第28話 【メン限】秘密のお話
「妹みたい?」
理事長の詩楽のことを『妹みたい』と表現したのが、引っかかった。
「ええ。妹にしては年が離れてますから」
「……理事長、若いですよ」
「わたくし、25歳のおばさんですわよ」
「普通にお姉さんですし」
「お世辞が上手ですのね。わたくしも女ですから、うれしくてよ」
西園寺理事長は上半身を揺らして笑う。たわわな胸が上下に弾む。
僕が慌てて、目をそらすと。
「ところで、今からメン限をします」
理事長の声が、急に真面目なトーンになった。
「ここでお話しする内容は、公開しないでくださいましね」
「わかりました。約束します」
秘密の話に対して、メン限と表現するのがVTuber事務所のオーナーらしい。
「唐突ですが、わたくしの父は大企業のオーナー社長ですの。今の日本を嘆き、復活させようと奮闘する立派な方ですわ」
理事長、親も経営者だったのか。
(って、あれ……父親が経営者?)
偶然だろうが、詩楽の父親も経営者だったはず。
「ただし――」
理事長の顔が曇った。
「英雄色を好む。わたくしの父のよくないところです」
「あっ!」
「今の反応はどうしまして?」
「いえ、関係ないんですけど――」
「あの子の父親のことね?」
理事長も詩楽の事情を知っているようだった。
理事長は信用できる。誤魔化しても仕方ない。首を縦に振った。
「あの子の父親と、わたくしの父。立派な経営者で、異性にだらしない欠点がある。お察しくださいね」
にこやかな笑みを向けてくる。
優しいお姉さんではなく、経営者の顔だった。清濁併せ呑むというか。
詩楽との関係を話すにあたって、理事長自身の父を持ち出したこと。
詩楽の父と、自分の父の共通点を語ったこと。
詩楽のことを『妹みたい』と言っていたこと。
詩楽に接する態度が、本物の妹みたいであること。
それらから察するに……。
理事長と詩楽は血がつながっている。いわゆる、異母姉妹だ。
さすがに予想していなかった。
が、詩楽を気にかけている理由も理解できた。
「事情はだいたいわかりました」
「そのうえで、わたくしの話を聞いてくださいませんか?」
理事長ははかなげに微笑を浮かべる。どこか詩楽と似ていた。
「はい。詩楽の力になりたいので」
「大学生のとき、わたくしは20人以上も弟や妹がいることを知りましたの」
昔の経営者は隠し子が大量にいたらしいけれど、令和の時代にびっくりする。
「あの子も、そのひとりでした」
理事長は唇を噛みしめる。罪悪感を抱いているようだった。
「わたくしは弟や妹たちに罪滅ぼしをしたいと考えました」
「ええ」
「そこで、わたくしは学校を作ることにしましたわ」
論理が飛躍しすぎていて、理事長らしくないと思った。
「当時、わたくしは社会事業を専門に勉強しておりました。具体的には、問題を抱えた子どもを支援する事業についてです」
「は、はあ」
「子ども食堂などがわかりやすい例でしょうか」
僕はうなずいた。
「公益性の高い仕事に励むことで、わたくしは罪の意識から逃れようとしたのです」
「それで、学校を?」
「ええ。教育は子どもの未来を作る
一度は不登校になった僕も、VTuberデビューして自信を持てるようになった。
今では問題なく、VRの学校に通えている。
学校のありがたさは身に染みていた。
「ですが、自己満足の活動では、なんの解決にもなっていないことを悟ったのです」
理事長の目に涙が浮かぶ。
「1年半ほど前。わたくしが支援しているNPOに、あの子が来ました。写真と名前をチェックしていましたので、すぐにわかりました」
「……」
「あの子は学校にも行かず、暗い顔をしていましたわ。わたくしも話しかけましたが、心を開いてくれませんでしたの」
信じられない。今は理事長への信頼感は伝わってくるのに。
「ですが、放っておけません。父の犯した罪ですからね」
理事長の穏やかな声に激情がこもっていた。
「何度も、何度も、彼女が住む家を訪ねました。やがて、カラオケに行ったり、ゲームをしたり。時間をかけて、少しずつ信用してくれるようになりましたの」
忙しい人なのに、詩楽のために努力したのだろう。
「そのうち、わたくしは彼女の才能に気づきましたわ。歌やゲームはプロ級ですし、なによりも一生懸命。素の自分に自信がなくても、ゲームでは強気になれる。VTuber向きだと思いましたの」
「それで、詩楽を勧誘したんですか?」
「ええ。ですが、母親と一緒にいては、あの子のメンタルは保てない」
「VTuberは精神的にハードですからね」
理事長は首肯する。
「そこで、わたくしは母親と交渉しました。わたくしが用意した部屋に、あの子を住まわせることを」
「どうだったんですか?」
「費用がわたくし持ちだとわかると、あっさりと認めてくれましたわ。『ガキがいると嫌がる男もいるんだよねぇ』と、冷たい態度で」
「っつ」
苛立ちのあまり、ついテーブルを叩いてしまった。
「あの子のために怒ってくれて、ありがとうですの」
「理事長こそ、詩楽を助けてくれて、ありがとうございます」
「いいえ。わたくしは極めて個人的な理由で行動したにすぎませんのよ」
理事長の瞳に影が射す。
「あの子はいまだに苦しんでいます」
「ええ」
「たとえば、あの子は極端に自己肯定感が低いですし」
川に飛び込もうとしていた件は理事長にも秘密にしている。詩楽に止められているから。
「知り合いの精神科医にも相談したのですが、母親に存在を認めてもらえなかった影響があるかもしれないとのことでした」
「……」
「親からの愛情に飢えている分、
詩楽が僕に甘えてくるのも、愛がほしいから。納得できる。
「萌黄あかつきさんが必死だったから、僕は彼女に惹かれたのかもです」
「必死さ。応援したくなる要素のひとつですわ」
「ええ」
「推しががんばって、魅力を放つ。リスナーさんはコメントやウルチャで推しを支援する。そして、推しが結果を出す。努力した人の物語は人気ですものね」
「僕もアイドルアニメ大好きですし」
少し雰囲気が和らぐが、すぐに理事長の顔が難しくなった。
「必死に働くのはいいことよ。ですが、一歩間違えれば、体を壊してしまいますわ」
熱血とブラックは紙一重の世界だ。
「僕、これからは詩楽にムリさせませんから。どんなにウザがられてもいい。今回みたいのは嫌です」
「……さすが、彼氏さんですわね」
「ふぁっ⁉」
深夜の病院なのに叫んでしまった。
「まさか、バレていなかったと思いまして?」
「うっ」
「一線を越えてなければ、責めるつもりはありませんわ」
「そこは安心してください」
「あくまでも、高校生らしく、てぇてぇを貫いてくださいね」
「は、はい」
と、そのとき。
「あっ、ここにいたんですね」
担任の佐藤先生がやってきた。紙袋を持っている。
「服を持ってきましたよ~」
「ご苦労さま。じゃあ、あとは若い人に任せますわ」
理事長は紙袋を受け取ると、僕に渡してきた。
「着替えが入ってますわ。下着もありますが、預けてよろしいわよね?」
「あっ、はい」
「じゃあ、猪熊くん。恋人なんだし、今日は病室に泊まってあげて。ただし、エッチなのは禁止だぞ~」
担任の先生にもバレていたらしい。
理事長と佐藤先生は休憩スペースを去り、出口の方に向かって行く。
日付は変わり、クリスマスイブになっていた。
コンビニの前を通りがかる。クリスマスの飾り付けが映えていた。
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