飛び降りようとしていたのは推しのVTuberで、アニメ声の僕もVTuberになりました。
白銀アクア
第1部
第1章 推し事が運命を変えた
第1話 満月の夜、飛び降り美少女と出会う
コンビニ帰り、僕は橋の上を歩いていた。
推しのVTuber
(やりらふぃ~)
中秋の名月もキレイだし。
「へっ?」
月を見ようと顔を動かしたのだが――。
変なものがあった気がする。
おそるおそる、顔を戻す。
「マジ……?」
満月と電灯が照らし出している。
人が欄干をまたごうとする姿を。
(川に飛び込むの⁉)
ウソでしょ?
ウソだよな。
ウソって言ってよ。
何度も目をこする。
残念ながら、見間違いじゃなかったらしい。
暗くても、人がいることはわかる。
(人だとしても、飛び込みは勘弁してくれよ?)
震える足を叩くと、僕はゆっくりと近づいていく。
徐々に人の姿がはっきりしていった。
長い髪が風に揺られている。
ほっそりした輪郭からも、女性と思われる。
彼女(?)は足を欄干に乗せたところで、止まっていた。首の角度的に、橋の下を覗き込んでいるようだ。
(飛び込もうか迷ってる?)
大変な場面に居合わせてしまった。
9月だし水温は問題ない。
しかし、自らの意思で、命を絶つ決意だったのなら――。
結末を想像して背筋が凍えそうになる。
正直に言うと、逃げたい。
僕が人の生死に関係するなんて、怖ろしくてたまらない。
足もすくんで、体が自由に動かない。
(僕なんかが他人様を助けられるのか?)
僕は価値がない人間だ。
高校に入学したものの、学校は休みがち。2学期になって3週間が経つが、1日も行っていない。最低の親不孝者である。
そもそも、僕は名前自体がアンバランスだし。
なんせ、
(まあ、おかしいのは名前だけじゃないんだけどね)
体格は格闘技系。
なのに、高1になっても、声変わりせずに、甘ったるいアニメ声で話すわけで。
僕という存在そのものが、解釈不一致を起こしている。
(僕も飛び込んだら、楽になるのかな……?)
やばい、やばい。
自分もつられて、鬱な気分になってしまった。
最悪の展開になったら、僕は一生ダメなままな気がする。
(放ってはおけないな)
僕自身が動けないなら、誰かに助けを求めればいい。
辺りを見る。
午後10時近い。駅からも離れた橋の上に、人の気配はなかった。
(どうする?)
僕が迷っている間にも、女性は欄干を昇り始めていた。
(とにかく、第一発見者の僕が救助しないと。)
体がダメでも手はある。
声をかければいい。
が、突然呼びかけたら驚かせてしまう。勢いで転落してしまったら、本末転倒だ。
だからといって、なにもしない選択肢はない。
なにかしら、声で解決しないといけなくて。
極限状態の僕は、とっさに、
「魔法少女萌黄あかつき。いざ参上!」
推しの真似をしてしまった。
人気VTuber萌黄あかつきは、魔法少女という設定だけど……。
(なぜ、このタイミングで、推しの決めゼリフを言ったし⁉)
羞恥心に悶えそうになるが、いまは一刻を争う。
どうにかしなければと焦りだしていたら――。
女性が振り返った。
彼女の後ろから月光が射す。
満月と照明が、彼女の姿を映し出した。
銀色の髪が風になびく少女。
年は僕と同じぐらいだろうか。
はかなげな雰囲気が全身から漂う彼女は、絶世の美少女だった。
「ホンモノよりも……」
彼女はなにかを言っていたが、後半は聞こえなかった。
「えっ?」
「ううん。あたし、死のうとしてたけど」
やはり、自殺志願者だったか。
どう説得する?
足りない頭を振り絞って、考えようとするが。
自殺志願者の少女は、ニヤリと微笑むと。
「死んでる暇なんかない」
「へっ?」
僕が戸惑うなか。
欄干のてっぺんを蹴り上げ。
宙を舞う。
パサリとスカートが風に煽られ。
なだらかな太ももがちらつく。
(なっ⁉)
見てはいけないと思って、視線をそらす。
次の瞬間。
――ふにゅ、ふにゅ。
極上のクッションが胸に当たっていた。
「あなた、あたしの理想のヒロインかも」
僕の耳元でささやかれた。
(マジで⁉)
同世代の美少女が陰キャ童貞の僕に抱きついてきたのも、非現実的ではあるが。
彼女の声が声である。
(あかつきちゃんに似てない⁉)
学校を休んでVTuberの動画ばかり見ている僕である。
ガチ恋している、推しの声を忘れるはずはない。
これは夢だ。
絶対に夢である。
「あなたの声に、あたしは
うん、間違いなく夢である。
だって。
大嫌いな僕のアニメ声が。
誰かを救うなんて、ありえない。
しかも、萌黄あかつきちゃんに声がそっくりな子なんだ。
さすがに、本人ではないだろうが、どうしても動揺してしまう。
(困ったな)
死ぬのはやめたようではあるけれど、不安定な精神状態だと思われる。
下手な受け答えをして、彼女を刺激したくない。
そこで。
「ありがとう。僕の声を気に入ってくれて」
素直に気持ちを受けることにした。
「もう安心していいのかな?」
「う、うん。あなたに出会えたから、自殺はやめる」
(迷いもなく言い切ったら、僕、本気にするかもよ?)
こういうとき、なにを話したらいいんだろう。
童貞には難易度が高すぎる。
とりあえず、話題を変えるか。
「こんなところで話すのもなんだし、どこか行かない?」
勢いで誘ってしまったし。
(僕、大それたことしてるな)
この時間なら、ファーストフードは開いている。
ファーストフードなら無難かも。
と思ったのだが。
「なら、あなたの家に行きたい」
突拍子もない言葉が飛び出したので。
「ふぇっ?」
つい、間の抜けた声が漏れてしまった。
すると。
「マジでかわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
少女は大絶叫して、ぴょんぴょん跳びはねた。
暗くてもわかる。上下に弾む胸は、相当大きいだろう、と。
「やっぱ、死ななくて良かったわぁ」
「そ、そう」
「今の『ふぇっ』で、150年は生きられる」
「150年⁉」
驚いたフリをしながら、内心では困っていた。
「でも、こんな時間に初対面の男の家に行くのは……」
さすがに、ありえない。
断ろうとすると、彼女は欄干に手を置き、川の下を覗き込んだ。
「は、早まらないで!」
慌てて、彼女の肩を押さえる。
「うふっ、あたし、また惚れ直したし」
少女は振り返ると、僕の腕に体を絡めてきた。
ぷにっとした弾力は童貞殺しだ。
「もう、逃さないから」
僕は観念するのだった。
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