第71話 【作戦1日目】みんなで盛り上げていこう!

 美咲さんの部屋のリビングにて。


 プリムラ先輩はノーパソを使って、配信の準備をし。

 スイレン先輩は眠そうな目をこすりながら、IHクッキングヒーターの操作を。

 僕は鍋の準備をしている。


「配信枠を立てたし、トリッターでゲリラ配信の告知も終わったぜ」

「こっちも準備した。じゃあ、昼寝するから~すやぁ」


 プリムラ先輩は薄い本を読み始め、スイレン先輩は夢の世界に行ってしまう。

 あいかわらず、マイペースな人たちだ。


「じゃあ、作戦を始めますよ」

「おうよ。はにーが仕切ってくれ」

「わかりました」


 僕は肺に空気を取り込んで。


「現時刻、1400《ひとよんまるまる》をもって、天岩戸あまのいわと作戦を開始する」

「「おう!」」

「対象は美咲みさきらぶ。引きこもった太陽神を引っ張り出す」

「「おう!」」


 プリムラ先輩はともかく、寝ていたはずのスイレン先輩まで鬨の声を上げる。


 天岩戸作戦。日本神話をモチーフに考え出した作戦である。

 超ざっくり説明すると。


 太陽神ともされる、天照大神あまてらすおおみかみ

 ある日、偉大なる天照大神は、須佐之男命すさのおのみことの乱暴さにブチギレ。天岩戸に引きこもってしまった。

 太陽神が隠れたことで、太陽の光が来なくなり、世界が暗くなる。


 困った神々は相談した結果、ひたすら騒ぐ。

「楽しそうにしていれば、混ざりたくなるんじゃね?」みたいな考えらしい。


 神々の予想どおり、天照大神は外に出てきたというわけ。

 天照大神が復帰し、太陽の光も戻ってくる。めでたし、めでたし。


 という神話である。


 美咲さんは面白さを愛する太陽のような人。そんな人がなんらかの事情で引きこもった。

 太陽が消え、影響を受けた詩楽は落ち込んでいる。


 有名な神話が、僕たちを取り巻く状況に似ている気がしたので、参考にさせてもらった。


「みんなぁ、こんにちは。平日の昼間だけど、ゲリラ配信をさせてもらったぜ」


 プリムラ先輩が自分のチャンネルで配信を始める。


「今日は急にコラボすることになった。スイレン、はにーと闇鍋する。今日も騒ぐから、みんなもついてこいよ」


 神話で神々が騒いだのであれば、僕たちも思いっきり遊ばないと。


 僕たちなりの流儀で。

 となると、VTuberなので、配信しかない。

 ひたすら楽しい配信を、美咲さんの近くですることにしたのだ。

 ネタは以前、美咲さんも参加して、バカをした闇鍋である。


「前回の闇鍋は2ヶ月前だったか。春だけど、今日は寒いから闇鍋リトライしかないっしょ」

「寒いのと闇鍋は関係ないけどぉ、前回は楽しかった。おけまる」


 スイレン先輩が珍しく突っ込んだ。というか、前回は寝てるだけに見えたのに、楽しんでくれていたんだ。


「今回は3人で鍋を食べるけど、もしかしたら、特別ゲストが来るかもよ」

「プリムラ先輩、誰なんですか?」

「はにー、良い質問やな」


 事前に打ち合わせした通りに進める。


「今日は闇鍋を使った召喚の儀式なんだぜ」

「だから、誰を召喚するんですか?」

「最近、活動を休んでるあいつ」

「「おぉっ」」


 僕とスイレン先輩はオーバー気味に驚いたフリをする。

 コメント欄にも大きな反応があった。


:まさか、アモーレとは?

:プリムラ、セクハラ友だちがいなくなって、寂しいんじゃ

:セクハラの友情、てぇてぇ

:理由はどうあれ、仲間への愛情は助かる


「あいつ、休んでるし、来るかどうかはわかんねえぞ。でもさ――」


 プリムラ先輩は言葉を句切ると、僕に目配せしてきた。


「真面目なセリフはガラじゃねえ。後輩、あとは頼んだ」

「いきなり振らないでくださいよぉ」


 僕は文句を言った後、数秒の間を置いて。


「みなさんの応援をアモーレ先輩に届けたいんです」


 思っていることをストレートに告げる。


「はにーたち、楽しく遊んで、みなさんに喜んでもらいたいの」


 仕事として配信している以上、リスナーさんのためが大前提である。

 けれど、天岩戸作戦に限っては。


「はにーたち話し合ったの。アモーレ先輩にどうしたら元気を届けられるだろうかって」


 切ない気持ちを強調して、リスナーさんに呼びかける。


「はにーたちが楽しく配信していれば、アモーレ先輩も復帰したくなるかもしれない」

「あいつ、遊びたがりだもんな」

「ええ。ですが、はにーたちだけでは限界があるんです」


 5ヶ月の配信活動で実感させられている。

 VTuberが自分だけでいくら盛り上がろうと。


「はにーたちの配信は、リスナーのみなさんがいるから成り立っているんです」


 リスナーさんがいなかったら独り相撲になってしまうんだ。

 VTuberの世界は、配信者とリスナーが協力して作り出す。いわば、演劇のよう。どちらかが欠けたら成り立たない。


(だから、リスナーさんを見ないと)


 同時視聴者数は5000ほど。向こう側にいる人々を想像して、声に感情を乗せる。


「はにーたちと一緒に配信を盛り上げて、アモーレ先輩一緒に声を届けてもらえませんか?」


:てぇてぇ ¥5000

:アモーレ、良い後輩を持ったなぁ ¥10000

:じゃ、一人で闇鍋するわぁ

:俺も闇鍋の用意する


 プリムラ先輩のリスナーさんに助けられた。


「はにー、真面目な話はいいけど、長い。オリンピックじゃねえんだぞ」

「す、すいません」


 天岩戸作戦第1弾の闇鍋が始まった。

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