第68話 真の清楚に目覚める

『あなた、世界を変えてみたいかしら?』


 良家の子女にしか見えないお姉さんは、とんでもないことを言い出した。

 まるで、シンデレラに出てくる魔法使いだ。


(わたしなんか……シンデレラになれっこないのに)


 この人もウソつきなんだ。


『西園寺さん、あなたほどの方がご冗談を……』


 父が愛想笑いを浮かべている。


(このお姉さん、副支店長の父よりエラいんだ)


 たとえ、悪者だとしても、わたしはスカッとした。


 後で聞いた情報なんだけど。

 財界で多大な影響力を持つ西園寺家。父が勤める銀行と親密な関係があった。

 父の支店では西園寺理事長の会社に融資をしており、それで西園寺さんと知り合ったらしい。


 わたしにとって恐怖の対象である父に対してすら、西園寺さんは微笑を向ける。


『あら、わたくしは本気でしてよ』


 謎の美女は試すような目でわたしを見つめ。


らぶちゃん。あなた、いい目をしてるわね』


 腐った魚の目をしているはずなのに。


『あなた、面白いことがしたいのでなくて?』


 お姉さんはわたしの心の底を見透かしてくる。

 うなずきたい。


 しかし、父の反応が怖くて、動けない。


『お父さま。娘さんをわたくしに預けてくださいませんか?』


 わたしの心を読んだようだった。


『で、ですが、娘は将来、立派な大学を出て、きちんとした会社に――』

『虹の橋学園は新設校ですので、現時点では実績はございませんわ』


 下手ながらも反論しようとする父に堂々と応じる西園寺さん。


『ですが、問題を抱えた生徒をサポートし、希望するなら大学進学へ導くのが、我が校の使命です』

『は、はあ』

『労働力が慢性的に不足している我が国。将来のニートを減らすことによって、経済の活力にもつながります。我が校はニート予備軍に対して適切な支援をして、経済の発展にも寄与したいと願っておりますわ。貴行におかれましても、賛同してくださいましたわよね』

『おっしゃるとおりです』


(ざまぁ)


『わたくし、娘さんの自立をお手伝いしたいと思っておりますの』

『私も娘には立派になってほしいと思ってます』


(自分が恥ずかしくないようにだよね?)


 心の中で父に突っ込む。


『わたくしが娘さんを立派にしてみせますから』


 西園寺さんが虹の橋学園についての説明をする。


『愛、おまえはどうなんだ?』

『……ウソつきじゃなければ、行きたいです』

『完璧な組織はありませんわ。ですが、少しでもよくなるように努めてまいります』


 誠実な態度は、私立中の校長とは天と地ほどの差だ。


『それから、わたくしたちの学校では面白いことをしている生徒がおりますの』

『は、はあ』

『入学いただけるなら、後日、紹介しますわね』

『ぜひ、お願いします』


 話はまとまり。


『このままでは娘も高校に入れるかわかりません。西園寺さん、娘をどうかお願いします』


 家では傲慢な父が頭を下げる。


『ただし、愛。立派な大学に入ることが条件だぞ。それができないようであれば、考え直すからな』


 父にクギを刺されるも、喜びの方が大きかった。


 虹の橋学園への入学も近づいた、春休み。

 わたしは西園寺さんに呼び出された。


らぶちゃん、面白い生徒たちを紹介しますわ』


 2名の女子生徒がいた。

 それが、レインボウコネクトの1期生だった。


『レインボウコネクトって、VTuberの?』

『あら、知っていたのですわね?』

『VTuber好きなので』


 当時、レインボウコネクト所属のVTuberは2名だけ。今に比べたら、運営事務所の知名度は低かった。

 たまたま、VTuberを見まくっていたので、知っていたけれど。


『わたし、VTuberに憧れてるんです!』


 つい、興奮してしまった。


『やりたいことって、VTuberだったのですね?』

『はい。VTuberの真似はずっとしてました』


 真似をしたからといって、できるとは思っていない。

 なのに――。


『じゃあ、オーディションしましょうか?』


 西園寺さんはさも当然とばかりに言う。

 1期生の先輩が審査員になり、急遽オーディションをした。

 トークをしたり、歌ったり、得意なゲームを答えたり。


 でも、わたしには特別なものはない。

 だから。


『わたし、最悪につまんなくて、不登校になったときに、VTuberのくだらない話に救われたんです。だから、周りからどんなにバカにされても、楽しくて、他人を笑顔にされるような配信をしたいです』


 思いの丈を訴えた。


『やはり、あなたは世界を変えたかったのですわね』


 そう。世界を変えたい。

 クソみたいな世界ではなく。

 バカみたいで、でも、面白い世界を。

 そんな世界を、わたしは悩んでいる人に届けたい。


 強い想いで願っていたら――。


『らぶちゃん、新しい世界に行くにゃ』


 つい、言ってしまった。

 自分を名前呼びしたり、語尾の『にゃ』だったり。恥ずかしすぎる。


 でも、新しい自分に生まれ変わるにはいいかもしれない。

 こうして、らぶちゃんはVTuberさくらアモーレになった。


 デビュー当初は、清楚で売っていた。

 得意なのは、やる気だけ。清楚モードではトークも厳しいし、歌もゲームも人並み。


 徐々にマンネリ化して、伸び悩んだ。

 そんなとき、同期の花咲プリムラがちょっかいを出してきた。


『らぶ、おまえ、猫被ってるだろ?』

『猫って……猫っぽいキャラだし、当たり前にゃ』


 シラを切るものの、天然陽キャなイケメン女子には見抜かれていた。


『オレ、おまえの魂を見てみてえんだ。オレと百合セッ○スしろ』

『ちょっ……セクハラはNGにゃ』

『おま、アモーレってイタリア語で、「愛」だろ。しかも、本名もらぶ。愛の伝道師っぽい名前なのに、真面目ぶんなっての』


 親がW不倫しているのがトラウマで、下ネタは避けていた。

 しかし、もう昔の自分は捨てたわけで。


(むしろ、トラウマにぶつかっていくのもありなんじゃね?)


 積極的に下ネタをすることによって、なにか見えるかもしれない。


『わかった。らぶちゃん、愛の伝道師になるにゃ』

『おお、さっそくホテル行こうぜ!』

『それはダメにゃ』


 処女を守りつつも、配信でははっちゃけるようになった。


 すると、人気が出始めた。

 清楚からの脱皮。むしろ、真の清楚エロになった。


 覚醒である。

 なにもかもが楽しくなっていた。

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