第4章 海

第136話 お礼は海で

 詩楽との同居生活を再開した。

 美咲さんたちにお礼をしようとしたところ。


「じゃあ、みんなで海に行こうにゃ」


 と言われる。

 受験生なので、断ろうとしたのだけれど、粘り負けしてしまった。


 いうわけで、詩楽が戻ってきた2日後、僕たちは海へ。


 電車に2時間揺られ、最寄り駅からはバスに乗り、海水浴場に到着する。

 メンバーは、僕と詩楽、美咲さん、神崎さん、結城さんだ。


「海にゃ!」


 言い出しっぺの美咲さんがテンション高い一方。


「陽ざしが強すぎて、帰りたい」


 結城さんはぼやいている。

 まあ、無理もない。ここ1週間の悪天候がウソのように猛暑が戻ってきたのだから。


「じゃあ、柚はバイバイね」


 詩楽が結城さんをいじる。


(日常が帰ってきたんだなぁ)


 詩楽と結城さんのやり取りが、平和を象徴していたとは。


「猪熊さん、どうされたんですか?」

「ふたりの掛け合いにほっこりしたというか」

「わたしもです」


 神崎さんにわかってもらえて、うれしい。


「さ、みんな着替えようにゃ」


 海の家に行き、着替えをする。

 当然、僕の方が早い。砂浜で女子が来るのを待つ。


(こういうとき、他に男子がいないと不便なんだよなぁ)


 することもないので、ぼんやりと海を眺める。

 どこまでも広がる水平線と、雲ひとつない青い空。

 波も心地よい音を立てる。まさに、天然のASMRだ。

 

 ここしばらく沈んでいた心も、晴れやかになった。

 絶景を噛みしめていたら。


 目の前に別の絶景が現れた。

 水着しか身につけていない、僕のカノジョである。


 詩楽の水着はピンクのビキニだった。


 双丘は88というサイズながらも、お椀型。重力に張り合って、きれいさを主張している。

 ビキニで隠せない谷間の部分は白くて、マシュマロのよう。


「甘音ちゃん、どうかな?」

「う、うん。かわいすぎる。語彙力的には良くないけど、かわいいとしか言えないんだから、しょうがない」

「ん。かわいいは最高の褒め言葉だし、うれしい」


 僕のカノジョはつま先立ちになると、瞳を閉じて。


「だから、このまえの続きをしよ?」

「続き?」


(もしかして、ディープなキスの⁉)


 僕は詩楽の胸元を見る。


(ゴクリ)


 この前はキスで止めてたけど、触りたい。

 詩楽は戦略兵器を僕の方に突き出してくる。

 僕のしたいことが読めたらしい。


(よし、やるぞ)


 禁断の果実に手を伸ばしかけたところで。


「お兄ちゃん、はよ揉んじゃって」


 現実に戻った。

 美咲さんの声がして、僕の手元を見つめていたから。

 さらには。


「動画に撮っておけば、儲けられるんじゃね」


 結城さんはスマホを僕たちに向けていて。


「おふたりとも大人です」


 神崎さんは手で目を覆っている。なお、指の隙間が開いていた。


「すいませんでした」

「あ、あたし、また痴女った」


 詩楽が落ち込んだので、髪を撫でる。


「お兄ちゃんたち、いくら正式に結婚したからって、見せびらかすとは……やるにゃ」

「美咲さん、まだ結婚してませんから」

「でも、指輪をプレゼントしたんでしょ?」

「ええ。将来的には結婚するつもりです。でも、まだ未成年ですし、婚約はしてないです」

「ん。今は婚約の事前登録期間なの」


 さすが、詩楽さん、ゲーマー的な発想だ。


「よくわかんないけど、限りなく夫婦に近いって理解でいいにゃ?」

「ええ。だいたいあってます」


 僕が言うと、詩楽もうなずく。


「そっか。じゃあ、らぶちゃん完敗だね」

「わたしもです」


 美咲さんと神崎さんが意味不明なことを言っていた。


「なら、おふたりさん。百合アイドルビデオに出演しとく? ロリ巨乳と、元アイドルの絡みは需要あるかも」


 結城さんはそう言って、美咲さんたちの後ろに回り込むと。

 右手で美咲さんの、左手で神崎さんの胸を揉み始めた。


「ふたりとも大きいし、柔らかい。監督チェックもよし。さっそく、撮影……は面倒だから、うさん、よろ」


 なお、美咲さんはフレア・ビキニ、神崎さんはワンピースである。


「柚、あたしたちは健全なのよ」

「うさん、真っ昼間から公園でキスした人は言うことがちがいますなぁ」


 女子たちが騒ぐのを横目に、僕は考えていた。

 結婚するぐらいの関係になっても、てぇてぇと呼べるのだろうか、と。


「むしろ、中途半端なのがイクナイにゃ」

「えっ?」


 結城さんから逃れた美咲さんが話しかけてきた。僕の心を読んだの?

 美咲さんは僕の手を引っ張っていき、詩楽たちと離れる。


「あくまでも、らぶちゃんの見解なんだけど」


 美咲さんは砂に絵を描く。男女が手をつないでいる。やたら上手だし、描くのが速い。


「清い交際をしているカップルがてぇてぇなのは納得できるよね?」

「ええ」

「じゃあ、ラブホに行くのは?」


 今度はお城に入るカップルの絵だ。


「てぇてぇじゃないですね。やってますし」


 次は、教会とウェディングドレスの花嫁と、タキシードの花婿である。なに、この人?


「知り合いが結婚したら、なんて言う?」

「素直に、おめでとうって言います」

「そこなのにゃ」


 美咲さんが得意げに笑う。


「夫婦に対して、エッチしてるから不純とか言う人いる?」

「いないですね」

「そういうこと」


 なんとなく言いたいことが飲み込めた。


「僕と詩楽が夫婦になれば、てぇてぇのままってことですか?」

「そうそう。まあ、てぇてぇは人によって考え方が異なるから、解釈違いもあるかもだけどね」


 美咲さんは僕の手を取る。


「中途半端にエッチしまくるのはNGだけど、最後まで行けば問題ないってこと」

「たしかに」

「ってなわけで、お兄ちゃんたちは本物の夫婦を目指していこう!」

「そうですね」


 美咲さんのおかげで、気が楽になった。

 美咲さんは僕に背を向けると。


「らぶちゃん、自分の恋は……たけど……応援するから」


 小声でなにかを言う。波の音もあって、途切れ途切れしか聞こえなかった。


「さ、海はこれから。みんなで遊ぶにゃ」

「そうですね」


 詩楽たちがやってきた。


「ん。今日はみんなへのお礼だもん。みんな、楽しんで」

「そうそう。僕たちからのささやかな気持ちです」


 すると。


「わたし、あそこの無人島まで泳いで、サバイバルしてきます」

「じゃ、柚たそはビーチパラソルの下でゲームしてる」

「らぶちゃんはカップル観察の旅に出るにゃ」


 3人それぞれの個性が出ている。

 しばらく自由に遊んだ。

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