第142話 相談

 あかつきさんの配信に詩楽ママが乱入して、2日がすぎた。

 深夜。ベッドの中にて。今日も詩楽は僕のベッドに潜り込んでいる。


 僕は彼女の寝顔を見ながら、炎上しなかったことに胸をなで下ろしていた。

 わずか数秒しか人の目に留まらなかったのに加え、やはりアンチの妄言だと思われたのだろう。


 良かったはずなんだけど……。

(うーん、これでいいのかなぁ)


 1時間ほど前にベッドに入ったが、考えてしまって眠れない。

 すでに深夜1時を回っていた。


「はぁ~」


 ため息がこぼれる。


「甘音ちゃん、悩みごと?」


 隣で寝ている詩楽が話しかけてきた。


「詩楽、起きてたの?」

「ん。寝たふりしてた」

「そ、そうなんだ」

「甘音ちゃん、あたしの顔を見つめてたでしょ?」

「す、すいません」

「大丈夫? おっぱい揉んでおけばよかったのに」

「同意がないんだよ⁉」


 詩楽は微笑を浮かべて、僕の目を覗き込んでくる。


「そんなことより、悩みがあるなら話して」


 一連のやり取りが彼女の気配りだったとわかって、うれしくなる。

 しかし。


「いや、たいしたことじゃないから」

「……あたしじゃ頼りなくて、話せないよね」


 彼女はしゅんとうなだれる。


「詩楽が頼りないからじゃないんだけどさ」


 否定したものの、本当の理由は話したくない。

 迷っていたら、詩楽はシーツにのの字を書く。


「あたし、奥さんなのに豆腐メンタルすぎて、旦那の力になれないなんて……。もうダメね。旦那さんの職場には巨乳美少女しかいないし、他の女に逃げられるまである」


 詩楽さん、僕の話を聞いてくれない。


「わかったから!」


 正直に言うしかない。

 適当な理由をつけても、かえって彼女を傷つけるだろう。


「今、詩楽、お母さんのことで大変でしょ。だから、僕の個人的な悩みで振り回したくなかったんだよ」

「……そうなんだ」


 なぜかニヤニヤする僕のカノジョ。


「甘音ちゃんの気持ちはうれしい。あたしを心配してくれたんだから。でもね」

「でも?」

「甘音ちゃんが覚悟を決めて、あたしを選んでくれたみたいに……あたしは甘音ちゃんの嫁になる決心をしたの」


 うれしいけど、すごく恥ずかしい。


「あたし、甘音ちゃんの足を引っ張りたくない」

「詩楽……」

「甘音ちゃんの横に並び立ちたいの。守ってもらう弱い存在じゃなくて」

「……」

「だから、夫のすべてを受け止めるつもり」

「あ、ありがとな」

「あたしに遠慮しないで、なんでも相談してね」

「ごめん、詩楽の気持ちに気づかなくて」


 僕はバカだ。

 詩楽のメンタルに不安があったから、できるだけ彼女をストレスの原因から遠ざけようとしていた。


 今回のような僕個人の悩みなら、なおさら言えないと思っていた。


 けれど、そこに詩楽の気持ちは入ってなくて。

 彼女は僕と対等な関係でいたいと望んでいたのに。


「わかった。これからは詩楽に悩みを相談する」

「ん。わかればよろしい」


 詩楽に頭を撫でられた。彼女の手のひらがこそばゆい。


「甘音ちゃんがどんなに性欲魔人でも、あたしが受け止めてあげる」

「えっ?」

「だから、恥ずかしいことでも話していいんだよ」


 ちょっと話がずれてない?


「詩楽さん、どういうこと?」

「他人に言いにくい悩みの代表のひとつはエッチなことでしょ?」

「う、うん」

「なら、あたしは妻として夫の変態な悩みも聞ける女になりたいの」


 意気込みは伝わってきたけど、なんでエッチ方面?


「もちろん、エッチじゃない悩みもOK」

「むしろ、エッチな悩みは少ないんだけど……」

「そうなの? 海でみんなのおっぱいに夢中だったから、てっきりハーレム王になりたいのかと」

「うっ」


 ビーチバレーの件、バレていたのか。


「あれは大きくて動くものを見てしまう人間の習性に従っただけで、ハーレムしたいわけじゃないから」

「そ、そう」


 詩楽はパジャマを膨らませる胸に手を添える。


「秘蔵の麦茶でも飲みながら、僕の話を聞いてくれるかな?」

「そこは秘蔵のワインじゃないの?」

「未成年だよ」

「ちぇっ」


 僕たちはリビングに行く。

 僕は秘蔵の麦茶ではなく、普通の麦茶をグラスに注ぎ、詩楽の前に置く。


「で、甘音ちゃんの悩みって、あたしのおっぱいを揉みたいってことでいいの?」

「ちがうから!」

「じゃあ、揉みたくないの?」

「……揉みたいです」

「ぷっ」


 詩楽は噴き出す。


「素直でかわいいんだから」

「だって、好きな子なんだし、きれいだし……寝てるときに柔らかいの確認済みだし」

「寝てるときに触ってるの?」

「そうじゃなくって、一緒に寝てると不可抗力で当たるから」

「……少しは気が楽になった?」


 僕が話しやすいように気を遣ってくれたらしい。


「僕の悩みなんだけど」


 詩楽は微笑のまま、僕の言葉に耳を傾けている。


「リスナーのみんなにウソを吐いてることが苦しくなったんだ」

「そ、そう」


 詩楽は相づちを打つと。


「あたしは甘音ちゃんじゃないから、甘音ちゃんの罪悪感はわかってあげられない。でも、甘音ちゃんが誠実な人なのは理解してる。騙してる気がして、苦しかったんだね」


 そう言って、彼女は再び僕の髪を撫でてきた。


「あたしもだけど、VTuberはキャラクターを演じてるわけじゃん」

「そうだね」


 僕たちはアニメみたいに作られた脚本にあわせて、演技をするのとはちがう。

 設定がありつつも、多少は素の人間味が出てしまう。

 そこが、VTuberあるあるであり、醍醐味の部分でもある。


「演技をしてる時点で、あたしたちはウソを吐いている。人によって程度が異なるだけで」

「そうかもな」

「『だから、気にしなくていいのよ』なんて、あたしは言わない。甘音ちゃんの苦しい気持ちに寄り添ってないから」


 彼女だからこそできる気遣いに、胸が温かくなる。


「甘音ちゃん、自分の苦しい気持ちに蓋をしちゃダメだよ」

「……」

「甘音ちゃんと別居してたときのあたしになっちゃうから」


 詩楽は切なげに目を伏せる。


「甘音ちゃんが好きなのに、あたしがいたら迷惑をかけると思って、自分にウソを吐いてた。それで苦しくなったんだから」

「詩楽、もっと早く会いに行けなくて、ごめんな」

「ううん、いいの。最高のプロポーズだったし」


 僕たちは見つめ合い、良い雰囲気になる。

 キスしたくなったが。


「真面目な話中だったな」「結局、あたしの悩みを話してた」


 顔を見合わせて、笑った。


「それで、甘音ちゃんはどうしたいの?」

「……素直になりたいかな。みんなに誠実でありたいから」

「そう。なら、あたしは応援する」

「いいの。僕のワガママなんだけど」

「ん。運営と喧嘩になったら、あたしも味方する」

「そこまで……」


 彼女の存在に励まされた。


「でも、運営は大丈夫だと思うんだ。僕の答えに異を唱えたら、『VTuberのための運営』という理念がウソになるし」

「そ、そうなんだ」


 僕は大げさにうなずく。

 理念よりも数字を重視する会社は世の中にたくさんあるはず。結局はお金がないと会社は存続できないし。


 普通に考えれば、僕のしようとしていることは売上を減らす行為だ。けっして、運営的にはありがたい話ではない。


 もちろん運営を信用しているけど、迷惑をかけるのは事実。

 承認されるとはかぎらない。


「そろそろ、寝ようか?」

「ん。相談料として、お姫さま抱っこでベッドまで運んでください」

「ずいぶん、安い相談料なんだね」


 約束どおり、お姫さま抱っこして、ベッドまで連れていく。

 その後、ぐっすり寝られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る