第100話 【#初配信】配信なにそれ、おいしいの? #ゆっぴー・神宮寺 #虹4期生

【夢乃詩楽視点】

 未来の初配信が終わった。途中、危ないところはあったけれど、彼女らしくて好感が持てた。あの純粋さはあたしも見習いたい。


 などと思ってる場合じゃなかった。

 柚の配信が1分後に迫っている。


 甘音ちゃんがしたように、あたしもスタジオに待機していた。

 あたしがいても意味がないのは内緒だけど。


(だって、柚、タブレットでゲームするぐらい余裕なんだもん)


「柚、そろそろ時間」

「だりぃけど、ちょっくら遊んでくるか」


(こいつ、大物すぎる)


 あたしだったら絶対ムリ。配信のたびに緊張で胸が飛び出そうになるのに。


 配信が始まった。

 最初は4期生のプロモーション動画だった。

 柚は動画の再生ボタンを押しただけ。動画が流れている間は、特別な操作は必要ない。


 だけどさ…………。

(なんで、ゲームしてるわけ?)


 唖然としていたら、動画が終わった。


「みんな、今日は初配信ありがとうございました。では、これで終わります」


(はい?)


 こんな発言するって聞いてない。ギャルマネも真っ青になった。


:えっ、オレ、寝てた?

:彼女、精神と時の部屋で配信したのかも


「ソファで寝そべりながら、ゲームの続きしたいけど。マネちゃんに怒られたから、もう1回初配信する。あと30分、みんなで我慢しよう」


:やる気なっしんぐ

:まさかのヒッキー⁉


「誰さ、我の正体を見破ったのは?」


:マジでヒッキーかよ⁉

:ヒッキーくんと呼ぼうか


「我が名は、ゆっぴー・神宮寺。疲れたから、しゃべるのやめる」


:ゆるいキャラなのに、我ですか?


「『我』は……適当に言ってみただけ」


:行動が予測不能すぐる

:これはこれで面白い

:ガチ真面目系アイドルとのギャップに草生える


「♪『ゆっぴー』はね、『ゆっぴー』って言うんだ、ホントはね。はぁ、歌うのもかったるい」


:童謡すら疲れるのか?


 態度自体いつもどおりなのに。


(なんで、ウケてるのよ⁉)


 いつも、あたしは柚に怒ってたけど、それはプロの仕事として通用しないと思っていたから。

 後輩の面倒を見るのが、あたしの仕事。だったら、手を抜けないわけで。

 良くない行動を見逃すのはちがう。そう考えていたのに。


 柚の個性を尊重する方向に切り替えて。

 初配信があって。

 予想以上に順調な出だしだった。


 なんか、あたしの指導が間違っていたような気がしてきた。

 あたしは後輩指導においてもポン。


(意地の悪い、おつぼねさんじゃん!)


 マジで人間と関わるのって難しい。


 あたしの自己肯定感が下がっていくのに反比例して、柚の配信は盛り上がっていく。


「ゆっぴー、歌はダルいから歌わない。ゲームはするよ。疲れるから真剣にはしないけど」


:舐めプ助かる

:視聴者参加型おなしゃす。徹底的にボコっていいかな?


 みんな、柚のゲームの上手さを知らないから言いたい放題。彼女がゲーム配信するのが今から楽しみだ。

 いつのまにか、あたしまで柚の配信を楽しんでいた。


「ところで、ゆっぴー。ぬいぐるみを被ってるでしょ」


 柚が演じるゆっぴー・神宮寺は全身ぬいぐるみキャラだ。いかにも、ゆるそうで、柚のダルさには似合っている。

 このキャラをデザインしたイラストレータママが神すぎる。結城さんの性格を知っているとしか思えないんだもん。


「このままだと素顔もわからん。さすがに、ママに申し訳なくてさ」


 さすがに顔が見えないVTuberはないし。うちのファンになる人たち、二次元のかわいい女の子が好きなわけ。なのに、顔を出さないって、さすがにね。


「だから、みんな見ててね……頭をパカッと取ったよ」


 ゆっぴーの姿が公開された。

 ぬいぐるみの下にある顔は文句なしの美少女だった。二次元だし、当然なんだけど。


「この着ぐるみ。毛布にもなるの。だから、このまま寝れるってわけ。着替えるのもメンドイし、助かる」


 やる気のなさも、とことん突き詰めれば武器になる。

 人生初めての後輩と接して、学びを得た。


「ゆっぴーの特技。サボること」


:学校を上手にサボるってこと?

:サボりは特技じゃねえしw


「そろそろ、マジで話すことなくなってきたんだけどさ。まだ、15分も残ってるし、早すぎると怒られる。怒られるのもダルいし、みんな質問ちょうだい。キララのネタをパクれば、楽できるしさ」


:どこまでもやる気ゼロなんだね


「ゼロ、ゼロ、ゼロ。ゆっぴー、やる気なしの着ぐるみよ」


:パンツの色は?


「パンツ? はいてないよ。だって、面倒くさいじゃん」


(柚、あなた、ホントに女子なの⁉)

 あたし、甘音ちゃんにいつ見られてもいいように、毎日気合いを入れてるのに。


「つか、ゆっぴー着ぐるみだし、パンツなくても問題ない」


:そういう問題かよ?


「むしろ、着ぐるみがパンツまである」


:マスクを顔パンツって呼ぶ人かよ⁉

:着ぐるみは顔パンツw


「じゃ、次の質問」


:好きな女子のタイプは?


「甘やかしてくれる子。ゆっぴーをおんぶしたり、あーんしてくれたり、お風呂に入れてくれたり、トイレで拭いてくれる子」


:もはや介護や!


「介護プレイいいねえ」


 その後もいいかげんな配信が続き。


「ふぅ、ゆっぴーの持ち時間もわずか。もうマネちゃんに怒られないでしょ。配信終わるから、みんな今後とも介護よろ」


 最初から最後まで、柚のペースで配信が終わった。


 事故が起きるどころか、順調そのもの。チャンネル登録者数は既に30万人を超えている。

 コメント欄の反応もよかったし、大成功だ。


 正直、複雑な気分だった。


 不器用なあたしは真剣に配信して、死にたくなるぐらい苦しんで。

 どうにか立ち直って、こうしていられるのに。


 柚は持って生まれた才能と個性で、ウケをとった。

 今日はまだ披露できてないけれど、ゲームの実力も確か。すぐに、周りも実力を認めるだろう。


 なにもかもが、あたしとは真逆だった。


(柚、うらやましすぎ)


 今まで柚に腹が立っていたのは、自分にないものを持っていたからかもしれない。


 そう気づいたとたん、自分の弱さが恥ずかしくなってきた。

 泣きたい。


(ううん、落ち込んでなんていられないよね、先輩なんだし)


 なによりも、あたしには甘音ちゃんがいる。

 彼はあたしを心配して、あたしを見ていてくれる。

 逆に言えば、あたしが落ち込めば、彼に余計な負担をかけてしまう。


 だから、あたしが自立しないと。

 考え方を変えよう。 


 他人は他人、柚は柚。

 自分と真逆な人間がいてもいい。


 そう思わないと、柚みたいな子と関わっていられない。


(あたしもがんばるから)


 ポンだけど、あたしは諦めない。


 手のかかる後輩のメンターになって、大切なことに気づけた。

 1ヶ月前にした自分の決断に、あたしは感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る