第15話 ベッドの中で本音トーク

 背中にぷにぷにしたモノが当たっている。

 彼女の吐く息が首筋を撫でる。


(もしかしなくても、背中のはマシュマロ?)


 正式な名前を呼ぶと、下半身に魔王を降臨させてしまうので、お菓子に言い換える。


 数日前、詩楽と出会った日にも添い寝自体はしていた。

 なのに、ドキドキが全然ちがうというか。


「ねえ、甘音ちゃん、起きてる?」


 10センチと離れていないところから詩楽の声がする。


「……興奮して、寝られそうにない」

「ナニに欲情してるのかな?」


 墓穴を掘ってしまった。

 詩楽のマシュマロを食べたいとは言えない。


「萌黄あかつきさんの配信を生で見れたからだよ?」

「なぜ、疑問形?」


 詩楽はクスリと笑うと。


「……複雑な気分。だけど、詩楽もあかつきも、あたしだもん。甘音ちゃんに喜んでもらえて、最高に幸せ」


 うれしすぎて、涙が出そう。彼女に背中を向けていて、助かった。


「なんで、甘音ちゃん。そんなに良い人なのか気になる」

「いや、僕なんて」

「せっかく、一緒に寝てるんだし。本音トークしよ?」

「えっ?」

「あたし、好きな人のこと、もっと知りたいから」


 気になっている子からストレートに好意を寄せられて、断るほどバカではない。


「わかった。けど、面白いかどうかは保証しないよ」

「うん、それでも、あたしは甘音ちゃんに近づきたいの」


 僕は高鳴る胸を押さえながら、彼女の方を振り向く。

 下半身的には危険だけれど、話すのに失礼だし。

 僕が覚悟を決めて、うなずくと。


「甘音ちゃん、どんな子どもだったの?」

「父が天然の陽キャで、よくうちでホームパーティをしてたんだよね。僕は大人たちに挨拶させられてたんだけど、ほぼ間違いなく女の子と勘違いされたかな」

「いただきました」


 詩楽は鼻息を荒くする。

 空気の流れが僕をくすぐった。


「ホームパーティには、若い女性たちも多くいたな。僕、お姉さん受けしたらしくて、抱っこされることも多くてさ。優しくされて、うれしいやら、恥ずかしいやらで大変だったよ」

「おっぱい意識した?」


 詩楽が自分の胸元をチラ見してから、意味ありげな目を向けてきた。

 背中に当たる胸に負けそうだったなんて、言えない。


「オッパイ、ナニ、ソレ、オイシイ、ノ?」


 笑って誤魔化していたらが、裏では悩んでいた。


 メンタルが繊細な詩楽に打ち明けていいのか?

 安全を考えれば、無難な話に逃げた方がいい。


(いや、詩楽は僕を知りたがってるんだ)


 最大限の注意を払いつつ、話すことに決めた。


「お姉さんたち、かなりの率で父とエッチしてたみたいで、今思えば、とんでもない親だったな」


 もちろん、ホームパーティには母も参加していた。というか、料理は母が作っていた。複数の浮気相手を堂々と家に呼ぶ父は、大胆すぎる。


「ご、ごめんなさい」


 バツが悪そうにする詩楽に向かって。


「昔のことだし。詩楽には聞いてほしかったんだ」


 彼女の銀髪を撫でながら答える。


「父は浮気しまくってたけど、母は笑って許してたみたい」

「お母さん、すごい。あたしだったら、浮気男を○して、自分も後を追いかけるのに」


 あいかわらず、怖いことを口走る子だ。


「母は生粋の人好きで、接客業が天職みたいな人だからね」

「甘音ちゃん、良いお母さんに育てられて、うらやま」


 詩楽の顔がわずかに曇る。


「でもさ、そんな母ですら最終的には父に愛想を尽かしたんだよね」

「そ、そうなんだ」

「愛人のひとりを妊娠させちゃったんだ。子どもを産みたい女性に対して、父は強引に中絶させようとした。母は妊娠させたことよりも、相手を尊重しない父の態度に嫌気が差して、離婚したというわけ」


 僕が8歳のときの出来事である。子どもながらに大変だったことを覚えている。


「つらいことがあったのに、あたしちがって良い子に育ってくれて、ママうれしい」


 詩楽に髪を撫でられる。同じ年の子をママと呼びたくなった。


「父から最低限の養育費をもらってるとはいえ、母は僕を一生懸命に育ててくれたんだ。僕が自棄を起こしたら、母に申し訳ないからね」

「よしよし、良い子、良い子」


(ああ。推しによしよしされるなんて、極楽なんじゃ!)


 詩楽に癒やされつつも、自分のしてきたことを考えると、情けなくなる。


「なのに、僕は俳優を諦めて、学校も不登校になった。最低の親不孝者」

「甘音ちゃんなりにがんばったけど、ムリだったんでしょ?」

「そのとおりだよぉぉ」


 詩楽が僕のすべてを受容してくれて、涙が出てくる。


「体と声をバカにされても、僕、学校に行こうとしたんだ。でもさ――」


 詩楽が背中をトントンしてくる。

 少し落ち着いてきた。


「学校の近くになると、吐き気に襲われるようになった。我慢したけど、校門の近くで限界になっちゃって……」


 地面にうずくまった僕は、複数の生徒や地元民がいるなか、粗相をしてしまった。


「逃げ出しちゃったんだよね」


 詩楽の目にも涙が浮かんでいた。


「あとは詩楽も知ってのとおり」

「甘音ちゃん、つらいのに教えてくれて、ありがとう」


 詩楽の微笑は天使のようだった。


「僕の方こそ詩楽に出会わなかったら、詩楽に聞いてもらって、すっきりした」

「あたしが甘音ちゃんに甘えてばかりだから、たまには先輩らしいことしないとね」

「いや、僕、詩楽のおかげで救われたから。詩楽と会っていなかったら、今でも不登校のままだったし」


 1週間も経っていないのが信じられない気分だ。


「甘音ちゃんがデレてくれるなんて、生まれてきてよかった」


 詩楽はオーバーに喜んだ後。


「じゃあ、次はあたしの番」


 僕に笑みを向けてくる。


「なにか、あたしに質問ある?」


 僕は詩楽のメンタルに配慮しつつも、彼女の悩みに寄り添えるように思い切って尋ねることにした。


「さっき、『あたしとちがって』と言ったよね。もしかして、詩楽も……」

「うん、うちの父も浮気野郎だったの。まあ、あたしの場合は、母が愛人枠だったんだけどね」


 自嘲気味に笑う詩楽が哀愁を誘った。

 僕は彼女の背中に手を回し、撫でる。豊満だと思っていたのに、ひどく華奢だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る