第23話 【オフコラボ】ランチ会だぞぉ【虹】

「せっかくだし、オレたちとイカないか?」


 初対面の先輩が意味不明なことを言い出した。

 イケメン風だけれど、女性と明らかにわかる。

 端正な声から、2期生の花咲はなさきプリムラさんとわかった。


「そろそろ~お昼だし、ウチらと~ランチでもどう?」


 一方、ゆったりと話すのは、同じく2期生の微睡まどろみスイレンさんだろう。


「むにゃ~ウチ眠くなっちゃったぁ。陽菜、抱っこしてぇ」

「しゃぁねえな、蓮は」


 イケメン女子が、眠そうな先輩をおんぶする。


「『ああ背中、大爆乳、最高よ』ってな。蓮の爆乳が気持ち良すぎて、つい俳句を作ちゃったぜ」


 セクハラで確信した。たしかに、プリムラ先輩だと。配信で、セクハラしまくってるし。


 プリムラ先輩は僕たちを無視して、遊園地の出口に向かって歩き始める。


「これから、お兄ちゃんの歓迎ランチ会をするにゃ。もちろん参加でしょ?」

「大丈夫だ。ここ当日かぎりで、出入り自由なんだぜ」


 そうまで言われたら、断れない。

 というわけで、僕たちは遊園地を出る。


 飲食街に入って、少し進んだところで、先輩は足を止めた。

 看板は歴史を感じさせる。いかにも老舗な天ぷら屋だった。

 僕たちは個室に通される。


「オレは花咲プリムラ役の大日向おおひなた陽菜ひなだぜ」

「ウチは微睡スイレン役の水無瀬みなせれんよ~」

「花蜜はにー役の猪熊甘音です」


 周りに人がいないこともあり、先輩たちはVTuberの活動名を出した。


「まさか、大型新人はにーちゃんが男子とは、プリムラさまもびっくりだぜ」

「ねえねえ、きみぃ。ウチ自らASMRのテクを伝授するし~弟子になってみない? ~~~~~すやぁ」

「蓮ちゃん、話してる途中に寝落ちして、かわいいにゃ」


 美咲さんはスイレン先輩の爆乳を指でつつく。

 僕は目をそらした。


「今日は邪魔をして、悪かったな。何でも好きなもの頼んでくれ」


 プリムラ先輩にメニューを渡された。


 噴きそうになった。

 天丼が3000円もしたからだ。しかも、一番安いのが天丼で、定食はさらに高い。

 デビューしたての高校生VTuberに払える金額ではない。


「お兄ちゃん、お金は気にしなくていいにゃ」

「おうよ。金はオレが出すぜ」


 美咲さんとプリムラ先輩が言ってくれるが。


「で、でも、驕っていただくのは……」

「なに、新人歓迎会なんだ。先輩が払うのが当然ってもんよ」

「それに、ウルチャはこういうところで使った方がいいにゃ」


 僕はプリムラ先輩を見る。

 イケメン女子高生はさわやかな笑みを浮かべた。


「リスナーさんのお金で、僕に驕っていいんですか?」

「ノンノン、タレントたちが楽しく遊んで、てぇてぇ模様を配信で報告するにゃ。みんな喜ぶって、お兄ちゃんもわかるはず」

「そ、そうですね」

「だからぁ、これもぉウルチャの有効活用なのにゃ」


 マネージャに論破された。


 3000円の天丼は、僕の知る天丼ではなかった。天ぷらなのに、胃にもたれる気がしない。衣もサクサク、身も大きく、タレの味付けも申し分ない。


 詩楽をはじめ、女子高生グループもおいしそうに食べる。


「それにしても、甘音っち、配信見てるけど、演技力はマジすげぇぜ」

「ウチもびっくりしたわ~ホントにプロの声優じゃないの~?」

「元俳優志望なんです。演技は勉強してましたけど、声優じゃないですよ」


 俳優と声優は演技をする点では同じだ。

 ところが、求められる要素は大きく異なる。まれに両方こなせる人もいるけれど、かなりの特殊ケース。

 有名俳優がアニメ映画に出て、残念な結果になるのも普通にあるわけで。


「アニメ声がかわいいのはもちろんだけど……って、ごめん、気にしてたりする?」


 プリムラ先輩は舌をペコリとする。配慮もできる人のようだ。

 お世話になる先輩だ。僕の事情を言っておこう。


「僕、声変わりしないんで。なら、せめて、VTuberとしては活かしたいです」

「オレ、そういう考え好きだぜ」

「ごめんねぇ。つらいこと聞いちゃってぇ~」

「お兄ちゃん、バ美肉勢最強にゃ」


 先輩たちは僕を受け入れてくる。居心地がいい。


「これも詩楽のおかげなんです。僕、自分のアニメ声が大嫌いだったんですけど、詩楽に褒められて、武器にしようと思えたんです」


 過去のトラウマを乗り切ったアピールをしたところ。


「えへっ、あたしのおかげなんだぁ」


 詩楽がにやける。


 僕たちの関係がバレないか心配になる。

 かといって、下手に動いたら、怪しまれる。

 実際、美咲さんは笑いを押し殺しているし。


(やっぱ、小悪魔だよな?)


 朗らかな天使のようでいて、裏ではイタズラ好きな美咲さん。2期生の先輩に会ったのも、絶対に偶然ではない。


「そういえば、先輩たちは今日はどうしたんです?」

「今日は久しぶりに2期生で遊ぼうって話になったんだぜ」

「最近、みんな忙しいから~なかなか集まれないの~」

「へえ」


 同期で仲良く遊べる2期生がうらやましいと思いつつ。


「さくらアモーレ先輩がいなくて、残念ですね」


 不在の先輩の名前を出す。

 2期生は3人いる。この場にいる2人と、さくらアモーレ先輩。


 さくら先輩でなく、マネージャの美咲さんがいるのが不思議だ。


「アモーレの奴、面白いことが起きたからとか言って、らぶを代わりに寄こしたんだぜ」


 大日向先輩は僕の疑問を感じ取ってくれたらしい。


「ウチら、いつもアモーレちゃんのいたずらに振り回されてるの~」


 先輩ふたりは美咲さんに意味ありげな目を向ける。ふたりとも棒読みだし。

 詩楽さんも事情がわからないのか、首をひねっていた。


「あたしもアモーレ先輩のことよく知らないの」

「へえ」

「ディスコーダーでは話してるけど、リアルだと会ったことないし。配信みたいにイタズラ好きなのは間違いなさそうだけど」


 さくらアモーレ先輩といえば、配信頻度が減っている1期生に代わり、レインボウコネクトを引っ張っている人だ。

 なお、1期生は3年生なので、仕方ない面はある。受験があるみたいだし。


「だとさ、らぶ。アモーレに伝えとけよ」

「……いちおう伝えとくにゃ。でもぉ、あの子、面白いがすべてにゃん。言うことを聞くとは思えないにゃ」


 先輩たちはどっと笑った。


 店を出て、先輩たちと別れる。


「じゃあ、遊園地に戻ろうか」

「ここからはあたしのターンだから」


 詩楽がひっついてくる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る