第36話 【#花蜜はにー3D】3Dお披露目配信!【レインボウコネクト・アーク】
【夢乃詩楽視点】
午後7時50分。甘音ちゃんの3Dお披露目配信の10分前。
あたしは家にたどり着く。駅から走ったので、息も切れている。
けれど。
(全裸待機せねば!)
最愛の彼氏の晴れ舞台だから。
カノジョのあたしが脱がないで、どうする?
セーターを脱ごうとして、胸に布が引っかかる。そこで、冷静になった。
「ここで風邪を引いたら、あたしゴミカスすぎる」
彼が大切なファーストキスをくれて。
王子様の魔法のおかげで。
声も治って。
しかも、明日は、あたしの番。
声が出なかったら、多くの人に迷惑をかけてしまう。
(じゃあ、彼シャツをしましょう!)
彼氏の部屋に入り、タンスを漁る。シャツを拝借し、自室へ。
セーターの上からシャツを羽織った。
「はぁぁ……幸せすぎ」
クンカクンカしていたら、時間になった。
オープニング動画のあと、花蜜はにーがステージに現れる。
有名なアニソンのイントロが流れた。
甘々な彼女の世界観に沿った、心地よい歌声が紡がれていく。
甘音ちゃんは、もともと役者志望。発声の基礎はできている。けれど、歌は素人。けっして、プロ級ではない。
しかし、歌声は優しい。
どんなに世界が狂っていても、浄化するだろう。
空虚な、あたしの心ですら、洗われていく。
曲が終わる。映像が切り替わった。
はにーちゃんの1日を動画にしたものだった。
パジャマ姿のはにーちゃん、かわいいしかない。朝ごはんを食べ、外出する準備して。スタジオでアフレコして。演技のレッスンをして。
寝るまでの生活が描かれていた。
はにーちゃんとの同居を妄想して、クスリと笑みがこぼれた。
動画が終わると、はにーちゃんが再びステージに出てくる。
カメラが彼女をアップする。いわゆる、ガチ恋距離だ。
まずは、顔。金髪に近い蜂蜜色の髪。甘い顔立ち。
続けて、胸元へ。カメラさんナイスです。彼氏の巨乳を拝める日が来るなんて、すばらしい。
(スクショしまくるぞ!)
スクショを撮りまくって、トリッターにアップしてみた。
すかさず、100個以上の「いいね」がつく。
(みんな、ようわかっとる)
至福のときは過ぎ去り、ゲストが現れる。
2期生の3人だ。
『はにーちゃん、アモーレたちのリクエストに答えてね』
『わ、わかりました。お手柔らかに』
『じゃあ、最初はオレからだ。いっくぜーーーーーーーーーー!』
花咲プリムラ先輩だ。セクハラの予感しかない。
『マイスイーツハニー。耳かきしてくれ』
『いきなりですか?』
はにーちゃんは戸惑いながらも、正座をする。
プリムラの奴、膝枕しやがった。3Dだから、現実でもしているわけで。
『ふわ~ふわ~お耳、気持ちいいでちゅか~?』
とろけそうな声が復活した甘音ちゃんに怖いものなし。
(あたしの彼氏、かわいすぎるでしょ)
耳かきタイムの次は、スイレン先輩のターンへ。
『ウチの得意なASMRは先越されちゃったし~』
スイレン先輩といえば、ASMR。定番ネタを先に取られて悔しそう。
『じゃあ、はにーちゃんのあらたな一面を開発すべく~』
『な、なにがくるんですかね?』
『壁ドン』
『へっ?』
『はにーちゃんが~ウチを壁ドンしてぇ~』
………………………………えっ?
(メチャクチャされたいんですけど⁉)
甘音ちゃんの性格的に、壁ドンは
『スイレン先輩。ずっとはにーが守るよ』
「うぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
あたしは鼻血をこらえて、スクショをしまくる。
最後は、この人。
『じゃあ、トリはアモーレだね』
チャンネル登録者数はあたし以上で、リアルでの面識がない謎の先輩だ。
恋愛に興味津々で、プリムラ先輩とは別の方向で変態だった。
(甘音ちゃん、がんばって)
心の中でエールを送っていたら。
『アモーレが妹をやる』
『はにーが姉ってことね』
『アモーレは学校にパンツを忘れて、学校に行っちゃったのぉ。しかも、体育がある日』
『た、大変ですね』
『でもぉ、お姉ちゃんがパンツを届けに来てくれたから、何の問題もないよぉ』
お弁当を忘れて届けた系のネタをパンツにしたの?
さすが、変態。
ふたりの演技が始まった。
凝ったことに、背景が学校に変わる。
はにーちゃんはモザイクの塊を持っていた。さすがに、パンツは映せない。
『アモーレちゃん、パンツは心のお弁当よ。もう忘れないでね』
『お姉ちゃん、あたしの勝負パンツは、お姉ちゃんのものだからぁ❤』
アブノーマルすぎる。
(甘音ちゃんに理解できない演技をさせないでよぉ)
しばらくして、ゲストは帰る。
3D化記念グッズ販売の告知が来た。
(そろそろ終わりね)
いやおうなく、時は流れていく。
明日は、あたしの番。
たっぷり練習したとはいえ、直前の時期に3日も休んでしまった。
今日のリハーサルでも、問題なく歌えていたとはいえ。
(あたし、ホントにダメだよね)
急に悪寒がした。
あたしはメンタルが弱くて、変に考えちゃう。
だから、余計にダメになるって、わかってはいる。
夢乃詩楽に染みついたマイナス思考が、あたしの意思とは無関係に、とめどなく押し寄せてくる。
(あたし、ダメかも)
絶望に呑み込まれかけていたときだった――。
『……自分語りになってしまいますけど、いいですか?』
『アモーレ的には、はにーちゃんの全部を見たいからぁ、おなしゃす』
ふたたびステージに現れたアモーレさんと、はにーちゃんが話している。
彼の声がギリギリで、あたしを引き留める。出会った日のように。
画面の中のはにーちゃんはカメラの真正面を向いた。
鬱な気分も忘れて、画面に吸い寄せられる。
『はにー、少し前まで自分の声が大嫌いでした。だって、地声がアニメ声ですよ。学校でからかわれて、恥ずかしくて。じつは、不登校だったんです』
リスナーさんから見たら、衝撃の告白かもしれない。
けれど、はにーちゃんをいたわるコメントが大量に流れていた。
:僕も学校行けないんです。はにーちゃんの配信で救われてます。
:はにーちゃん、打ち明けてくれて、ありがとう
事情を知っているあたしも目頭が熱くなった。
『そんなとき、ある人に出会いました。
暗い場所で姿もよく見えなかったんですが――』
「えっ?」
『魔法少女萌黄あかつき。いざ参上!』
「あたしのことじゃん」
『と、言ってしまったんです。それが萌黄あかつきさんとの出会いでした。
本人の前でモノマネしたのに、怒るどころか……あかつきさん、はにーの声に一耳惚れしたんですよ。
はにーの大嫌いなアニメ声にですよ?』
こんなの反則でしょ。
うれしすぎて、泣けてくる。
『あかつきさんのおかげで、デビューさせてもらえることになりました。さらには、すばらしい3Dのお体も作っていただいて……なんというか』
:がんばれぇぇ ¥50000
:あかはに、てぇてぇ ¥10000
『今になって思うんです。アニメ声に生まれて……よかった』
:いい話やなぁ ¥5000
『みなさんにも出会えて、はにーは本当に幸せ者です』
「あたしも……だよ」
母はクソビッチ。
あたしは幽霊よりも存在が希薄で、どこかフワフワしている感じで生きていた。
つらくて、どうしようもなかったけれど。
もし、あたしが幸せな家庭で育っていたら……?
最初から生まれてなかったら?
あのとき、自ら命を絶ってしまったら?
なにかが少し変わっただけでも、彼と出会わなかった可能性がある。
彼の言葉を借りるなら。
「あたし、最低な女が母で、よかった」
彼シャツから彼の匂いがする。
(あたし、生きてるんだなぁ)
あたしは喜びを噛みしめる。
もう迷わない。
あたしは幸せなんだから。
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