第2話 彼女泊めます

「そろそろ、風呂も沸くから」


 流れで、自殺志願者の少女を家につれてきたのはいいけれど。

 母と二人暮らしの家で、母は仕事で朝まで帰ってこない。


(これ、マズいよね⁉)


 かといって、夜も10時をすぎている。

 彼女がしたことを考えても、ひとりで帰すわけにはいかない。


(マジで困ったんですけど)


 もちろん、犯罪行為をするつもりはありませんが、不登校の童貞には刺激が強すぎるのです。


「あたしみたいなけがれた人間に、お湯まで恵んでいただいて、もったいないです」


 少女が卑屈すぎる卑屈な言葉を吐く。

 つい、顔を見てしまった。


(明るい場所だと、美少女っぷりが際立つな)


 人形のように整った顔立ち。小顔で、瞳は琥珀色。

 白銀の髪は横を肩まで垂らし、後ろを軽めのロングにしている。


 身長が低いわりに、体の凹凸ははっきりしていた。

 橋で抱きつかれたときも思ったけど、お椀型に膨らんだ胸は大きい。


 眺めるだけで気恥ずかしくなるのが、童貞のさが

 話題を変えよう。


「悪いけど、着替えは僕のでいいかな?」


 僕は自分の服を彼女に差し出した。

 まずは入浴で疲れを取ってもらって、その間に対策を考えよう。


「……あ、あたしみたいなフナムシ級雑魚に着替えまで用意いただいて、ありがとうございます」

「う、うん?」

「あっ、あたし間違ってましたね」


 猛烈な自虐に僕が戸惑っているのに、気づいてくれた?


「フナムシさん、海のGと言われてるけど、あたしなんかと比べられたら、迷惑でしたね?」

「……」

「というわけで、逝ってきます」

「ふぇっ⁉」


 つい叫んでしまった。

 橋から飛び降りようとした子である。マジでシャレにならない。


 慌てて、止めようと思ったら。


「『ふぇっ⁉』いただきましたぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 彼女は拳を天井に突き上げて、ガッツポーズをする。


「アニメ声が最高すぐる」

「……」

「あなた、女装してアニメのオーディションを受ければ、絶対に主役になれる。あたし的には、甲高い声を活かした貧乳ツンデレを演じてほしいかな。あなたなら、貧乳ツンデレで一時代を築ける。ツンデレブームから10数年。主人公への過度な暴力をなくせば、再ブームのチャンスはある、ある!」


 早口で語り出すオタクのよう。

 タメ口になっている。僕も敬語は困るし、助かった。


「あっ、猪熊いのくま甘音あまねだから」


 あなたと連呼され、名乗ってなかったと気づいた。


「……あ、あたしは夢乃ゆめの詩楽うた

「ゆめのうた……さん?」

「夢がありそうな名前だと思ったよね?」

「えっ、まあ。きれいな響きだなって」

「ごめんなさい。夢がある名前なのに、中身が陰キャすぎて」


 どうやら、名前は地雷だったらしい。難しい子だ。


(途中で、交番に寄ればよかったな)


 冷静に考えると、僕が自殺志願者を保護していいのか微妙かもしれない。

 いや、今からでも遅くないか。彼女が入浴中に相談窓口を調べて、指示を仰ごう。


「すいません。泊めていただくのに、名前すら名乗らず」


 うちに泊まる気らしい。

 このタイミングで警察に行くの勧めたら、彼女はどう思うだろうか?

 僕の方から断って、傷つけたくない。


「僕の家でいいの? 朝までふたりきりなんだよ?」


 言外に危険を匂わせて、彼女に考え直してもらおうとしたのだが。


「大丈夫。甘音さんは優しい人ってわかるから」

「……初対面だよね?」

「それがどうしたの?」


 彼女はあっけらかんとしていた。


「僕、格闘技系の体格じゃん。普通に怖くないの?」

「ううん、あたしにはわかるの」

「……」

「甘音ちゃん、悪いことしない。むしろ、あたしを救ってくれる」


 琥珀色の瞳をキラキラさせて、夢乃さんは断言する。


 出会って、1時間も経っていないのに、僕への信頼感がハンパない。

 これで断るなんて、僕にはムリ。

 今晩だけでも泊めよう。


「じゃあ、お風呂に案内するね。落ち着くだろうから」

「……甘音ちゃんの声、お風呂以上に癒やされる」


 夢乃さんはつぶやく。


(僕、自分のアニメ声、大嫌いなんだけどな)


 信じられないことに、夢乃さんは癒やされているわけで。

 喜んでいいやら、悲しいやら。


 夢乃さんを浴室に連れていったあと、僕は自室に戻る。

 すかさず動画サイトのワイチューブをチェックする。


「あかつきちゃんがゲリラしてないかな?」


 なりゆきで自殺志願者を保護してしまい、メンタルがかなりしんどい。

 推しのVTuberを見て、癒やされたかった。


 萌黄あかつきちゃんのチェンネルを開く。

 残念ながら、今日も更新はない。


 前回の配信が10日前。毎日4時間ペースで配信している子が、連絡もなしに続けて休んでいる。


 前回の配信がハードだったから、心配だ。なんせ、土日続けてゲームを16時間も配信したという。しかも、FPSである。


 もともと、あかつきちゃんはFPSが得意な子。

 とくに、Opax-Legendaryとか神すぎる。相当やりこんでいて、反射速度は他プレイヤーを圧倒している。


 などと思い出していたら、ゲーム配信のアーカイブを見たくなった。

 1ヵ月ほど前のOpax-Legendaryのアーカイブを再生する。


 磨き抜かれたテクニックで、瞬く間に敵を倒していく。


『やったぜぇぇえぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 大絶叫。

 やっぱ、夢乃さんに声が似てる。

 もしかして……。


(いやいや、ないない)


 夢乃さんが萌黄あかつきだなんて、さすがに考えすぎ。

 最愛の推しとリアルで出会う確率なんて、相当低いはず。


 駅ですれ違うとかはともかく、普通に会話するとかありえない。


 そもそも、地声で配信していたら、身バレリスクもある。話し方を変えるか、ボイスチェンジャーを使うか、工夫はするはず。


 あかつきちゃんと夢乃さんは声が似ているだけで、赤の他人だ。

 そう結論づける。


 しばらくして、ドアを開け閉めする音がした。

 僕はワイチューブを閉じると、リビングに行く。


 銀髪美少女の髪は濡れそぼっていて、頬もほんのりと染まっている。

 甘酸っぱい香りにもドキドキさせられた。


 思わず見とれかけたのだけれど。

 夢乃さんが長袖Tシャツの袖をクンカクンカしていたので、どうにか理性を保てた。


「夢乃さん、なにをしてるのかな?」

「ひゃうぅっ」


 彼女が飛び上がった。胸が上下に揺れる。サイズもぶかぶかなので、今にも見えそう。


 僕は慌てて目をそらす。


「じゃあ、僕も入浴するから、適当にくつろいでいいよ」


 いろんな意味で気まずくて、彼女がなにをしているか聞けなかった。


 風呂から出ると、夢乃さんはソファでうとうとしていた。


 さて、夢乃さんにどこで寝てもらおうか。

 2LDKに母とふたりぐらしなので、部屋は余っていない。


 不登校で、親不孝中の僕が、親の許可もなく女子を家に泊めるわけで。


(母にバレたくないな)


 なら、答えは一択。


「あのさ。僕の部屋で寝ていいから」

「……いいの?」

「うん、僕はリビングで寝る」

「で、でも、さすがに悪いし」

「大丈夫。僕、学校に行ってないから」

「……そうなんだ」


 空気が気まずくなると思いきや。


「あたしも。中学はほとんど休んでたの」


 夢乃さんは微笑んだ。


「だから、あたしと一緒に寝て」

「ふぇっ⁉」


 僕の困惑も気にせず、夢乃さん、僕のパジャマの袖を掴む。仕草が小動物っぽい。


「♪甘音ちゃんと添い寝~やりらふぃ」


(添い寝って、マジ⁉)


 どうせ学校は休むけど、僕のメンタルが朝まで持つかどうか。


「ホントに僕と添い寝していいの?」

「うんうん。あたし、甘音ちゃんがいいの」


 上目遣いでねだられる。


(かわいすぎなんですけど⁉)


 ここで拒否したら、夢乃さんを傷つける。

 覚悟を決めるしかない。


「今晩だけだからね」


 というわけで、初対面の美少女と同じベッドで寝ることに。

 彼女はベッドに入ると、すぐに寝息を立ててしまった。


 一方、僕は眠れる気がしない

 別に、変な妄想をしているわけではない。


 夢乃さんのことで、いろいろ考えてしまうのだ。


 ひとつは彼女を放っておけなかった理由。

 僕も将来に希望がないダメ人間。

 一歩間違えれば、僕が川に飛び込んでいた可能性もある。

 だから、家にまで連れてきたのだろう。

 

 他にも、いくつか。


 たとえば。

 夢乃さん、家の人が心配してないのかな?

 いや、家庭の事情が原因かも?

 明日、相談窓口を探すにしても、どうすればいい?

 母にはどう説明しようか?


 考えれば、考えるほど、深みにはまっていく。

 悶々としているうちに、体が重くなって、意識を手放していた。


 翌朝。小鳥の鳴き声で目を覚ます。

 僕は極上の抱き枕に頭を埋めていた。

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