第101話 後輩の初配信を終えて
後輩たちの初配信翌日。
「じゃあ、みんな、昨日はお疲れさま!」
僕が口を閉じるや、みんなでコップをぶつけ合う。
僕の家のリビングにて、軽い打ち上げが始まった。
参加者は3期生は詩楽に、舞華さんに、おーぶさん、それから僕。4期生は神崎さんに結城さん、野崎さん、阿久津さん。
つまり、メンターも含めて、4期生の関係者が集まっていた。ただし、運営は除く。
テーブルには料理が並べられていて、香りが食欲を刺激する。
「唐揚げとパエリアはあたしが作った」
詩楽が自信満々に言ったのを皮切りに。
「煮物は拙者でござる」
「鯛はおーぶが釣った。『おめでたい』うえに、今日のラッキーフードだからね」
舞華さんと、おーぶさんも笑顔で答える。ふたりとも後輩のデビューがうれしいらしい。
「僕はサラダと、ハニーマスタードチキングリル、チーズタルト」
「パティシエ甘音ちゃんに惚れ直した」
「うさん、毎日、甘さんに惚れ直してるよね」
「柚、それは言わない約束でしょ」
なんだかんだ言って、詩楽と結城さんの距離が縮まっている。
「なにはともあれ、みんな無事に初配信が終わって、良かったね」
「猪熊さん、せっかくのお言葉ですが、わたしは――」
「神崎さん、ミスはあったけど、持ち直したわけだし、気にしなくていいよ」
「ん。未来の真面目な性格を伝えられて、むしろ好印象かも」
「そ、そうですか……」
僕と詩楽がなぐさめると、神崎さんも少しは顔色が良くなった。
まあ、初配信で数十万人が見ているなか、初体験の意味を勘違いして答えちゃったんだ。打撃を受けるのも無理はない。
(しばらくは、気にかけておかないとな)
幸い、うちには豆腐メンタルなカノジョがいる。今さら後輩のフォローぐらい大丈夫なはず。
「つか、柚たその大活躍を酒の
「柚、あなたは大活躍もしてないし、お酒は禁止だから」
「なぜ、お酒がダメなの?」
「未成年だから。バレたら、ここにいる全員が無期限活動休止の刑に処せられるはず」
「なら、5年後の世界に行って、酒を浴びてやる」
「そのやる気、普段の活動で見せてほしいんだけど」
詩楽と同じことを全員が思っただろう。
楽しい時が流れ、料理も減っていく。
「ところで、4期生は4期生だけで話したいんじゃないの?」
僕が提案すると、神崎さんがハッとしたような顔をする。
「先輩たちにご迷惑をかけてはいられませんし」
「いえっす」
「妾は先輩たちに踏まれたい人生だっタ」
「柚たそが世界の中心。どっちでもいい」
最後のふたりは意味がわからない。
うちのリビングは広い。僕と詩楽で、ソファ前のテーブルに一部の料理を持っていく。
4期生がソファに移動する。
「ふぅ~これで気が楽になった」
詩楽が肩を回す。つられて、サイズ88の凶器が上下左右に揺れた。
「みんな、お疲れさま」
「甘音殿もでござる」
舞華さんが僕のコップにオレンジジュースを注ぐ。
僕は舞華さんに訊ねてみた。
「舞華さん、阿久津さんはどうかな?」
後輩が大笑いで騒いでいる。こっちの声が聞こえないはずだけど、念のため声を抑えた。
「木刀の素振りを教えたら、泣いて喜んだでござる」
武士の先輩と、ドMな後輩。案外、相性が良いのかも。
「ちょっと自信がないタイプだが、つらい修行に耐えられる子でござる。彼女は伸びると拙者は思うておる」
僕も舞華さんの意見に同意だ。
初配信も、最初の数分はたどたどしかった。何度も噛んだり、間が空いたり。
コメント欄でも心配する声が出ていたのだが。
逆境になったとたん――。
『もっと、いじめてほしいでス』と叫んだ。
『妾、ピンチになると覚醒するのでス……もっといじめてください』
大ウケだった。レインボウコネクト初のドMキャラとして、認知されてしまった。
最終的には、危険なラインを超えることもなく、無事に終了する。
「おーぶさんは、野崎さん、どう?」
「あの子、先輩に懐いてくるから、かわいかった」
「うらやましい」
詩楽がしみじみとつぶやく。
「ただ、百合のスイッチが入ると大変だったかな」
普段は余裕があるおーぶさんが苦笑いを浮かべる。
「はにーちゃんと、あかつきちゃんの18禁マンガを描いたの見せられたことがある」
「僕じゃなくて、はにーちゃん?」
「そう。あの子、男子には興味ないみたい」
女子の僕が推しとエッチするマンガ、僕が読みたい。18歳になったら、同人誌即売会に行ってみよう。
野崎さんは一見すると、元気のいい後輩キャラで、天然の陽キャに見える。
が、女の子同士の恋愛が大好きなオタクが本性だ。
両方を打ち出したキャラを初配信でも貫いた。
ただし、18禁に手を出したとは言わないで。
リア充で、オタク文化もわかる人。むしろ、てぇてぇの正統派。
コメント欄やトリッターをチェックしても、そんな印象を示すのに成功していた。
ファンに好意的な印象をもたれ、幸先の良いスタートを切っている。
「甘音殿はどうでござったか?」
「神崎さんは……」
詩楽の顔色をうかがう。僕の視線に気づいた彼女は、目で「気にしない」と言っていた。
「神崎さんはしっかりした子だからね。ちょっと真面目で、ときどき失敗しちゃうけど、そういうところも含めて応援したくなるんだ」
「甘音ちゃんの浮気者」
「ちがうから」
僕は慌てて否定する。
「がんばってるけど、ミスする子っているでしょ?」
すると、舞華さんとおーぶさんが詩楽を見た。
「多くの男って、そういう子を応援したくなるんだ。とくに、女性VTuberを好んで見る層はね」
僕が説明したら。
「あたしもポンが多いじゃん。だから、甘音ちゃんはあたしが好きなの?」
なんとも答えにくい質問だ。
「半分当たりかな」
「半分?」
「たしかに、詩楽が放っておけないのもある。けど、それだけじゃないよ」
「ん?」
「詩楽だから好きになったというか……」
すると、詩楽が笑いを噛み殺す。照れるカノジョがかわいすぎる。
「占い師のおーぶが断言する。恋は理屈じゃない」
「拙者は剣に恋する身ゆえ、男女のことは難しいでござる」
おーぶさん舞華さんの反応に僕まで恥ずかしくなってきた。
「ねえ、おふたりさん、イチャつかないでくれる?」
離れた場所にいる結城さんからも指摘される始末だった。
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