第6章 師走はVTuberも走る

第25話 RTAのような年末

 最近、時間の流れが速くなっている気がする。

 とくに、12月に入ってからは。


 きっかけは、担任兼マネージャでもある佐藤先生のひと言だった。

『期末テストで赤点取ったら、罰ゲームで24時間耐久補習だからね~』

『うっ、がんばります』

『試験前1週間は配信も禁止だから~』

『僕まだデビューから1ヶ月ですよ。1週間も休んでいいんですか?』

『仕事より学業優先だからね~』


 というわけで、12月の前半は試験勉強に費やした。

 普段はVTuberの活動が忙しく、予習復習もおろそかになっている。


 寝る間も惜しんで勉強していたら。

『甘音ちゃん、睡眠不足は暗記の敵だし、体にも悪い。あたしが教えるから大丈夫』

 まさか、詩楽に怒られるとは。


 その翌日から詩楽と一緒に勉強を始めた。

 結論から言って、メチャクチャわかりやすかった。


 歌やゲームだけでなく、勉強まで得意だなんて。

 僕のカノジョはただ者ではない。 


 おかげで、どうにか期末テストを乗り越えた。

 なお、詩楽は学年10位以内だった。


 試験が終わって、楽になるかと思いきや。

 試験最終日。花蜜かみつはにーの3Dモデルが完成したと連絡が来る。


 休む間もなく、3Dお披露目配信に向けて、本格的な準備を始めることに。

 連日、学校が終わると、スタジオへ。


 夜になって帰宅したら、通常の配信だ。試験前に休んだので、できれば毎日配信をしたい。

 目が回るような忙しさだった。


 なお、詩楽も似たような状況だった。

 毎日のようにダンスや歌のレッスンに出かける。さらに、ゲーム配信もしたり、他の仕事もしたり。


 師走は先生が走るというけれど、VTuberも走っている。

 ゲームのリアルタイムアタックRTAをしているような毎日だ。


 なぜ、僕たちが忙しいかというと。

 僕の3Dお披露目配信は、12月27日。

 詩楽の3Dライブは12月28日。

 2日続けて、大事な仕事が入っているから。


 当然、デートする暇もない。


 イチャつくのはベッドの中でのみ。

 といっても、僕たちは健全な高校生であり、てぇてぇ関係のVTuberでもある。

 添い寝しても、キス以上の行為はしていない。


 好きで活動しているので、文句を言うつもりはない。

 けれど、肉体的にも精神的にも疲れるのは事実で。


 今日、12月23日も、寝起きから体が重かった。

 急に寒くなったのもあって、ベッドから出たくない。

 数分前に目が覚めたのに、動けないでいる。


(まあ、立てないのは別の理由もあるんだけどね)


 犯人は背中に当たる柔らか物質。


(僕のカノジョって小さいのに大きいよな?)


 寝るときはノーブラなのか、パジャマ越しに大胆な膨らみを感じていた。

 忙しいと性欲が増すという説があるけれど、本当かもしれない。


(ちょっとだけ、ちょっとだけならいいよね?)


 我慢できずに、寝返りを打つ。

 カノジョの寝顔を拝もうとする。


(お触りするわけじゃないし) 


 そう言い聞かせるが――。


 詩楽の顔を見たとたん、僕は自分の愚かさを思い知らされた。

 彼女が苦しそうな顔をして、額に汗をかいていたからだ。


 僕はベッドを出ると、ハンカチで彼女の汗を拭う。


「お、おいてかないで」


 目は閉じている。寝言のようだ。

(悪い夢でも見てるのかな?)


「あまね……ちゃん……とおくにいっちゃ」


 僕の名前が出てきて、思わず手を止めてしまった。


(寂しい思いさせて、ごめんな)


 あと5日。詩楽のライブが終わったら、ふたりでゆっくりしよう。


 それまでは僕の力ではどうにもならない。

 詩楽に休むよう勧めても、仕事熱心な彼女は気にするから。


 いまの僕にできるのは、彼女を安心させること。


「僕、ずっと一緒にいるからね」


 僕は詩楽に真正面から抱きつくと、銀髪を撫でる。

 朝陽を浴びる髪は神々しかった。


 しばらく、カノジョを愛でていたら、詩楽が目を覚ます。


「ん、おはよう」

「おはよう」

「朝一で甘音ちゃんの声が聞けて、元気出てきた」


 なぜか、空元気に思えて。


「大丈夫。さっき、うなされてたみたいだけど?」

「うん……夢の中で、ホラーゲームしてたみたい」

「そりゃ、怖いよね」


 僕は笑いはしたものの、寝言の内容が気になってたまらなかった。


「心配かけて、ごめんね」

「気にしないで。僕は詩楽の見守り役だから」

「魔法少女あかつき的には、甘音ちゃんは最強の騎士だもんね」


 僕は気分を変えた。心配しても仕方がないし。


「推しに最強扱いされて、幸せすぎるんですけど」

「甘音ちゃん、あたしのこと好きすぎるでしょ?」

「……詩楽も僕のこと好きだよね?」

「だーいしゅき❤」


 詩楽がだいしゅきホールドを決めてきた。


 ベッドから出るまでの5分間、僕たちはお互いの体温を確かめ合う。

 1日の144分の1。

 たったそれだけの時間で、僕は幸せを感じた。

 あと数日。がんばって乗り切ろう。

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