第75話 宴の後に
天岩戸作戦3日目。
例によって、美咲さんの家のリビングで配信をした。
今日はプリムラ先輩、舞華さんと大騒ぎして、少し前に配信が終わったところである。
ふたりは既に帰り、僕だけが後片付けをしていた。
3日間、部屋に侵入し、勝手に盛り上がっていたわけで。
普通に迷惑行為だった。
反応はなかったけれど、怒られなかっただけマシかもしれない。
(結局、神話どおりにはならなかったな)
神話は神話。原始的な物語としては面白く、尊重はする。
けれど、現実は現実。真似ても効果が出るとはかぎらない。
(験担ぎ《げんかつ》には良かったんだけどなぁ)
さすがに、これ以上、続けるのは難しい。
迷惑行為なのはもちろん、先輩たちも僕も仕事がある。
大事な仲間のためとはいえ、自分の仕事を犠牲にしたら、プロ失格だ。
かといって、美咲さんを放置するつもりはない。
別の手段を考えるつもりだ。
迷惑をかけた負い目もあるし、掃除ぐらいはして帰ろう。
(どこから掃除しようか?)
変なところは手を出せない。
たとえば、浴室に行って下着を見てしまったら、大惨事になる。
リビングを片づけようと思って、うろうろしていたら。
「お兄ちゃん、ひとり?」
後ろから話しかけられた。
終わってから、顔を出すとは……?
「すいませんでした、うるさくして」
「……ううん、あの程度たいしたことないにゃ」
元気な人は他人が騒いでいても気にならないのかな?
そんなことを気にしている場合じゃなかった。
「僕も一緒に悩みたいんです」
本音をストレートにぶつけた。
「ふふふ」
美咲さんは笑う。いつもの無邪気さは鳴りをひそめ、不気味だった。
「お兄ちゃん、変わってるにゃ」
「自覚はあります……詩楽の彼氏だし」
「ユメパイセンも面倒くさい人だしね。らぶちゃんがマネしてるときも、ダイオウグソクムシ未満とか言い出して、ガチで困ったにゃ」
「あっ……察し」
わかる。わかりすぎる。
「ネガティブになられると、慰めるのに苦労するんですよ。でも――」
「でも?」
「詩楽で耐性はできましたよ。今の僕は、どんな話でも受け止める自信はあります」
目の前で飛び込もうとされたり、
詩楽のおかげで鍛えられた。
誤解されないように注意を払って、美咲さんを見つめる。
しばし目と目で語り合った後。
「なら、お兄ちゃんを信じてみる」
美咲さんは真剣な顔でうなずいた。
ようやく、本心を見せてくれた。
これで、先に進める。
「……あたしもいいかな?」
声がした方を向くと、リビングの入り口に詩楽が立っていた。
「あたし、マジでウイルス並みにメンタルをこじらせてるのね」
「ウイルス?」
「だって、甘音ちゃんはあたしに発症して、抗体を身に着けたんだから」
(聞かれてたのか⁉)
あとでフォローしないと。一晩中イチャつかないとダメかもしれない。
「そ、その……すいません」
言い訳してもしょうがないので、素直に謝った。
「いいよ。ユメパイセンにも迷惑をかけたし」
美咲さんは詩楽の顔をジロジロ見て言う。詩楽の顔色が悪いことに気づいたようだ。
「あたし、シュークリームを買ってきた。食べながら、話せばいい」
「僕、コーヒーでも淹れますね」
コーヒーを飲みながら、美咲さんの話を聞いた。
両親のW不倫を目撃したこと、中学時代のいじめの話、最近の出来事。
想像以上に深刻な話で、さすがに驚いた。
脳天気に見える人の裏を知って、頭の整理に時間がかかる。
(どうすればいいんだよ?)
当面の問題は進路のことなんだろうけれど。
根っこは深い気がする。
「お父さんとの関係なんですかね?」
「半分はそうにゃ」
「半分?」
「うん。今のらぶちゃんは自信がないにゃ」
自信満々に自信がないと言う美咲さん。どこかで見たことがある。
「なんか、真似された気がする」
犯人は詩楽さんだった。
「父だけが問題だったら、極論、父を殺せばいいにゃ」
「それは極論すぎ」
冗談でも言っていいことじゃない。
「ガチで言うわ。どうしてもダメだと思ったら、親と縁を切るのもありよ」
詩楽がしみじみとつぶやく。
詩楽自身が親との関係で苦しんでいる分、納得はできるが。
「……美咲さんは縁を切ることについて、どう思ってますか?」
「うーん、嫌いだけどいちおうは親だし、縁を切っても解決しないにゃ」
父親との問題は半分という発言からも察せられた。
「らぶちゃん、面白いものを目指して、毎日を楽しく生きようと思ってたにゃ。VTuberをやってるのも面白い自分になるため。自分も楽しく、みんなも楽しく。それが、らぶちゃんのモットーにゃ」
「「……」」
「なのに、進路や親のことぐらいで、ウジウジしちゃって」
美咲さんの声が震えていた。泣くのをこらえている。
「鬱な自分なんて、自分じゃない」
激しい自己否定だった。
「……わかりみが深い」
詩楽がうんうんうなずいていた。
美咲さんの悩みについて、考える。
親や進路はきっかけにすぎなかったんだ。
理想とする面白いキャラを演じる自分と、現実の悩む自分。
あるべき姿と、現状の姿の不一致。
悩みの根幹にあるのは、自分を認めていないことだろう。
話を聞いて、僕なりに分析はしてみたけれど。
(どうやって元気になってもらおうか?)
クリスマス。詩楽が落ち込んだとき、詩楽のすべてを愛して、キスをした。
結果、詩楽は立ち直っている。
当然、恋人のいる僕が美咲さんにキスはできない。
頭をひねっていたら。
「美咲、あなたの気持ち、ある程度はわかる」
「ユメパイセン?」
「あたしもクソ雑魚メンタルだし、自己否定はお手のもの」
詩楽は堂々と胸を張る。
「けれど、あたしは美咲じゃない。美咲の気持ちを想像はできても、完璧にわかるなんてありえない」
「……そうだよね」
「それでも、あたしは美咲のこと知りたいし、応援はする」
「僕もです。できることはしますから。それこそ、マネージャでもなんでも」
「ふたりとも、ありがとにゃ」
美咲さんの顔が明るくなる。
「でも、そのうえで言わせて」
詩楽が言う。琥珀色の瞳が濡れる。
「今の美咲、つまらない」
「えっ?」
予想外の発言に絶句してしまう。
「美咲、あたしのマネちゃんになったとき、つまらなそうって言ったよね。今の美咲に、そのまんま返す」
意図がわからない。
言葉尻だけ聞くと攻撃的な発言なのに、詩楽は悲しそうに泣いている。
「やっぱ、らぶちゃん。つまらないよね」
「ん。語尾の『にゃ』もアニメのパクリだし。名前呼びも、甘音ちゃんに『お兄ちゃん』と言って抱きつくのも、狙ったような小悪魔」
「う、詩楽さん?」
「美咲。作ったようなキャラで……ウソっぽいの」
「さすがに、言いすぎだよ」
人格否定と受け取られかねない。僕は詩楽を注意した。
「お兄ちゃん、いいの………………当たってるから」
「やればできるじゃん」
詩楽がニッコリとする。
「美咲は現実を受け入れた。だから、大丈夫」
詩楽は美咲さんの肩を抱き寄せる。
その瞬間、僕も安堵した。
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