第69話 変えられない世界
さくらアモーレは愛の伝道師を名乗り、いろいろやってみた。
たとえば、リスナーさんの恋愛相談に乗る企画をしたところ――。
『カノジョのメイド服が好きになりました。メイド服に告白したいのですが、どうしたらいいでしょうか?』
カノジョのメイド服姿ではなく、メイド服そのものに惚れた事例や。
『俺、カノジョに浮気されたっす。相手は俺の弟。まだ母ちゃんの腹にいるっす』
被害妄想がハンパない人など。
ガチで犯罪すれすれな人までいて、ワイチューブさんにBANされかけた。
そんな配信を続けているうちに、やべー奴認定された。
一方で、チャンネル登録者数はうなぎ登り。
自分なりの面白さを追求してみたら、人気VTuberになれた。
メチャクチャ楽しかったけれど、1年も活動したら慣れてくる。徐々に飽き始めた。
そんなとき、後輩がデビューした。
侍と、占い師、魔法少女だった。
わたしが惹かれたのは、魔法少女
ゲームや歌はプロ級。なのに、ポカが多くて、憎めない。
あかつきは3人のなかで、一生懸命さが際立っていた。
しかし、どこか魂のゆがみが感じられて。
(この子、わたしに似てるんじゃね?)
あかつきと話してみたくなった。運営を通じて、ディスコーダーでつながる。
素のあかつきは豆腐メンタルだった。
ますます気に入った。ハンデを克服しようと、もがいている人が好きだから。
リアルでも、あかつきに近づきたい。
とはいえ、普通の先輩後輩では面白みに欠ける。
せっかくなので、マネージャとして後輩と関わってみよう。
運営に頼んで、VTuberをやりながら、マネージャもやってみた。
初めて、あかつきにリアルで会った日。
(空っぽな子だなぁ)
リアルの彼女と接してみて、確信する。
と同時に、彼女の弱点にも気づいた。
『ユメパイセン、配信しててつまらなそう』
つい、言ってしまった。
しかも、後輩にパイセン呼びまでした。
けっして、皮肉のつもりはないよ。ないんじゃないかな。少しだけあるかもしれない。
『なんで?』
後輩は目を丸くする。
『そんなに肩肘張ってても、面白くなかったら意味ないにゃ』
『うっ』
ムリをして自滅するタイプに見えたので、忠告したつもりだった。
ところが、結果としてミスだった。
ムキになったユメパイセンは、長時間配信へと突き進む。健康を害して、倒れるまでやったから危惧が当たってしまった。
責任を痛感していたときに現れたのが、彼だった。
ユメパイセンがガチ恋した少年は、美声の持ち主で、底抜けに優しい。
面白そうだから、お兄ちゃんと言ってみた。おっぱいを当ててみた。
困った顔をする彼がかわいかった。
彼と一緒にいたら、世界がより楽しくなると思って、彼のマネージャに立候補してみる。
案の定、
年末にはユメパイセンやお兄ちゃんの声が出なくなるトラブルはあったけれど、すべてが順調だった。
流れが変わったのは、年が明けてからだ。
正月。父から連絡があった。食事をしたいとのこと。断ったら角が立つ。
もはや、昔のらぶちゃんではない。
チャンネル登録者数130万人のVTuberとして活動し、自分に自信を持っていた。
父がなにか言ってきても、負けないつもりだった。
『愛。受験勉強は順調か?』
『はい、勉強はきちんとしてますので』
模試の成績を答えた。
『おまえ、その程度じゃ、一流の大学には進学できんぞ。おまえ、俺との約束を忘れたのか?』
追及されると弱気になる。
『勉強がんばりますから』
『ああ。もし、改善されないようなら、くだらない遊びはすぐにやめさせる。いいな?』
『……くだらなくなんか』
聞こえないように小声で言うも。
『なんだと⁉ 金は稼いでいるようだが、VTuberなど虚業。まだビジネスとして成立したかどうかも怪しい。あんなもん、長続きするかわからない一時的な遊びだ』
大好きな活動を否定され、頭に血がのぼった。
怒りたいけれど、なにを言っても悪者にされる。
諦めて、その日は父と別れた。
3学期は多忙だった。学校、VTuberさくらアモーレの活動、マネージャ。それだけでも1日の大半が潰れるのに、勉強もやった。
体も疲れるし、脳も酷使する。
大変だけど、自分で選んだ活動だ。
キャラ的にも弱気になれない。むしろ、テンションを高めよう。
お兄ちゃんの闇鍋配信なんかでも、ハッスルした。
面白さを追求してきた成果が認められて、アニメの主題歌にも抜擢される。
大チャンスだ。ますます、がんばらないと。
乗りに乗っていた3月。今から3週間ほど前。
2月に受けた模試の成績を報告するために、シティホテルのラウンジで父と会った。
模試での志望校は、父が喜びそうな名門大学。
結果はC判定。前回はE判定なので、確実に良くなっている。
褒められなくても、怒られることはないだろう。
そう思ったのに。
『おまえ、C判定とはふざけてるのか。五分五分では話にならん』
『で、ですが、成績は上げました』
『だから、なんだ? ビジネスでは結果が出なかったら、意味はない。数字こそすべて。A判定以外は評価に値しない』
『……』
『やはり、くだらない遊びのせいだな。やめちまえ』
全否定され、無力感に襲われる。
そのとき、お兄ちゃんの顔を思い出した。
(わたしは明るくて、強い子)
自分に言い聞かせる。
『いま、大事な仕事があるんです』
アニメの件を説明する。多額の金銭が動くだけでなく。
『西園寺さんにも迷惑がかかります』
水戸黄門の印籠よろしく、理事長の威光を借りる。
すると、さすがの父も反論はできなかった。
シティホテルを出る。
(なんとかなった)
ほっと胸をなで下ろしていたら、なにかが父の逆鱗に触れてしまったようだ。なぜかキレられる。
そのときに、お兄ちゃんが現れた。
遊びでお兄ちゃん呼びしていた後輩が、ホントにお兄ちゃんみたいだった。
ピンチに登場した彼に、胸がときめく。
ユメパイセンに怒られるし、本気になってはダメなのに。
父と別れ、3人での帰り道。
大事な後輩をつまらない家庭の事情に巻き込んではいけない。
適当に誤魔化す。
そのうらでは、いろいろと考えていた。
彼を好きになったらマズい。勉強時間も増やしたい。彼らは助けようとしてくる。
それらの事情を考慮して、マネージャをやめた。
仕事が減って、時間ができる。勉強時間と休憩時間を増やした。
余裕ができたはずだったのに。
活動休止の前日。ふとした瞬間に、実感してしまった。
(結局、世界を変えられなかったのかなぁ)
いまだに薄汚れた父が支配しようとしてくる。
面白いで世界を変えようとしていたのに、親には従っているわけで。
(つまらない奴だな、わたしって)
ちっぽけな自分に気づいてしまったら、体が動かなくなった。
ふらふらで倒れそう。
でも、声さえ問題なければ、最低限の仕事はできる。
歌ってみた。
ダメだった。音程は外れまくりだし、なによりも歌が楽しくない。こんなの自分の歌じゃない。
運営に連絡を取って、休みたい旨を申し出る。
佐藤先生に悩みがないかと聞かれていたのに、大丈夫と答えていた。
なのに、このありさま。迷惑をかけて、怒られると思った。
しかし、まったく責められなかった。
昨日、無期限活動休止の配信をして。
リスナーさんも心配させて。
(わたしってホントに最低)
丸1日動く気力もなく、食事も喉を通らない。
部屋に閉じこもり、隔絶された世界で、絶望に打ちひしがれる。
「はあ~マジでつまんねえっての」
やり場のない怒りを漏らしたときだった。
彼のかわいい声がドアの向こうから響いたのは。
ユメパイセンでなくても、恋に落ちそうな優しい音色だった。
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