第6章 天岩戸

第70話 共同作戦

 さくらアモーレさんが活動休止を発表した翌日。

 昼で学校が終わり、すぐにでも作戦を開始したいのだが。


「詩楽、お粥は食べれそう?」


 半日、学校を休んでいた詩楽のサポートもある。


「ん。食欲はないけど、体のためにも食べる」

「……じゃあ、少しにしような」


 食欲はなくても食べようとしてくれるのは安心できる。けれど、詩楽の場合は無理するのが目に見えている。


 寮は少なくても栄養が摂れるように工夫することに。

 米の量を減らす代わりに、ほうれん草やにんじん、ニラ、鶏肉と卵を入れた。


「甘音ちゃん、おいしい。立派な奥さんになれる」

「……この話、配信でしていいからね」

「重大発表で、あたしたちの結婚を報告するの?」

「結婚は18歳になってから考えるとして……てぇてぇアピール大事だからね」


 結婚は早すぎる。かといって、今の詩楽のメンタル状態では言いにくくて、先延ばしにした。


 昼食を終えた後。


「じゃあ、僕は出かけてくるから」

「……甘音ちゃん、もしかして」

「詩楽が気にすることじゃない。いまは休んでて」


 僕は彼女の頬にキスをすると、家を出た。

 向かった先は、2軒隣の部屋だ。すぐに着く。

 チャイムを鳴らす。


「よお、オレさまに昼這いするとは、そんなに性欲が溜まってんのか?」


 プリムラ先輩はドアを開けたまま、とんでもないことを言う。


「ディスコーダーで用件を伝えましたよね⁉」

「冗談だっての」


 挨拶代わりにセクハラをするイケメン女子高生は、僕の肩を叩き。


「ちょっとは元気出たか?」

「あっ」


 プリムラ先輩なりの気遣いだとわかった。


「とりあえず、うちで話そうぜ。スイレンを起こしてくるから」


 プリムラ先輩とスイレン先輩が暮らす部屋に入る。


 僕たちと同じタイプの部屋なのに、リビングの雰囲気は全然ちがう。

 高級コンポからはクラシックが流れ、フィギュアケースにはロボットのプラモデルが並べられている。

 洗練された趣味人で、女子高生の2人暮らしとは思えない。


「空いてる席に座っといて」

「失礼します」


 詩楽以外の女子高生の部屋は初めてで緊張する。


「ふぁー……よくねたぁ」


 スイレン先輩がリビングに隣接する部屋から顔を出す。ブラウスは着崩れていて、ブラジャーがチラチラしている。大きい。


「スイレンの巨乳でメンタル回復したか?」

「……」

「かわいい後輩くんなら……メチャクチャにしていいよぉ」


 2軒隣ぐらいから殺気を感じた。


「ご遠慮します」

「甘音ちゃん、真面目か?」


 話が進まない。


「それより、美咲さんの件ですが」

「それな」


 さも当然とばかりにプリムラ先輩はうなずく。


「まずは本人の状態を確認しなきゃだな」

「美咲さんとは話せたんですか?」

「いや。昨日から何度かディスコーダーを送ってるんだが、反応ないんだよな。かといって、あんまりしつこくして追い詰めるのも逆効果だし」


 プリムラ先輩もため息を吐く。


「美咲の奴。にゃーにゃーロリ巨乳と思わせといて、裏表激しいからなぁ」

「同意です。小悪魔で、僕と詩楽にちょっかいを出してきますし」

「それもあるけど、あいつ世界を呪ってるからな」


 予想外のことを言い出す。


「だから、オレは例のプランを提案したんだ」


 納得した。例のプランの元になった神話を思い出す。

 天然陽キャの美咲さんと、とある神さまを重ねてしまった。


「じゃあ、ホントに行かないとですね」


 ディスコーダーで事前に話し合っていたので、方針の確認だけで済んだ。

 プリムラ先輩たちの部屋を出て、3人で隣の部屋へ。


「オレのマジックアイテムで、昼這いするからな。後輩くん、ロリ巨乳相手に欲情を催しても、オレが許す。やっちまえ」

「社会的に終わりますから」


 ふざけている間に、プリムラ先輩は美咲さんの部屋の鍵を開けていた。


「よし、成功だ」

「鍵を預かってるだけですよね?」

「面白さを重視して、演じてみた」


『面白さ』という言葉に胸がチクリとした。


「ここからは僕の番です。おふたりは様子見でお願いしますね」

「おうよ」

「寝ないようにするね」


 玄関で靴を脱ぐと、「お邪魔します」と小声で言って、美咲さんの部屋に入る。


 以前、美咲さんは僕たちの部屋に勝手に侵入していた。

 1回ぐらいはやり返したい気もするけれど、相手は女子。

 最悪、訴えられることも覚悟して、廊下を歩く。


 リビングのドアを開ける。僕たちと同じタイプのリビング。お弁当の空き容器が何個か転がっている。


 普段は掃除をしているらしく、汚部屋ではない。

 最近になって、生活が乱れたのだと推測できる。


 遅れてやってきた先輩たちに目配せすると。


「美咲さん、部屋にいますよね?」


 僕はゆっくりと、できるだけ柔らかな声で語りかける。


 すぐに返事は来なかった。

 しかし、部屋に彼女がいることを確信していた。

 かまわず、呼びかける。


「僕でよければ、話を聞きますよ」


 美咲さんは反応しない。

 数分にわたり、沈黙が続く。


 半年前の僕だったら、この時点で帰っているだろう。

(あいにく、面倒な子がカノジョなんでね)

 落ち込んだ詩楽をあやすのに比べたら、無視なんて我慢できる。


 待っている間、美咲さんに近づきたいと願う。


 何に悩んでいるか?

 何に苦しんで活動休止になったのか?


 僕も先輩たちも知らないわけで。

 まずは、凍った心に寄り添いたかった。


 春の昼下がり。無音を噛みしめていたら。


「……つまんないの」


 ドア越しに、消え入るような声が返ってきた。


「美咲さん?」

「つまんないの」


 一度目よりも、はっきりと聞こえた。


「らぶちゃん、何者にもなれないの」

「何者にもなれない?」


 美咲さんの言葉を返して、続きを促す。


「わたし……つまらない存在って、気づいちゃった」


 つまらない。

『面白い』を行動基準にする人としては悲しい。


 だがしかし。

 3回繰り返されたのは、それだけ美咲さんの悩みに近いから。


 どんな発言でも、話してくれたら、チャンスは生まれる。


 後ろを振り向き、プリムラ先輩に目配せした。

 イケメン女子高生は堂々と胸を叩くと、スイレン先輩を連れて、玄関の方に向かう。


 先輩たちが去ったのは、プランを決行するため。

 先輩たちが準備をしている間、僕は自分の役割を果たそう。


「僕、いつも楽しそうな美咲さんがまぶしかったんですよ」

「らぶちゃん、お兄ちゃんに抱きついて、困らせてたよね?」

「……正直に言うと、詩楽の反応が怖かったですけど、嫌じゃなかったですし」

「らぶちゃんのDカップに欲情したの?」


(答えにくいことを……)

 いつもだったら言葉を濁すのだけれど。


「そりゃ、美咲さんみたいにかわいい人に抱きつかれたら、僕も男なので」


 カノジョ一筋なので、浮気するつもりはない。ハーレム願望もない。

 とはいえ、現実的には性欲もある。我慢していても、男の本能は消えない。


 今日は本音を話すと決めていたので、正直に打ち明けた。


「そんなこと言って……らぶちゃんが本気になってもいいの?」

「そ、それは……」

「ユメパイセンがいるもんね」

「すいません」


 どの程度の気持ちで言っているのかわからない。

 それでも、ウソはつけない。


「わかってた」

「……」

「らぶちゃん、つまんないもんね」


 振り出しに戻ってしまった。

 思ったよりも病んでいる。


 それでも、見捨てない。

 大事な仲間だから。

 恋愛関係にはならなくても、てぇてぇ関係ではありたい。


 仲間を救えなかったら――。

 そんな、てぇてぇはインチキだ。

 ホンモノにはなれない。


(絶対に、なんとかする)


 決意を固めていたら、準備を整えた先輩たちが戻ってきた。

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