】ラノベ1冊読みます⁉【花蜜はにー/虹】

 シュガーチキン先生担当ラノベの発売日。

 午後6時。いつもより早い時間から配信を始めた。


「みなさん、こんばんは。花蜜はにーです」


 普段どおりの挨拶なのに、緊張感が全然ちがう。


「はにーのママであるシュガーチキン先生。先生がイラストを描かれている、『うさぎに転生した俺氏、かわいい動物で覇権とる⁉』の公式発売日が今日なんです」


:昨日、フラゲした

:知らんかったが、面白そう


「そこで、KK文庫さんのご厚意で、1巻まるごと朗読させてもらえることになりました。ぱちぱち」


:案件おめ ¥5000

:1冊朗読って、マ?


「これから、ラノベ1冊読んでいきますね」


:最近、チャレンジャーやな ¥10000


「今日は朗読に集中したいので、始まったらコメントには反応できなくなりますが、ご了承くださいね。

 あと、5時間ぐらいかかりそうです。KK文庫さんからアーカイブの許可もらってますので、無理せずにお付き合いくださいね」


 ひととおりの説明を終えたあと、本番へ。

 ボイスチェンジャーのスイッチを入れると、深呼吸してから語り出す。


『俺はしがないニート。日々ゲームばかりで、親に迷惑をかけるロクデナシ。将来に希望はなく、人間として生まれたのが間違いだったかもしれない。

 ある日。親父がぶち切れした』


 70歳すぎの老人に心を切り替える。定年まで大企業で猛烈に働いてきた彼。仕事は順調で、部長まで昇進するが。

 息子は高校に行かなくなり、ニートの道を進む。

 やがて、自分も定年で仕事を辞め、家にいるとニートが気になる。何度も注意しても、息子は働かない。家を出ない。ゲームばかり。


 元不登校の僕は、息子に共感してしまう。

 しかし、今演じているのは父親である。

 父に感情移入し。


『おまえみたいな人間、消えちまえ!』


 最悪な言葉を息子に突きつける。


『俺は家を飛び出した。行く当てもなく、ブラブラ。雨に濡れ、夜の公園で、ぼんやりと時間をすごす。気づいたら、猫が膝の上にいた。手慰みに猫を撫でる。すさんだ心が癒やされた。

 そのときだった。突然、現れた通り魔に腹を刺されたのは』


 充分な間を置いたのち。


『ぐはっ……せめて、猫だけでも……』


 息も絶え絶えな様子をセリフで表現する。


 小説の朗読は、会話主体の演劇とは大きく異なる。

 地の文での描写も、会話も、僕ひとりで演じないといけない。


 しかも、今回の小説は一人称である。地の文は『俺』で、主人公である。

 セリフと地の文を同じように読んだら、聞いている人は区別ができない。

 なので、声の出し方を工夫する必要があった。


 今回の案件の難しいポイントのひとつである。

 細心の注意を払いながら、朗読を進めていく。


 異世界に転生した主人公は、うさぎになっていた。

 動物なので、主人公の声は男である必要はない。ボイチェンを切る。


 転生先の世界にて。森をさまよっていたら、モンスターに襲われた。

 絶体絶命のピンチに。


『うさぎをいじめるなんて、許しません!』


 ヒロインが登場する。

 役者はもちろん僕。主人公と同じ話し方は許されない。ヒロインの女騎士さんを意識して、声のトーンや速度を切り替える。


『グルゥルルルゥ!』


 狼型モンスターの叫び声まで、僕が再現した。

 ひとり何役って感じで、すべてをこなす。


 ヒロインがモンスターをやっつけると。


『かわいい、かわいい、もふもふちゃん。もふっとしちゃって、いいかな?』

『あ、あの……胸当たってるんですけど』

『はわぁぁ……うさちゃんがしゃべった?』


 会話文も当然、僕ひとり。瞬時に主人公とヒロインで表現を変える。


 脳をフル回転させるので、ハンパなく疲れる。

 こんなにしんどかったの、初配信以来かもしれない。

 1章を読み終えたときには、ぐったりしていた。


「ここで1章は終わりです。続きは5分後になります。KK文庫さんのPVを流しますので、少々お待ちくださいね」


 休憩しようと部屋を出る。詩楽がコップを持って、僕の部屋の前に立っていた。


「おつかれさま。栄養ドリンクでも飲んで」


 少しでも声を休めたい。無言で受け取ると、ドリンク飲み干す。糖分が疲れた脳に優しい。


「名演技だし、リスナーさんの評判もいい。この調子で大丈夫だから」

「……(ありがとな)」


 恋人に励まされると、戦場へ戻る。


 第2章からはウソみたいに明るい作品になる。

 声を抑えつつも、ひたすらハイテンションで楽しい世界を声で表現していく。


 第3章を読み終え、休憩へ。

 既に、3時間を経過していた。残り2時間、折り返しをすぎている。


 休憩のたびに詩楽がマッサージをしてくれたり、甘い物を食べさせてくれたり。

 おかげで、だいぶ楽になったのだが。


 それでも、疲労は蓄積されていく。

 3回目の休憩も終わり、後半戦へ。


『俺、ピクニック行きたい』

『うさちゃんのためなら、モンスターを殲滅する』

『あたしが爆発魔法で山ごと吹き飛ばそっか』

『バカ魔法使い、それじゃ意味ないでしょ⁉』


 主人公のセリフに続けて、3人のヒロインが話すという。

 あらかじめ、本にマークをつけておかなかったら、演じ分けるなんて無理ゲーだ。

 いちおう、誰のセリフなのか、出版社に確認してもらっているので安心だった。


 事前準備はしていても。


『丘の上で食べるサンドイッチもおいね』


 噛んでしまうようなミスも出始めた。


 多少のミスは許容されているとはいえ、あまり良くはない。

 かといって、正確さを重視して、表現力が下がるのも考え物。

 楽しいシーンなので、多少のミスは覚悟で明るく演じることに振り切った。


 最後の休憩に入ったころには、4時間がすぎていた。


 喉もしんどい。

 集中力も限界に近い。


 休憩中、詩楽がくれたチョコを食べながら、ふと思った。


(完璧に仕事するなんて、ムリなんじゃ……)


 さすがに、4時間の朗読は厳しい。

 てにをはの言い間違いや、噛む回数も増えている。

 ここからはクライマックスだけれど、ミスを減らせる気がしなかった。


(どう考えても、無理ゲーだよな)


 無理なものは無理。がんばろうと思っても、どうにもならないことはある。

 久しぶりに弱気になってきた。


 このままじゃ、ミスりまくって、リスナーさんにもコラボ相手にも運営にも迷惑をかけてしまう。


(ヤバい。なんとかしないと)


 焦り始めたときである――。

 背中に温もりを感じた。


「甘音ちゃん、がんばってるね」


 詩楽が体を密着させているのだろう。首筋に吐息が当たっていた。


「しんどいのは、良いお仕事をしたい証拠だよ」

「……」

「でも、完璧な仕事はないの。あたしも配信のたびに、反省点ばかり考えちゃうし」


 先輩の言葉が胸に染みる。


「あたし、ポンコツだから失敗はする。でも、諦めたら成長しない。みんな、離れていくだから――」

「あっ」


 気づいた。


(自分にできることをすればいいじゃないか!)


 さっきもミスを許容する代わりに、表現力に体力を振った。その結果、ここまで持ちこたえられたんだ。


 僕の強みは、アニメ声と表現力。多少のミスは問題にならない。

 あとで、謝ればいい話だ。


 僕は口で伝えるかわりに、詩楽に笑顔で応じた。

 彼女は微笑を浮かべると、僕から離れていく。


『異世界うさぎライフはまだ始まったばかり。かわいい女の子たちに抱かれて、平和な日常をこれからも楽しんでいこう』


 大きなミスをすることもなく、無事に最後の一文を読み終えた。


『これにて、終わりです。最後にお詫びですが、ときどき言い間違えちゃいました。気になった方は原作の1巻を読んでくださいね』


 ミスを謝罪すると同時に、原作へと誘導する。

 これで出版社も許してくれるかな。


 修羅場を乗り越えたら、チャンネル登録者数が100万人に近づいていた。

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