第2章 #VTuber準備中(後輩編)
第87話 『くしゃみ助かる』理論
1週間がすぎて、ゴールデンウィークに突入した。
今年の連休は金曜日から始まる。前半3連休、1日だけ学校があり、後半3連休、金曜だけ学校、土日が休み。
月曜と金曜が邪魔すぎる。高校生にも有給休暇を実装してほしい。
(学校を休んでも、仕事があるんだけどさ)
というか、連休初日の今日も普通に仕事をしている。ギャルマネからも返信が来るし。運営さん、働きすぎです。
午前中に自分の仕事を片付け、昼すぎからは我が家に人が集まっていた。
メンバーは僕と
僕が神崎さん、詩楽が結城さんの担当メンターなので、ふたりを我が家に呼んでいる。
「配信中にダルそうにしていい?」
びっくりするようなことを聞いてきたのは、結城さんだ。
机に突っ伏している。
「あたしたちはキャラを演じているけど、基本的には台本はない」
詩楽先輩が答えて反応がない。しかばねのようだ。
「夢乃さん、質問よろしいですか?」
「ん」
神崎さんが見かねたのか、手を挙げる。
「基本的にはということは、例外はあるんですか?」
「ん。たとえば、案件のときには台本をもらう」
「案件って、具体的には?」
「ソシャゲ案件とかね。ソシャゲとコラボすることがある。そんときは特別な配信をすることが多い。ゲームの魅力をアピールするわけ」
「企業側としては、わたしたちのファンがダウンロードして、課金してくれたらうれしいってわけですか?」
「ん、そう」
神崎さんは飲み込みが早い。
元アイドルだからかな?
「台本、不自由。ポイズン」
一方、結城さんは毒を吐いている。
「柚、ちがう」
詩楽がすかさず言う。
「案件は企業がお金を払って、あたしたちに依頼してるの。それなのに、台本を破ったら相手は怒りたくなる。さらに、面倒な事態になるの」
「へえ、台本が正義なら、台本のせいで炎上してもいいんだぁ?」
「屁理屈。事前に運営がチェックして、マズければ直してもらうから」
結城さんに教えるのが大変そう。
僕が全部やったら詩楽のためにならない。かといって、任せすぎても、負担になる。
「ここからは僕が話そうか?」
「甘音ちゃん、助かる」
「話を戻すね」
「すいません、わたしのせいで話が脇道にそれて」
「ううん、疑問は都度解消した方がいいからね」
本当に神崎さんは礼儀正しい。芸能界で先輩後輩の厳しさを叩き込まれているからだろう。
「台本の有無に関係なく、僕たちはキャラを演じるってこと」
「でも、ゲームとか、雑談とか、どうみても演技には見えないけど?」
「結城さん、良い疑問だね」
「甘さん、誰かとちがって、やさしい」
詩楽が眉をピクつかせる。
「甘音ちゃんは誰にでも優しいの。でも、一番愛されてるのはあたし」
怒ってるカノジョもかわいい。
「バカップル」
「あ、あの、わたし、なにも見てませんから」
後輩にも微妙な反応をされた。
僕は咳払いしてから話を続ける。
「結城さん、自分を俳優だと思ってみて」
「柚たそ、セクシー女優ね」
「ぶはぁっ!」
斜め上の発言に、僕は噴いてしまった。
高1にしてはやや幼い顔立ちなのに、体は女性らしい丸みを帯びている。一部の男性には受けそう。
「結城さん、NGだから⁉」
「甘さん、言ってみただけ」
結城さんを相手にするのは疲れる。
ここ数日の詩楽の苦労が身に染みた。
なお、詩楽と神崎さんは真っ赤になっている。
「結城さんは民放のテレビドラマに出る女優とするね」
「りょ」
「ドラマでは演技するのは当然として、番宣にバラエティ番組に出るよう頼まれた」
「ダルそう」
やる気なさそうな結城さんを見て、思った。
(演技ひとすじで、バラエティ嫌いな俳優ですか?)
話が進まないので、突っ込まないけど。
「バラエティに出た結城さんは、素のキャラを出す?」
「もち」
(結城さんのキャラなら視聴者ウケするかもしれないけどさ)
伝わってなくて、もどかしい。
「わたしだったら、普段の自分とはキャラを変えますね。カメラの前ですから」
さすが、元アイドル。わかってる。
「たとえば、どんな感じで普段と変えるのかな?」
「番組にもよりますが……わざとボケたり、ハイテンションで叫んだりしますね。いつものわたしをテレビで見せても、『つまんない』で終わってしまいますから」
「そう。楽しんでもらうために、俳優は素とは別のキャラを演じてる」
「理解はした。でも、VTuberは俳優じゃない」
結城さん、まだ納得していない。
面倒な子と思いつつ。
むしろ、好感が持てた。
わかったフリをして、先に進めた方がマズいからだ。いざやってみて失敗するパターンだ。
だったら、わかるまで、とことん突き詰めた方が良い。
「たしかに、VTuberは俳優じゃないよ。でも、視聴者に喜んでもらわないとやっていけない。その点では参考になるんだ」
厳密に言えば、俳優は視聴者ウケしなくてもいい。演技力があって、扱いやすい人であれば、監督やスタッフに重用される可能性はある。
「りょ」
やっとわかってくれた。
「とはいえ、VTuberでは素の自分をまったく見せないのも逆効果。VTuberは中の人の魅力も必要だからね」
過去の事例を紐解いてみる。
VTuberで演者が交代した事例もある。いわゆる、魂の変更だ。
ただし、うまくいった話は聞かない。むしろ、炎上のイメージが強いかも。
などと言った事情を説明した。
「『くしゃみ助かる』理論ってか」
「それな」
結城さんの発言に、詩楽が激しく同意する。
「あの、『くしゃみ助かる』理論って、なんですか?」
神崎さんがキョトンとしている。
「VTuberが配信中に、くしゃみをする。するとね、リスナーが『くしゃみ助かる』って、コメントで盛り上がるの」
「へ、変態ですね」
さすがの神崎さんも引いていた。
「ある人の分析によると、くしゃみすると、生身の人間を感じられるらしい。VTuberはたんなる二次元キャラじゃないから」
「それで、『くしゃみ助かる』理論なんですね」
やはり、神崎さんは理解が早い。助かる。
「VTuberはキャラと魂が切り離せないからね。私見だけど」
このあたり、論争になりかねないので、言葉を濁す。
「僕、萌黄あかつきさんのポンコツっぷりが好きだし」
「ふぁっ⁉」
黙っていた詩楽が目を見開く。
「ノロケ」
結城さんに言われてしまった。
「っていうわけで、ある程度キャラを演じつつも、素を感じさせる。それがVTuberでは求められてるんだ」
「ん。『この子、良い子。もっと応援したい』と、リスナーさんに思ってもらう。それが一番大事」
僕と詩楽でまとめに入る。
「納得です。アイドルと似ているようでいて、ちがうところもありますね」
「りょ(できるとは言っていない)」
素直な神崎さんと、ひねくれた結城さん。
(詩楽ひとりでは厳しそうだし、協力してやっていかないとなあ)
一仕事終えて、実感していたら。
「ここからは実技だから」
詩楽がゲーム機を指さして、言った。
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