第5章 絶望の中心で愛を叫んだけもの
第66話 つまらない人生(前)
【美咲愛視点】
つまらない人生を送ってきました。
ううん、正確にいうなら、小さいときは楽しかった。
らぶちゃん、昔からなにをしてもかわいかったし。
父は真面目な銀行員。真面目で厳しい人だけれど、娘には優しかった。
母は料理研究家。いつも美味しいお菓子を作ってくれる。
学校から返ると、玄関までお菓子の香りが漂っていた。母の香りが好きだった。
祖父母にも愛され、親戚中の人気者。
とくに、ラブちゃんが楽しく歌うと、みんなが喜んでくれた。
もちろん、同世代の子たちも好いてくれる。生まれながらの陽キャ。それが、らぶちゃん。
つまらない世界へと変わり果てたのは、小学3年の春のことだった。
春うららかなな日。放課後、友だちと冒険することに。
冒険といっても、大それたものではない。家から少し離れた場所を歩いて、面白いものがないか発見しよう。たわいない冒険だった。
男女5人で電車に乗って、繁華街を歩く。
らぶちゃんは祖母に買ってもらったアイドルアニメのキーホルダーがないのに気づく。
すぐ近くに落ちているのを発見した。
安心したのもつかの間、今度は友だちがいない。
はぐれた。
焦って、見知らぬ場所を歩きまくる。
路地裏の人が少ない場所に来てしまった。
なんとなく雰囲気が大人というか、怖いというか。
そんななか、ひときわ目を惹く建物があった。
お城だ。
お城といっても、遊園地にあるようなものではない。
大人が愛し合うお城だ。
当時、意味はわからなかったけれど、なんとなく不愉快だった。
すぐに立ち去ろうと思ったとき――。
父がいた。父が母ではない女性と一緒にお城から出てきたのだ。
父はらぶちゃんに気づくことなく、どこかに言ってしまう。
それから先は、なにも覚えていない。
気づいたら、家にいて、母が作ったケーキを食べていた。
『えーとね、ママ、見たの』
『らぶちゃん、なにを見たのかな?』
『つまんないことなんだけどぉ』
母は娘のつまらない話に耳を傾けてくれる。
以前は、そんな母が好きだった。
『パパがねえ、お城から出てきたんだよぉ。知らない女の人と』
――ガシャン。
スプーンが床に落ちて、不快な音が鳴る。
『ふーん、あの人……真面目そうでいて、ルールを破ったんだぁ。つまんないなぁ』
笑顔でつぶやく母が怖かった。
その日の夜。修羅場になった。部屋に閉じこもり、頭から布団を被って、嵐が過ぎ去るのを待った。
それでも、母が父を罵倒する言葉が聞こえてくる。
(らぶちゃんがつまらないことを言ったのが、悪いんだ)
『つまらない』は、自分の中で悪になった。
修羅場は怖かったけれど、翌日には嵐は去っていた。
母はあいかわらずお菓子を作ってくれるし、父は真面目で娘に優しい。
それからしばらくした、ある日。
学校から帰宅しても、お菓子の香りがしなかった。
『ママ、出かけたのかなぁ』
首をかしげながら、リビングに行く。
すると、寝室から母が出てきた。
(なんだ、ひるねか……)
母の背後には、見知らぬ男がいた。母の服は乱れている。
『じゃ、じゃあ、僕は帰るから』
男は逃げるように去っていく。
また、つまらないものを見てしまった。
もう過ちは繰り返したくない。
母の件は誰にも言わなかった。
表向きには平穏な日々が続く。
母のお菓子は絶品だし、父はいつも真面目。
やがて、高学年になる。
らぶちゃんは両親がしていた行為の意味を知ってしまった。
(パパもママも嫌い)
大人はみんなウソつき。
かといって、子どもがいいかというと、それも間違っている。
子どもは平気で生き物を殺すし、いじめもする。子どもは残酷だ。
人間不信になった。
もちろん、らぶちゃんは陽キャなので、態度には出さない。
笑顔の裏で、世界を呪い始めていた。
○
やがて、中学に入る。
そこそこの私立中。周りの生徒は頭がよくて、しつけもきちんとされている。
表向きには、問題のない学校だったけれど、すぐに矛盾に気づいてしまった。
いじめだ。
いわゆる、スクールカーストの上位が、底辺をいじめる、ありふれたケース。
(つまらない)
関わらない方がいいと思った。
いじめられっ子の顔を見るまでは。
とある日の放課後。教室内には、いじめの加害者と被害者だけしかいなかった。
いじめられていた女子は、カバンの中に虫を入れられても、ヘラヘラと笑っていたのだ。
『ウソつきめ!』
気づけば、叫んでいた。
『いじめられて、笑ってるなんて……つまんないっての』
さらに、被害者は男子が脱いだ靴下の匂いを嗅がされる。
息を我慢しながらも、笑顔を崩そうとしない被害者の少女。
『臭い? ねえ、臭い? それでも、あんたは笑うの?』
頭に来て、いじめられっ子の女子を追求していた。
自分で自分のしていることが理解できず。
『ぷははははははははははははははははははははははははははははは』
腹を抱えて、笑い転げる。
『らぶっちも一緒に遊ばね?』
『うん、いいよ』
結局、いじめに加わってしまった。
その日、家に帰ると、急に虚しくなる。
『つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらないつまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない、つまらない』
ぬいぐるみを殴る。
猛烈な吐き気がこみ上げてきて、トイレに駆け込んだ。
(バチが当たったのかも)
いじめなんて最悪の行為に加担して、快感を得ていたんだから。
世の中には、過去のいじめ自慢を平然とする人間もいる。
自分にはムリ。
だって、いじめて……痛いのは、自分の方だから。
いじめはダメ、絶対!
被害者から見れば、加害者がなにを言っているんだと思うかもしれない。
当時のらぶちゃんは自己中心的な理由で、もがいていた。
虚しい気持ちを抱えて、次の日も笑顔で学校に行く。
教室に着くと、いきなり話しかけられた。
『らぶっち、昨日はマジでウケたっての』
いじめ側の女子だ。
『今日も、よろしくな』
彼女に肩を叩かれる。
『あ、あの。昨日のは、たまたまっていうか……』
『あっ、なんか言った?』
怖かった。
『なんでもない……です』
自分の意見を言ったら、今度はいじめのターゲットにされてしまう。
断れなくて、いじめグループに加わった。
本音では、いじめなんかしたくない。
なのに――。
なにをされてもヘラヘラしている、そいつを見ていて、むかついた。
『つまらないんだったら、つまらないって言えよ!』
また、我を忘れて、問い詰めていた。
(いじめなんて、つまんない)
心の中では叫んでいても、顔では笑っていた。
(自分、むかつく)
つまんないのに笑ってばかりの自分も、いじめられてヘラヘラしている彼女と同じかもしれない。
だから、余計に腹が立ったのかもしれない
(みんな、だいっきらい!)
罪悪感を抱えながら、いじめを続けた。
いじめている瞬間だけは楽しくなる。
でも、すぐに苦しくなる。
やめたい。
やめられない。
まるで、麻薬のように、心身がむしばまれていく。
中1が終わる直前、負のループから抜け出す決意を固めた。
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