第76話 なんでVTuberはやべぇ奴なのか?

「ユメパイセン、話聞いてた?」


 美咲さんが仏頂面で言う。


「らぶちゃんはねえ、ガチでつまんないの」

「どこがつまんないのか言って」


 詩楽が反論する。

 僕は詩楽を信頼して任せることにした。


「だって、人気VTuberとかイキってたのに、自分の進路すら自分で選べないんだから」

「VTuberを舐めないで」

「どゆこと?」

「つまらない人間がチャンネル登録者数100万人を超えられるほど、甘い世界じゃない」

「でも、運営やみんなの力があるし」

「かもしれないわね」


 詩楽はうなずきながらも。


「そうは言っても、リスナーさんはバカじゃない。配信を見てつまらなかったら、いずれは切られる。たとえ、箱推しの人でもね。残酷な世界なんだから」

「僕も詩楽に同意です」


 美咲さんを説得するには、複数の人の意見を聞かせるのが大事だと思っていて。

 そのための作戦もあった。


「聞いてください」


 僕はスマホを取り出して、テーブルの上に置く。


 スマホは再生する。

 レインボウコネクト所属VTuberの声を。


『アモーレちゃん、1期生が受験の間、虹を支えてくれて、ありがとね』

『アモーレ。今はゆっくり休んで、元気になったら、また遊ぼ』


 1期生の先輩たちも協力してくれて。


『おい、アモーレ。オレ、おまえがいなかったら、誰と下ネタ話せばいいんだよ?』

『アモーレちゃんが元気になるまで、寝ないようにがんばる』


 同期の2期生も。


『アモーレ先輩。拙者、恋愛は苦手ですが、男女の道も武士道に通じるものがあるかもしれません。恋愛の師匠になってくださらぬか?』

『アモーレ先輩。おーぶの占いによれば、先輩はここで終わる人じゃないです』


 僕と同級生の3期生も。


 それぞれの人が自分なりに美咲さんを応援していた。

 みんなの優しさに心が温かくなる。


(ほんとに、虹の人って良い人だなぁ)


 上っ面だけ見たらセクハラとか侍とか強烈な人はいる。

 けれど、みんな仲間思いで、良い意味で家庭的だ。


 てぇてぇが限界突破した声を聞いて、美咲さんは目をこすっていた。


「で、でも、らぶちゃんは……つまらない小悪魔なんだよ」


 どこまでも意地っ張りな人だ。

 詩楽もだけど、面倒な人ばかり。


「今の美咲って、少し前の自分みたい」


 詩楽も僕と同じことを考えていた?


「あたしも落ち込んで、自分を責めて。甘音ちゃんに優しくされても、なかなか受け入れられなかった」


 しみじみと語る詩楽の姿は、数ヶ月前とは別人のよう。


「でも、面倒くさいカノジョに甘音ちゃんはどこまでも付き合ってくれた」

「詩楽?」

「だから、あたしは立ち直れた。3Dライブにも間に合った」

「けどさぁ、それって彼氏の愛の力じゃん。お兄ちゃん、らぶちゃんを愛してくれるの? キスしてくれるの?」


 やはり、突っ込まれた。


「そうね。甘音ちゃんの愛しか勝たんし、絶対に譲れないわ」


 詩楽はのろけたかと思うと。


「愛は恋人だけのものじゃない!」


 珍しく大声を出した。配信外では初めて聞いたかも。


「あたしは仲間として美咲が好き。みんなもそう。甘音ちゃんも同じ」

「そうだね」


 僕は美咲さんの目を見て言う。


「小悪魔的な態度には振り回されるし、胸を押し当てられて困ってます。僕に恋愛感情ないのわかってるので、詩楽には怒られませんけど、たまに機嫌が悪くなって大変なんです」


 正直に不満を述べた後。


「そうは言っても、僕は美咲さんが好きです」


 本当の思いを告げる。


「……お兄ちゃん、いいの?」

「もちろん、恋愛的な意味でなく、仲間としての好きです。ラブではなく、てぇてぇです」

「てぇてぇ……ね」


 美咲さんがしみじみとつぶやく。何かを考えているらしく、目をつぶった。

 僕が何も言わないのを見るや、詩楽が口を開く。


「あたし、彼氏の愛だけじゃなく、てぇてぇにも救われたの」


 僕のカノジョに後光が射していた。


「マネージャの美咲、奏、佐藤先生。先輩たち、同期の仲間。みんながあたしを心配して、助けてくれた。だから、3Dライブも成功したし、アニメの主題歌の話ももらえたの」


 詩楽は胸に手を添えて、感情を発露させる。


「初詣のとき、あたし祈ったの。『去年はみんなに助けられたから、今度はあたしがみんなの役に立つ番になりたい』って」


 たしかに、詩楽は恩送りをしたいと語っていた。


 恩送りとは、誰かに受けた恩をその人に返すのではなく、別の人に返すこと。

 たとえるなら、先輩にランチを奢ってもらったなら、同じ先輩に返すのではなく後輩に奢るみたいな。


「あたし、自分が親のことで苦しんだり、活動のことで悩んだり。かなりメンタルが雑魚。でも――」


 詩楽はにこやかな笑みを浮かべて。


「その分、人の気持ちにも敏感みたい。大切な人が苦しんでるのを放っておけないの」

「ユメパイセン?」

「だから、あたしに美咲の力にならせて」


 詩楽は美咲さんの手を握る。


「美咲のためじゃなく、あたしのワガママだから」


 あくまでも、詩楽自身がしたいからというスタンスだ。美咲さんが申し出を受けやすくなるように配慮したのだろう。


 自分が苦しんで。

 立ち直って。

 他人に受けた恩を感じて。

 人の力になりたい。


 詩楽の純真な思いと、成長に泣きたくなった。


 だがしかし、感動している場合ではない。

 あとで、たっぷり愛するとして。


「僕からも言わせてください」

「お兄ちゃん、なにかな?」

「美咲さん、僕たちの部屋に勝手に入ってましたよね?」

「だって、合鍵を預かってたし」

「だから、僕もお返ししますよ」

「ここ数日みたいに、みんなで騒ぐの?」

「……あんな迷惑行為はもうしません」


 美咲さんは首をひねる。


「どういうこと?」

「美咲さんが諦めるまで、僕は押しかけて、手伝いますから。雑用でもなんでもします」

「ストーカーにゃ」

「それがどうしたってんです」


 開き直ってみた。


「僕は自分が面白いと思うから、美咲さんの力になる。それだけです。それで、ストーカーになるってんでしたら、ストーカーになっても構いませんよ」

「はあ~お兄ちゃん、強引にゃ」


 美咲さんは肩をすくめると。


「ふたりとも……らぶちゃんのこと好きすぎ」


 ぷっと笑う。


「負けた」

「「えっ?」」

「ふたりともやっぱVTuberにゃ。バカ親父以上にやべぇ奴かも」


 想定外のことを言われてしまった。


「吹っ切れたにゃ」

「「……」」

「つまんないとか、バカ親父がむかつくとか、W不倫とか。くだらねぇことで、ウジウジしたくねえっての」


 美咲さんは右手で僕の手を、左手で詩楽の手を掴むと。


「てぇてぇなんでしょ?」


 僕と詩楽がきょとんとしていたら。


「なら、さっそ3人でエッチしとく?」

「エッチは、てぇてぇじゃないですから!」

「美咲、調子に乗らないで」


 3人の笑い声がリビングに響いた。 

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