第3章 チャレンジ

第53話 【打ち合わせ】企業案件【ママつながり】

 誕生日から2週間がすぎた。

 2月になり、今日は節分。


 放課後、家と同じ建物内にある運営事務所へ。詩楽うたはいない。僕ひとりである。

 会議室に通されると、佐藤先生と美咲みさきさんがいた。


 美咲さんが佐藤先生の胸を揉んでいる。しかも、大きな双丘が円を描いている。

 思わず、ガン見してしまった。


(動くものって、つい見ちゃうよね?)


 けっして、おっぱいだからじゃない。

 佐藤先生は僕が来たのに気づくと、バツが悪そうに苦笑いをする。


「美咲さん。ふざけるのもやめてね~」

「えっ? 先生のパイオツがお兄ちゃんに挨拶したかったんじゃないにゃ?」

「教師兼マネージャを痴女扱いするなんて、やっぱブラックなんじゃ~」


 担任教師の嘆く姿が哀愁を誘う。


「で、用事ってなんですか?」


 僕は助け船を出す。


「あっ、そうそう~。猪熊くん、ボーナスをちょうだい~」

「へっ?」

「勘違いしないで~直接お金を要求してるわけじゃないから~」


(間接的に要求しているってわけ?)


 突っ込みたいが、目上なので指摘しないでおく。


「あのね。企業案件が来てるの~」

「案件で稼いで、先生の手柄にしたいらしいにゃ?」

「グサッ。美咲さん、バラさないでよ~」


 学校を出て間もない人とはいえ、生徒に軽く扱われていて、かわいそうになる。


「案件の内容を話すわ~」

「お願いします」

「出版社からの話なんだけど~シュガーチキン先生つながりで声をかけてもらえたの~」


 シュガーチキン先生、僕が演じる花蜜はにーの担当イラストレーターママその人である。


「シュガーチキン先生、ラノベの挿絵も描いるでしょ~?」

「ええ」

「そのラノベの最新巻が来週発売されるの~」


 買おう。かなり面白いし。


「プロモーションの一環として、花蜜はにーとコラボできないかって出版社が打診してきてね~。イラストレーター一緒だし~コラボできそうって考えたみたい~」


 わかる。


 VTuberのキャラデザをしているイラストレーターさんは、ラノベの仕事もしている人が多い。


 イラストレーターさんつながりでコラボできそうな気がする。

 というか、過去にも事例があった。


「そこで、新刊の公式発売日に~1巻を全部朗読する配信をお願いできないかな~?」

「全部?」

「ええ。ラノベ1冊まるごと無料公開ってあるし~そんな感じで朗読の許可が出たの~」


(僕が心配しているのは、そこじゃないんですけど)


「全部って、何時間かかるんですか?」


 僕がラノベを読むとき、300ページに3時間ほどかかる。音読なら、さらに遅くなる。


「先方に情報はもらったわ~近い文字数のオーディオブックだと、5時間弱だって~」

「5時間って……もちろん収録なんですよね?」

「ううん。ライブで朗読にチャレンジする企画なのにゃ」


 学生マネージャの美咲さんが口を挟んできた。

 しかも、満面の笑みを浮かべて。無邪気さがあふれんばかり。小学生みたいな童顔なので、怒るのも気が引ける。


(ライブ配信、つまりは、生放送で5時間の朗読をするって?)


 中学の演劇部時代は2時間ぐらいの作品が多かった。しかも、役者は複数人いる。1人で5時間は想像もつかない。


「お兄ちゃん、最近チャレンジャーで新規ファンが増えてるにゃ」

「おかげさまで」


 闇鍋の件が、意外と好評だったのだ。

 僕のあらたな一面を見た人たちが、チャンネル登録をしてくれている模様。

 90万人を超え、来週にも100万人に届きそうな勢いである。


(えっ? 来週?)


 ラノベの発売も来週だったはず。


「ちょうど来週だし、100万人耐久と被ったら面白いにゃ」

「100万人耐久が5時間の朗読って……」

「耐久配信は数あるけど~誰もしたことないでしょうね~」

「耐久朗読童貞を捨てたVTuber第一号にゃ。お兄ちゃん偉大な童貞になるにゃ?」


(童貞を捨てるのに、偉大な童貞って日本語がおかしいですよね?)


「というわけで~来週は大変だけど~サムネとかはこっちで用意するから、お願いね~」

「少しぐらいミスってもいいんですよね?」


 シュガーチキン先生には、トリッターでも素晴らしいイラストをもらっている。お世話になっているので、気持ち的には販促に貢献したい。

 それでも、仕事として引き受けるからには、責任範囲を明確にしたかった。


「もちろん~完璧を要求するんでしたら、時間ももらって収録でやるわ~挑戦を楽しむ企画でもあるのよ~」

「でしたら、問題ありません」

「ありがとう~じゃあ、先生は学校の会議があるから~抜けるわね~」


 佐藤先生は、「夕方から会議って、残業前提じゃないかな~」と、呪いながら、会議室を出て行く。


「お兄ちゃん。やっと、ふたりきりになれたにゃ」


 隣に座る美咲さんが椅子を近づけてくる。

 そのぶん、僕が距離を開けたら――。


 ――ぎゅっ!


 腕に柔らかいものが当たった。


「なにしてるんですか?」

「なにって、見ればわかるにゃ。パイオツを当ててるにゃ」

「そうじゃなく。どうしてしてるんですか?」

「どうしてって……寒いから、お兄ちゃんで温かくなりたいにょ」

「背もたれにパーカーかけてありますし、着ればいいですよね?」

「……せっかくユメパイセンもいないんだし、お兄ちゃんを独占したいにゃ」


 本音を露わにした。


(詩楽がいるときの方が、まだマシなんだけど)


 もちろん、カノジョの目の前でも、かなりマズい。

 それでも、美咲さんの場合は、詩楽も許してくれている。


 理由は2つ。

 美咲さんの破天荒な行動を詩楽も諦めていること。

 美咲さんが本気で僕に恋をしていないこと。


 だから、本気で抵抗しなかったのだが。

 詩楽の目が届かないところで、スキンシップしたら……?

 勘違いされても無理もない。


「美咲さん。僕で遊ぶのはいいんですけど、詩楽がいないときは勘弁してください」

「お兄ちゃん、童貞王になれるにゃ」


 意味不明なことを言いながらも、美咲さんは離れてくれた。


「今日は節分なんだし、らぶちゃんの小悪魔を追い出してみるにゃ?」


 自分で小悪魔だと認めたし。

 美咲さんは節分用の豆を机の上に置く。


「らぶちゃん、鬼役のつもりで、お兄ちゃんを誘惑してみたにゃ」

「そういうことだったのか」

「どう、ドッキリは?」

「理由がわかって、スッキリしましたけど、うーん」

「らぶちゃんでスッキリするとは、お兄ちゃんもロリコンにゃ」


 小学生で通じるとはいえ、高2。年上でもある。


「僕、あかつきさんと詩楽ひとすじなんで」

「同一人物だけどさぁ、ひとすじなのにゃ?」


 突っ込まれた僕はドッキリのお返しとして。


「鬼は外、福は内」


 美咲さんに豆をぶつけてみた。


「こうなったら、戦争にゃ」


 反撃され、戦いが始まった。

 豆がなくなるまで、豆を投げ合う。


「やっぱ、お兄ちゃんと遊ぶと楽しいにゃ」

「僕で遊んでるんじゃないんですか?」

「なんのことかな?」


 すっとぼけた顔をする。


「お兄ちゃんの癒やし力で回復してるのは、マジだから」


 普段のふざけている様子は鳴りをひそめていて。


 マネージャのときでも、2期生のさくらアモーレでも見たことのない、美咲さんの顔だった。


「なんだかんだお世話になってますし、僕で癒やされるのはいいですよ」


 思わず言っていた。


「おぉっ。今度、ユメパイセンがいるときに、脱いでみるにゃ」

「そういうのはやめてください」


 すぐ調子に乗るから、困る。

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