第97話 先輩と後輩と

 翌日。土曜日の昼下がり。

 今日はまだ、後輩たちが来ていない。


 リビングで詩楽を膝抱っこし、まったりとマインドクラフトをしていた。

 詩楽はスマホでゲームをしている。


「甘音ちゃん、今日は平和だね」

「にぎやかな子がいないからな」

「柚には困ったもんだわ」

「けど、かわいがってるよね?」

「手のかかる子ほどかわいいのよ」


 詩楽さん、本人の前でも素直になればいいのに。


「ところで、甘音ちゃんも後輩をかわいがってるよね?」

「まあな」

「ふーん、神崎さんは正統派美少女、柚も素材はいい」

「……後輩としてだよ」


 僕が釈明していると。


わたしの方が先に好きだったのにWSS


 詩楽ではない人の声が後ろからした。

 振り向くと。


「にょっほー、お兄ちゃん、リアルでは久しぶり」


 美咲さんがいた。最近、家に来てなかったけど、神出鬼没っぷりはあいかわらずだ。


「最近、どうですか?」

「少しずつ配信を減らして、受験勉強してるにゃ」

「お疲れさまです」

「つか、勉強だりぃ」


 ダルいって表現で、結城さんの顔が浮かんだ。


「いっそのこと、予備校とタイアップできないかにゃ。VTuberさくらアモーレが勉強の解説をする動画的な。もちろん、話す内容は予備校の監修で」

「それはいいかもですね」


 予備校の動画教材をVTuberが担当したら、人が集まりそうな気がする。


「ところで、らぶちゃんの方が先に好きだったのに」

「「……」」

「お兄ちゃん、ハーレム計画にゃ?」

「僕、ハーレムなんか作るつもりはありません」

「甘音ちゃん、信じていいのね?」

「もちろん」

「らぶちゃんの方が先に好きだったのに」


 この人の好きは冗談だってわかっている。本気にはしていない。


「ところで、後輩の麺太メンタしてるんだっけ?」

「美咲、いつから後輩がラーメン屋になったの?」

「ふたりとも後輩の面倒を見てるにゃ」


 メンターの件だった。


「豆腐メンタルのユメパイセンが後輩の世話してるじゃん。お兄ちゃんにしわ寄せが行ってないかなぁ?」


 僕たちを心配しているらしい。

 なんだかんだ言って、良い人だ。


「楽しくやってますよ」

「最近は少しだけマシになったかな」

「なら、安心したにゃ」

「お気遣いありがとうございます」


 僕が礼を述べると。


「気遣い料をいただくにゃ」


 美咲さんは満面の笑みを浮かべて、僕の腕に抱きついてきた。


 今日は陽ざしが強く、夏に近い気候だ。美咲さんの服も薄くなっている。

 美咲さんは小学生にしか見えないが、18歳。合法ロリ巨乳の破壊力を思い知らされた。


「美咲だけずるい」


 すると、反対側から詩楽がひっついてくる。

 こっちも薄着。僕の腕が、88の谷間に埋まった。


「ちょっと、おふたりさん?」

「らぶちゃん、受験生にゃ。ストレス解消させてよぉ」

「あたしは正妻だから、おっぱいを当ててる」


 どう対応しようか悩んでいたら。


「おっ、甘さん、ハーレムじゃん」

「猪熊さん、ハレンチです」


 後輩の声がした。結城さんは目を輝かせ、神崎さんは真っ赤になっていた。


「ふたりとも、これはだね」


 慌てて釈明しようとするも。


「お兄ちゃん、らぶちゃんは愛人なんだよね?」

「美咲、あたしは愛人認定してない」


 美咲さんと詩楽のせいで。


「ふしだらです」

「面白そう」


 さらに、ややこしいことになった。


「甘さん、高校生のカノジョと、小学生の愛人かぁ。柚たそは中学生的ロリだけど、ストライクゾーン? それとも、中間の中学生は興味なし?」

「僕、ロリじゃないし」

「あれ、お兄ちゃん。らぶちゃんのロリ巨乳に反応したのは誰かにゃ?」


 後輩たちの視線が厳しい。


「その子、小学生なのに、柚たそより大きいって……柚たその上位互換じゃん」

「あの、わたし、先輩を通報したくないのですが」


 いよいよ、僕の社会的立場が怪しくなってきた。


「ふたりとも美咲さんは高3だから」

「「へっ?」」


 目が点になる後輩たち。


「お兄ちゃん、バラしたら、つまらないにゃ」

「僕の将来がかかってるんですけど⁉」

「お兄ちゃん成分を補充したし、このぐらいにしといてやるにゃ」


 ようやく美咲さんから解放された。


「ところで、美咲さん、ふたりが例の後輩です」


 僕が美咲さんに後輩を紹介する。


美咲みさきらぶにゃ」


 美咲さんは小学生っぽい笑みで後輩に接した。


「美咲さんは猪熊さんとはどんな関係なんですか?」

「この人は――」

「愛人」


 またしても美咲さんに邪魔された。


 すると、神崎さんの顔が曇った。いいかげん、しつこいと思っているのかもしれない。

 事態を悪化させる前に本当のことを言おう。


「美咲さん、うちの関係者だから。僕と詩楽の元マネージャなんだ」


 詩楽がコクリと首を振る。


「お兄ちゃん、マネージャの方で説明するのかにゃ。らぶちゃんの趣味わかってるじゃん」

「また後輩を騙す気なんですか?」

「あたしたちのときみたいに?」


 会話の意味がわからない後輩が首をかしげている。


「この人2期生の先輩でもあるから」

「もしかして、プリムラ王子ですか?」

「あいつ、セクハラ魔人やろ」


 プリムラ先輩を王子扱いする神崎さんと、あいつと呼ぶ結城さん。

 美咲さんが手でバツを作る。


「じゃあ、スイレン先輩。いつもお疲れですね」

「眠りの森のスイレン先輩こそ、柚たそが憧れる師匠」


 3人しかいない2期生なのに、2連続で外すとは。


「らぶちゃん、いつも元気にゃ。1日24時間寝ている子と一緒にしないでよぉ」

「お嬢ちゃん、まさかのアモーレ!」


 美咲さんが否定するや、神崎さんが叫んだ。


「敬語を使わないとは、近頃の若者はどうなってるにゃ!」


 美咲さんが大声を出す。

 僕と詩楽は怒ってないとわかるけれど。


「申し訳ありません、アモーレ先輩。彼女も悪気ないんです」


 案の定、神崎さんは本気で謝っていた。


「そ。柚たそはギリギリを攻める女。BAN上等だぜ」


 問題を起こした本人がまったく悪びれてないという。


「ごめん、冗談にゃ。真面目ちゃんをびびらせてもつまらないにゃ」


 美咲さんは心底申し訳なさそうな顔をする。


「らぶちゃんが後輩いじめしてる構図はダメにゃ」


 いたずら好きの美咲さん、彼女なりのルールがあるらしい。

 そういえば、不可抗力とはいえ、いじめに加担した過去があった。だから、神経質なのかもしれない。


「らぶちゃんもアモーレもいたずら好き。迷惑をかけるかもしれないけど、本気にしないでにゃ」

「そういうことでしたら、わかりました」

「面白い人だけど、柚たそは省エネ派。面倒は勘弁」


 神崎さんは素直に受け取り、結城さんはダルそうに応じる。


「ともかく、せっかく知り合ったんだし、困ったら相談するにゃ」


 美咲さんが手を差し出す。

 緊張しているのか神崎さんは硬い顔で握手する。

 なお、結城さんは無視した。


「ところで、今日遅くなったのは、わたしたちの初配信が決まったからでした」


 神崎さんの口からビッグニュースがもたらされた。

 早く知らせてほしかったと思いつつ、この場には美咲さんもいる。黙っていたのかも。


「あっ、先輩には言っていいと運営さんに許可もらってますから」


 予想どおり気がきく子だった。

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