第67話 つまらない人生(後)
中1の3学期の期末テストが終わった数日後。
『君たちはいじめをしていたのかね?』
生徒指導の教師に問い詰められていた。
入ったことのない校長室。慣れない場所にくわえて、大人の発する威圧感が重々しかった。
校長先生はなにも言わずに、わたしも含めた数人のいじめグループを見つめていた。
無言なのがかえって怖い。
『いえ、ちょっと遊んでいただけなんです』
いじめグループのリーダーがいけしゃあしゃあと言ってのける。
こんなのと同じグループにいたなんて、わたしはバカだ。
頭には来るが、まだ状況が整っていない。
教師が切り札を使ってくれれば……。
『では、君、この写真はどう説明する?』
教師が数枚の写真を突きつけてきた。いじめの場面を撮影したものだった。
(よし)
これで状況をひっくり返せる。
『なっ』
リーダー格の生徒を始め、いじめグループは真っ青になる。
『ちっ。らぶっち裏切りやがったな』
わたしを睨んできた。
『な、なんのことかな?』
『しらばっくれるな。おまえ、遊びのときに写真を撮ってたじゃん』
リーダーに怒鳴られるが、ここで反応したら、せっかくの計画が台なしになる。
計画とは、いわゆる内部通報だった。
いじめの写真を撮り、匿名で学校側に送ったのだ。
期待どおり学校が動いてくれて、いじめグループは校長室に呼び出されたわけ。
『まあまあ、君、落ち着きたまえ』
荒ぶるリーダーを校長がなだめる。
さすが、校長。内部通報者を保護してくれた。これで、いじめをやめられる。
とはいえ、無実で許されようなんて思っていない。甘んじて罰を受けよう。
いじめを続けるのに比べたら、反省文や奉仕作業ぐらいどうってことない。
安堵しかけたときだった。
『少々、おふざけがすぎたようだね。だが、我が校にいじめはない』
校長の言葉に背筋がゾクリとした。
『遊ぶのは構わないが、誤解を招くような行為は慎みたまえ』
大人の事なかれ主義に反吐が出そう。
『はっ、なに言ってんだ?』
わたしの声は震えていた。
校長を相手に喧嘩を売るのは、怖い。でも、口は止まらない。
『内部通報者のわたしが断言する。虫を食わせたり、ノーパンで1日すごさせたり。わたしたちはヒドいことをしてきた』
『君、我が校に限って、いじめはないのだよ』
断固として校長は事実を認めない。
『大人なんて……つまんない。つまんなすぎる』
わたしは吐き捨てる。
『
いつのまにか、父がいた。
学校からの連絡を受けて、駆けつけたのだろう。
他の生徒たちの保護者も来ていた。
『うちの娘がいじめなんてするはずありませんわ』
『おっしゃるとおりです。我が家も息子を厳しくしつけていますので』
大人たちは誰ひとり子どもの非を認めようとしない。
『ええ。みなさまのおっしゃるとおりです。我が校でいじめが発生したことはありません』
『あんたらが揉み消してるからじゃ?』
思わず、校長に突っ込んでしまった。
『愛、いい加減にしろ!』
父に押さえつけられて、それ以上はなにも言わせてもらえなかった。
校長室を出て、帰宅する。
作戦に失敗したわたしに居場所はない。
明日からは間違いなく、いじめられる。
体調不良になって、学校を休み始めた。
数日は病気で通用したのだけれど。
『おい、愛。いつまで仮病を続けているつもりだ?』
父に追及されてしまう。
『子どもが不登校だなんて、恥だ。おまえは父さんの邪魔をするのか?』
怖い。
けれど、学校に行くことを考える。
いじめられる。学校を休む。父に怒られる。学校に行く。いじめられる。
繰り返すのが、目に見えている。
わかっていても、父には言い返せない。
母が家事をしながら、仏頂面で父に話しかける。
『まあまあ、あなた。愛は病気なんです。病気なら仕方がないではありませんか?』
『たしかに、病気なら仕方がない。だが、私立は留年がある。留年は困る』
(ホントに世間体ばかり……)
真面目な顔して、何度も浮気をして。それでも、体裁のために離婚しない父が大嫌いだった。
『やむを得ん。公立に行った方がいいだろう』
父の一声で、中二から公立に通うことに。
公立でもいじめはあった。ムリだった。
すぐに不登校になる。幸い、公立は不登校でも卒業はできる。
高校には進学することを条件に、父も許してくれた。
家にいても、なにもかもがつまらない。
学校も親もクソ。犯罪をなかったことにするし、W不倫を何年もしたまま退屈な家庭生活を続けようとする。
わたしの気持ちは腐っていた。
父を刺激したくなくて、勉強は続ける。高校には行くと約束させられていたし。
地獄のような日々だったけれど、時間は余る。
何の気なしにワイチューブを開いてみた。たまたま、トップ画面にVTuberが出ていた。
退屈しのぎで見てみた。
雑談配信だった。ある企業VTuberが同じ事務所の後輩の家に遊びに行ったときのことを話していた。
『一緒にお風呂に入ったわけよ。当然、洗いっこするじゃん。おっぺえだよ、おっぺえ。すごいのなんの。泡がシュワシュワで、にゅるにゅる。泡の国だったね』
くだらない話だった。
けれど――。
(楽しそうだなぁ)
なんの生産性もないエッチな話を、一生懸命に自分の感情を乗せて、語っている。
つまらない日常を憎んでいるわたしとは正反対で。
まぶしくてたまらなかった。
わたしはVTuberに夢中になる。
しばらくして、ある遊びを始めた。
いろんなVTuberの配信を見て、VTuberの後に同じセリフを言ってみた。英語でいう、シャドーイング。
1年以上にわたり、VTuberのトークを真似し続けた。
(わたしも面白くなりたいよぉ)
漠然とした憧れをVTuberに抱いた。
そして、中3年になり、高校進学を考えないといけない時期が来た。
VTuberのおかげで前向きにはなれていたけれど、リアルの世界は汚れている。外に出るのが、怖くてたまらなかった。
もちろん、行きたい学校なんてない。
ある日。父がある人を連れてきた。わたしも無理やり同席させられる。
20代前半とおぼしきお姉さんだった。品格の良さが漂っている。あと、胸がかなり大きい。
『西園寺さん、これが例の娘です』
『あなたが
『……そうですけど』
『わたくしは虹の橋学園の理事長をしております、
(大人なのに……薄汚れていないだと?)
目の前の女性が聖女に見えた。
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