第5章 僕たちの答え

第140話 【#昼活雑談】お盆休みだよぉ【萌黄あかつき/虹】

 海水浴に行った翌日。

 お昼過ぎから詩楽が配信をしている。

 僕は自室で詩楽の配信を見ていた。


『気づけば、もう8月も半分近くがすぎてるわけですよ~。世の中的には、お盆休みですね。休める人は楽しんでくださいね。でも、あたしたち学生にとっては夏休みの終わりが近づいてきて、名残惜しさを感じる頃』


 やっぱ、あかつきさんの声は最高だ。

 別居中は推し活すら厳しい精神状態だったので、久しぶりに楽しめている。


 諸事情により、完全なお客さんというわけにはいかないんだけど。

 今朝、理事長に電話で話したことを思い出していた。


   *


『母親はあの子からVTuberを奪うつもりかもしれませんわ』

『えっ、どういうことですか?』


 僕は理事長に尋ねる。


『あの子はVTuberを始めてから変わりましたの。自分に自信が持てるようになりましたわ』

『たしかに、僕と出会ってからでも、かなり変わってきましたね』

『あの子にとって、あなたと萌黄あかつきの存在が非常に重要ですの』

『だから、VTuberとしての立場がなくなれば、詩楽は多くのものを失う。復讐の手段にもってこいってことですか?』

『そういうことですの』


 かりに、詩楽が引退しても、僕は彼女を見捨てない。そういう意図も指輪に込めているつもりだ。

 だからといって、推しの危機を放置するつもりはないが。


『具体的には、炎上を引き起こして外部からの圧をかけたり、精神的な苦痛を与えて引退したくなるよう仕向けたり。なんらかの方法で活動を妨害してくるかもしれませんわ』


 理事長の言葉で思い出したのは、神崎さんの件だ。


『安心くださいまし。先日の件、例の経営者に対して法的措置の準備中ですの。今回も場合によっては、知り合いの弁護士と相談しますわ』


 僕の聞きたいことを先回りして言われた。


『ただ、あくまでも最終手段ですの。配信中のアンチコメントは、運営でもできるかぎり対処するよう連絡しておきますわ』

『僕も詩楽の配信はチェックしますから』

 

   *


 というわけで、不穏なコメントが来たら、対処するつもりで配信を見ている。僕にも管理者権限があって、助かった。


『今日は真っ昼間から……エッチなことじゃなくて、雑談しようと思います』


:期待させておいて、焦らすのか

:ポンしてください

:夏だし、水着を希望します


『みんなの期待にこたえられるかは、ご想像におまかせしますが、最近の出来事を話します』


 軽めのセクハラも対応したいけど、我慢する。


『まずは、NPOとのコラボ案件かな。あれ、悩んだんですよね。でも、あたしみたいなポンコツ魔法少女でも誰かの役になればいいなって思って、引き受けたんですよ』


:啓蒙動画を見たけど、じーんと来た

:ゲートキーパーとの対談も泣けた

:あかつきは俺の救い

:僕も学校に行けてないけど、勇気をもらった


 みんなの反応に僕まで泣けてきた。

 不登校だった1年前の僕も、あかつきさんに救われたから。

 だからこそ、あらためて誓った。

 詩楽と萌黄あかつきを守り抜く、と。


『VTuberの配信とか、大人からバカにされるかもしれない。「あんな、くだらないものを見てる暇があったら、勉強しろ」って感じで。


 でも、みんなが好きなんだったら、VTuberに逃げてもいいんだからね。


 つらいの我慢して、耐えきれなくなって……。

 自分を傷つけたり。

 死ぬつもりで、他の人を攻撃したり。


 有名人の自殺やら、拡大自殺の連鎖やら、悪いニュース多いしね。


 世の中的にも厳しい状況が続いてるから、みんな大変だよね。


 しんどくなるのも、よくわかる。

 最近、あたしもプライベートでつらいことあったから』


 詩楽の言葉が胸に染みる。

 彼女の部屋に行って、すぐにでも抱きしめたくなる。

 彼女の強さを信じて、我慢したけど。


『「生きていれば、いいことがある」って、よく言うじゃん。

 良い言葉だと思うけど、言われた方はどうにもならないよね。だから、あたしも無責任な発言は避けたいんだけどさ……でも、言わせて』


:今日は真面目モードだな

:いい子すぎるのが伝わってきて、やっぱ、あかつきちゃん好きだわ


『あたしも嫌な出来事の後に、すっごくうれしいこともあったの~。盆とお正月とクリスマスと、夏休みとバレンタインが一度に来た感じなんだから♪』


(プロポーズ(仮)のことですかね?)


 だったら、勇気を出した甲斐はある。

 というか、配信を通して、カノジョの本音を聞いてしまっていいんだろうか。

 

:いきなりデレだした

:ニヤニヤ助かる


『ってなわけで、名言はウザいけど、闇落ちするのももったいないって話でした』


:まあ、明日はわかんないしな

:嫌なことからは逃げてもいいってことだな?

 

『次の話題なんだけど、昨日は虹メンと海水浴にも行ったんだ。メンバーは、はにーちゃんと、アモーレ先輩、ゆっぴー、キララちゃん』


:やっぱ水着回じゃん!

:88を見せてくれ


『あたしの水着はともかく、はにーちゃんはかわいかったわ』


(えっ、僕?)


:水着レポートよろ

:はにーちゃんの水着はぁはぁ


 当然、僕は男子用の水着なので、配信で詳細は言えない。

 詩楽さん、余計なことを言わないでくださいまし。

 

『あたしから言えるのは、はにーちゃんの水着で鼻血が出そうになったことぐらい。尊すぎて、それ以上のレポートはムリ。だって、かわいいのが悪いんだもん』


:語彙力崩壊するような水着だったのかw

:ポンコツすぎる

 

 わざとなのか、素なのかはわからないが、ポンコツムーブで結果的に助かった。

 その後、詩楽はスイカ割りやビーチバレーの出来事を話す。


『めちゃくちゃ楽しかったんだけど、突発的に嫌なこともあってさ、人生甘くないって思ったよ。あたしみたいな高校生が何言ってんだよって思うかもしれないけど』


 あかつきさんがしみじみとつぶやいたときだ。


 さゆたん:あかつきって彼氏いるのに、男を手玉にとって、とんだビッチなんだから


 あるコメントに気づいた。

 さらには。


 さゆたん:しかも、彼氏も海に一緒に行ったし

 さゆたん:証拠ならビーチバレーの動画を撮ってるよ

 さゆたん:彼氏の声もばっちり入ってるから


 冷や汗が首筋を伝わった。

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