第141話 ウソ

「さゆたんって、もしかしなくても、あの人だよな」


 小百合さん。詩楽の母親で、娘の幸せを呪っている悪女だ。


 海での出来事を知っていることに加え、本名をもじったハンドル名からも間違いないだろう。

 いかにもバレそうなハンドル名で、あかつきさんを攻撃している。


(完全に僕たちを挑発してるな)


 争いたくはないが、彼女の身は守らないといけない。

 この勝負、受けて立つ。


 気負いながらも、そこまでヤバい話だとは思っていない。

 大半の人はアンチが戯れ言を吐いていると読むだろうし、コメントは1秒ぐらいで流れていく。


 かといって、楽観視もできないので、僕は手を動かしていた。

 管理者権限を使って、さゆたんのコメントを非表示にすればいい。

 非表示にすれば、一般のリスナーさんからさゆたんのコメントが見られなくなる。


 しかも、さゆたんの画面では、自分が書いたコメントは正常に表示されたままになる。つまり、さゆたんは攻撃が失敗したことに気づかない。


 これがブロック機能を使うと、自分がブロックされたのがわかってしまい、別の手段で狙われる恐れがある。


 非表示ボタンをクリックしようと、ボタンの上にマウスカーソルを置いたときだ――。


 さゆたん:彼氏の正体はアニメ声の人でしたw


 間に合わなかった。


 ほぼ僕だと特定されたようなものである。

 すぐに非表示にしたが、1秒ぐらいは映ってしまった。


 同時接続数は約5000人。何人に目撃されてしまったか?

 先に挙げた理由で、そこまで問題視はしていないが。

 ふと思ってしまった。


(そもそも、僕がウソを吐いてるのが原因なんだよな)


 男である僕は女声を活かして、女性アバターでバ美肉デビューした。


 花蜜はにーというキャラクターが大事で、かわいければ、魂の性別は関係ない。

 僕が考えるかわいいを追及した結果、ファンも喜んでくれた。チャンネル登録者数100万人超という数字にもつながっている。


 だから、積極的に騙すつもりはなくても、僕は自分のウソを肯定し続けてきた。


(ウソなんだから、バレるリスクはあったじゃないか?)


 いざ、露見するかもという段階になって、罪悪感に襲われるなんて。

 つくづく勝手な自分が嫌になる。


(って、落ち込んでる場合じゃない!)


 まずは、運営に報告しないと。

 ギャルのマネージャに連絡をする。

 すぐに返事が来た。


『すぐに対応してくださって、ありがとうございます。上に相談しとくんで、気にしないでください』


 人が悩んでいるのに、ずいぶんと軽い。

 おかげで気が楽にはなったのだが。


 頭を切り替えて、あかつきさんの配信を見守る。


『というわけで、海でめっちゃ遊んだ。実は、あたし、海水浴初めてだったんだよね』


 そうだったのか。

 表情に出なかったから、気づかなかった。


『あっ、海には行ったことあるよ。今年の冬に海の近くに出かけて、温水プールに入ったの。そのときに、港の海鮮市場で食材を買って、ベーベキューしたの。めっちゃくちゃおいしかった』


 理事長の好意で、貸別荘に泊まったこともあったな。


:それって、例の彼氏と?

:まさか、はにーちゃんが彼氏だったなんてな

:いやいや、はにーが彼氏はありえないだろ

:あれで性別が男とかウソに決まってる

:はにーが彼氏といっても、百合ップルの彼氏役やろ


(うわっ、例のコメントこんなに見られてたのかよ⁉)


 別の受け取り方をしてくれて助かったけど。小百合さんも百合的解釈をされるとは思わなかっただろう。


 胸をなで下ろしつつも、罪の意識が時間とともに強まってくる。

 さらには。


『えっ、みんな、なにを言ってるの?』


 あかつきさんがコメントに気づいてしまった。

 かなり動揺しているのか、沈黙する。

 すると、とあるリスナーさんが何が起きていたかウルチャで教えてしまう。


『ふーん、はにーちゃんがあたしの彼氏ねえ………………………………………………………………………………………………………………まあ、ホントだしw』


 なんと詩楽は肯定する。笑いながらだけど。


:認めたし!

:みんな知ってたって感じだよな


『いや、はにーちゃんが彼女なのかな? まあ、わかんないけど、あたしたちが愛し合ってるのは事実。結婚もする約束だし』


 5000人の前で告白されてしまった。

 というか、バラしちゃっていいんですか?


:結婚式配信いつやんの?

:VTuberなら日本の法律は関係ないっしょ


 他社の話だけど、VTuber同士で結婚した人いるし。リアルでも結婚したのかわからないが。僕たちもネタだと思われているかも。


 詩楽がデレて余計なことを言わないかヒヤヒヤしつつ。

 ウソはよくないと思い直して。


『というわけで、はにーちゃんを宇宙一愛してるのですが…………ごめん、運営さんに怒られちゃった』


:やりすぎだってのw

:ネタと思わない人いるし、しゃーない


『あたし、豆腐メンタルなんで、このまま配信を終えたいと思います。あっ、ウルチャのお礼はしますけど』


 配信が終わってからも、悶々としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る