第52話 ケーキとミサンガ
誕生日記念配信が終わり、先輩たちと後片付けをする。
なお、闇鍋は美咲さんが引き取ってくれた。バイオテクノロジー関係の勉強をしている友人に提供する模様。食材をムダにしないで済んで、助かった。
先輩たちが帰るや。
「甘音ちゃん、お風呂の用意したから入ってきて」
「おう、ありがとう」
「ん。本当は一緒に入りたいけど、今日だけは我慢する」
詩楽の様子がおかしい。
無言で入浴中に凸撃してくるのが、普段の彼女だ。
わざわざ欲望を口走ったうえで、なぜ我慢するのだろうか。
いまいち意図が読み切れない。
「そっか。残念だなぁ」
僕は適当に答えると、逃げるように浴室へ。
30分ほどして、リビングに戻る。
暗かった。詩楽も自分の部屋に引き上げたようだ。
電気をつけようと思ったときだ――。
――パン!
音が鳴って。
「誕生日、おめでとう!」
食卓の方から詩楽の声がして。
ローソクの灯火が生まれていく。
円を描くように並べられた光は、16本。僕の年齢分だ。
事情が飲み込めた。
「甘音ちゃん、ローソクを消して」
「わかった」
僕はローソクに顔を近づけ、息を吹きかける。
すべてのローソクが消えた瞬間に、照明がついた。
イチゴのケーキが目を惹く。
白いてっぺんの上にスライスしたイチゴが置かれている。
その中央に白いチョコレードのプレートがあり、「甘音ちゃん、16歳おめでとう」とメッセージが書かれている。黒チョコで作られた文字は少し不格好で、むしろ味がある。
「どうかな?」
詩楽が緊張の面持ちでケーキを見ていた。
しかも、メイド服で。
秋葉原スタイルのメイド服。胸元がリボンで飾られているだけでなく、胸の上部がハート形にくりぬかれている。FカップのY字は見事としか言えない。
(ケーキと、メイド服、どっちの反応すればいいんだ?)
「メイド服もかわいすぎるな」
まずは、女の子本人から褒める。
正解だったらしく、照れ笑いを隠さなかった。
お次は、ケーキ。ケーキの見た目や、詩楽の様子から察するに。
「もしかして、詩楽が作ったの?」
「ん。挑戦してみた」
「……そんな気配なかったのに」
「美咲の部屋でキッチンを借りて、ひそかに準備をしてた」
美咲さんの部屋は僕たちと同じ階にある。借りるには便利だろう。
「食べていいかな?」
詩楽はナイフで切り分けると、フォークで一切れ掴む。
「はい、あーん」
せっかくだ。遠慮なく、食べさせてもらう。
「努力と愛情が伝わってくる味だね」
「どういう意味?」
「味はもちろんおいしいよ。でも」
「でも?」
「プロじゃ作れない、詩楽オリジナルの味なんだよね」
口で表現するのは難しい。けれど、できるだけ自分の言葉で言ってみよう。
「なんというか、詩楽が僕を大切にしてくれるのが、伝わってくるというか」
「もちろん。甘音ちゃんしか愛さん」
「そういう一途なところとかが味に出てる気がする」
詩楽は褒められてうれしいのか、ヘラヘラしている。
「すごい準備をしたんじゃない?」
「ん。ワイチューブでケーキ作りの動画を見まくった。巨乳クッキングのお姉さんは神だった。それから、VRの料理シミュレータで予習を100時間。最後に、美咲にキッチンを借りて、128個ほど試作品を作ってみたわ」
想像以上だった。
本音としては無理してほしくないのだが。
詩楽の場合は精神面の不安が大きく、彼女の好きなようにさせてあげたいのもある。
「ありがとな」
僕は彼女の銀髪を撫でる。
メイドさんが僕の肩に顔を乗せてくる。
誕生日はまだ2時間ほど残っている。
ふたりでケーキを食べながら、甘いひとときをすごす。
おなかが落ち着いた頃。
「甘音ちゃん、今日のコラボ、闇鍋にしたのは、なんで?」
「ごめんな、変なものを食べさせちゃって」
「ううん、怒ってるわけじゃなく、不思議だったから」
「僕もデビューから、もうじき3ヵ月。声のおかげで、予想以上に人気が出たけど」
昔は嫌っていた声に、今は普通に感謝しているわけで。ホントに人はわからない。
「だんだんインパクトは弱くなっていて、チャンネル登録者数の伸びも鈍化している」
80万人を超えたあたりで伸びにくくなっていた。
「そろそろ個人の活動にも慣れてきたし、新しいことにチャレンジしたいと思っていたんだよね」
「新しいこと?」
「うん、例のアニメの件もあるし」
正月に理事長に聞いた話は、あくまでも案件が来るかもしれないというだけ。正式に出ると決まったわけではない。
「アニメの制作側に、僕たちを使うメリットを感じてもらわないといけないでしょ?」
なぜ、本業の声優や歌手ではなく、VTuberなのか?
VTuberファンを取り込みたい。
話題作りをしたい。
理由は他にもあるだろう。
いずれにしても、大金が動く以上は、エラい人を動かす根拠が必要となる。
そのために、リスナーさんを増やしたり、3Dライブを興行的にも成功させたり。
目に見えてわかりやすい成果が求められる。
「そうね。あたしたちの活動は遊びじゃないから」
「……なのに、先輩たちと企画会議をしたら、あの人たちメチャクチャじゃん」
「ん。セクハラはひどい」
「自分たちの配信でも、きわどい発言するし。それでいて、アモーレさんとかチャンネル登録者数も、ウルチャの収益もトップなのがね」
「美咲には騙された」
詩楽が口を尖らせる。
「先輩たちは、ひどい(褒め言葉)だけど、あのエネルギーは僕にも必要かも。セクハラ会議中に、ふと思ったんだ」
「……悔しいけど、同意」
「少なくても、先輩たちに流されるだけじゃダメな気がしたんだ」
「それで、闇鍋?」
「いっそのこと、体当たりで配信してみたくなって」
「甘音ちゃんも大胆」
「あわよくば、先輩たちにセクハラの反撃をしたかった。後悔はしていない」
「ありよりのあり」
ここまで、詩楽が文句を言わずにいてくれて。
「詩楽まで巻き込んで、ごめんな」
もう一度、闇鍋の件を誤ると。
「あたし、甘音ちゃんの気持ちがわかりすぎる」
「ん?」
「あたしもデビューから3ヵ月のときに壁を感じていたから」
同じ年の恋人だけれど、仕事では先輩だ。僕より経験を積んでいる分、言葉に重みがあった。
「そんなときに、美咲がマネージャになって、初対面で突っ込まれたわけだし」
詩楽が橋から飛び降りようとした事件の遠因だ。
「だから、今の甘音ちゃんの気持ち、痛いほどわかる」
切なげな詩楽の顔を見て、不安に襲われる。
「あたしは過去を乗り越えた。もう、あんなことはしない」
力強く言い切ったおかげで、すぐに安心できた。
「でも、過去は消えるわけじゃない」
「詩楽?」
「あたしがツラい思いをした経験を活かして、甘音ちゃんを支えたい」
彼女の言葉に涙が出てくる。
「ほら、泣かないで」
詩楽が僕の頬を手でふく。
「……詩楽が立派すぎて、うれしくて泣いちゃった」
すると、今度は詩楽の瞳が濡れる。
僕はすぐさま彼女の涙をぬぐった。
しばらく見つめあう。
気づけば、日付が変わろうとしていた。
「あっ、プレゼントがあったんだ」
詩楽はメイド服のポケットに手を突っ込む。
「はい、ミサンガ」
僕は腕を差し出す。彼女にミサンガを着けてもらった。
「甘音ちゃんの願いが叶いますように」
「……僕の願いはもう叶ってるけどね」
「へっ?」
「大好きな彼女と一緒にいられて、幸せすぎるし」
「あたしも幸せ」
「だから、あらたな願いを込めるね」
「ん?」
「これからも、いまの幸せが続きますようにって」
「……ちゅき。あたし、世界が滅んでも甘音ちゃんがちゅき」
「大きく出たな」
「魔法少女してるからね」
詩楽が膝抱っこされてくる。
このあと、滅茶苦茶イチャラブした。ただし、一線は越えない範囲で。
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