第5章 オフコラボはデート?

第22話 推しとオフコラボ

 初配信から3週間ほど経った。11月も下旬になり、冬が近づいている。


 僕はひとりで遊園地の入り口にいた。

 こぢんまりした遊園地。日曜日の午前中なのもあって、家族連れで賑わっている。


「甘音ちゃん、お待たせ」


 彼女の姿を見たとたん、僕は目を見開いた。


 さらさらの銀髪に、花の飾りをつけ。

 白のニットセーターは、豊かな肉体の美しさを強調し。

 ミニのフレアスカートは、みずみずしい太ももを引き立てている。

 ナチュラルメイクも決まっていた。


(なにこれ、かわいすぎるんですけど)


 さっきから男女を問わず、周囲の人がチラ見しているのもうなずける。


「なにも言わないってことは……似合わなすぎて、離婚したがってる?」

「むしろ逆っていうか」

「結婚したいの?」

「……服が似合いすぎていて、かわいいしか勝たん」

「そ、そうなんだ、えへっ」


 詩楽が相好を崩す。


(美咲さん、ありがとう)


 今日は、初配信後に約束したデートの日。

 朝食後。『女の子には準備があるから、先に行って。10時に入り口で待ち合わせね』と、詩楽からの希望で、別々に家を出た。


(準備、たすかる)


 詩楽は僕の腕に体を絡ませてくる。


「これで勝つる。さすがに美咲も遊園地には凸撃しないはず。今日は甘音ちゃんを独り占めする」

「ははは」


 美咲さんにチケットをもらった手前、今日がデートだと伝えてある。

(まさか、美咲さん尾行してないよね……?)

 心配になった。


 詩楽は背伸びすると、僕の耳元でささやく。


「おーぶちゃんにコーデを相談して正解だった」

「おーぶ先輩、服も詳しいからね」


 おーぶ先輩とは、レインボウコネクト3期生の小羊こひつじおーぶ。詩楽の同期であり、学年は僕たちの同級生だ。


 なお、人前で身バレにつながるような会話はできない。

 詩楽にならって、周囲に警戒して答える。


「数日前、あたしの配信で、はにーちゃんとオフコラボするって言ったでしょ。そしたら、おーぶちゃんが助けてくれたの」

「おーぶ先輩。ディスコーダーで話しただけなんだけど、どんな人なのかな」

「ん。あたしがいるのに他の女に手を出すのは禁止」

「ごめん」


 他の女性の話題をした僕が悪いけれど、手は出していない。


「僕は詩楽とあかつきだけを愛してるから」

「ん。あたしも甘音ちゃんと、はにーちゃんしか勝たん」


 詩楽に髪を撫でられる。

 顔を近づけて、イチャついていたので、遊園地の係員にジロジロ見られた。


「じゃあ、そろそろ入ろうか」

「ん。まずは、ジェットコースターからでいい?」

「わかりました、お姫さま」


 僕は膝立ちすると、騎士を真似て、詩楽の手を取る。


「今日のあたしは、お姫さま兼魔法少女ネタでいく」


 デートと言いつつ、対外的にはオフコラボ扱いになっている。

 今日のデートでの出来事は、各自配信のネタにする予定だ。なので、半分仕事である。


 遊園地の規模が小さいこともあって、待ち時間はほとんどない。

 ジェットコースターにもすぐに乗れた。


 後ろの方の席に座る。詩楽が手をギュッと握ってきた。


「甘音ちゃん、怖いかも」

「……大丈夫。僕がいるから」


『自分から言い出しておいて⁉』と言わず、強がってみせた。

 5分後――。


「甘音ちゃん、永遠にあたしの膝を枕にしていいから」

「……情けないよね」


 自分がジェットコースター苦手なことを忘れていた。

 というか、遊園地に来たのは小学生以来なので、問題ないと思っていた。


 ドヤ顔しておいて、詩楽は大丈夫で、僕がダメとは……?


(おかげで、膝枕してもらって、ラッキーだけどね)


 彼女の巨乳、下から見るに限る。ぴったり体に張り付くセーターって、最高。


「甘音ちゃんが自分を情けないと思っても、あたしは受け入れるから」


 おっぱいを堪能していたら、彼女が真面目な口調で言う。

 バツが悪くなった。


「弱い自分を否定するのよくない」

「そうなんだ」

「あたし、クソ雑魚メンタルだし、ブーメランだよね」

「そんなことないよ」

「ん。でも、奏にいつも言われる」

「理事長らしいね」


 詩楽はうなずいたあと、うれしそうにニヤける。


「それに、甘音ちゃんの『きゃぁぁっ!』、超絶かわいかった。録音しなかった自分を恨んで、藁人形にクギを打ちたくなる」


 良いセリフを言ったそばから、ネガティブになる僕のカノジョ。


「僕、自己否定する詩楽も大好きだから」

「なら、あと50年は膝枕を続けて」

「……もう回復したし、せっかくだから、いろいろ回らないと」

「じゃあ、次はお化け屋敷ね」

「お化け屋敷なら、問題ないはず」


 と思っていた時期が私にもありました。


 江戸時代の屋敷を改造した建物が、お化け屋敷だった。柱には刀傷まである。

 本当に人が死んだ可能性があるわけで。

 ガクガクブルブル。


「うぅっ、ガチで怖いよぉ」


 詩楽が腕にしがみついてくる。

 残念ながら、彼女の巨乳を堪能する余裕はない。


 それでも。


「詩楽は僕が守るから」


 僕は詩楽の肩を抱き寄せる。

 その直後――。


『ぜ、私を捨てたの~』


 突然、幽霊が現れた。びっくりしたのと、声に怨念がこもっていて。


「ひゃぅぅぅっ!」


 僕は叫んでしまった。


「甘音ちゃん⁉」


 逆に、詩楽に頭を撫でられる始末。


「だ、大丈夫だから」


 僕たちは互いの腰に手を回し、抱き合いながら、どうにかお化け屋敷を出た。


「怖かったけど、甘音ちゃんの『ひゃぅぅぅっ!』を聞けて、ラッキーだった」

「うっ」

「ネタにしたら、みんな喜ぶよ」

「そ、そうだね」


 VTuberは芸人でもある。と、個人的に感じているので、気にしない。


「疲れたし、どこかで休もうか?」


 僕が切り出したときだった。


「あっ、ユメパイセン、奇遇だね」


(美咲さん、やっぱ来てたのか?)

 美咲さんの隣には女子がふたりいる。


「ちぃーす、ウタっち」

「えっ、詩楽さん。デートの相手って男子だったの?」


 ふたりは詩楽を知っているらしい。


(そういえば、彼女たちの話し方、どこかで……?)


 詩楽に目で問いかけると。


「あの人たち、部活の先輩なの」

「ああ、納得」


 レインボウコネクトは、虹の橋学園バーチャル部でもある。

 部活=同じ運営で話が通じる。


「はじめまして、新人の猪熊いのくま甘音です」


 先輩ふたりは目を点にする。

 一方、マネージャは小悪魔的な笑みを浮かべていた。

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