第3章 #VTuber準備中

第12話 課題

 金曜日の放課後。

 僕はリビングでコーヒーを飲みながら、考え込んでいた。


甘音あまねちゃん、お疲れなの?」


 詩楽うたはノーパソから目を離すと、小首をかしげる。


「じゃあ、らぶちゃんが気持ちよくしちゃうぞぉ❤」


 一方、美咲みさきさんは僕の背後に回り込み。


「ぶはっ!」


 思わず噴いた。

 というのも、美咲さんが僕の肩に胸を乗せていたから。


「あらあら、お顔が汚れちゃいまちたね。らぶちゃんがキレイキレイしまちゅよ」


 小学生にしか見えない童顔の先輩が、僕を赤ちゃん扱いする。背徳感がハンパない。


「美咲、そんなにキレイキレイしたいなら、あたしにすればいいじゃない」

「もう、ユメパイセンは甘えん坊なんだからぁ」

「ユメパイセンって……あたし、美咲の後輩なんだよ」


 詩楽さん、先輩に『パイセン』呼びを突っ込むのはいいけど、なぜタメ口なのかな?


「だってぇ、らぶちゃんがユメパイセンの担当マネージャになったのは、夏休みからじゃん。夢乃ゆめの詩楽うたちゃんは先輩なの。だから、『ユメパイセン』。らぶちゃん的にもポイント高くて、エモいんだもん」


 冷静に聞けば、美咲さんの勝手な理屈である。


「ん。よくわからないけど、わかった」


 まんまと詩楽が乗せられたと思いきや。


「でも、甘音ちゃんをお兄ちゃんと呼ぶのは変」


 僕の話になったらムキになる。


「お兄ちゃんはお兄ちゃん。らぶちゃんとお兄ちゃんは1000年の愛で結ばれた、特別な関係なの」

「いろいろあるけど、美咲には感謝している」

「おぉ、らぶちゃんもユメパイセン、だいだいだいちゅきだよぉぉぉぉっ」


 熱烈な告白にもかかわらず、詩楽は澄ました顔で。


「でも、あたしは甘音ちゃんが好き」


 僕への気持ちをストレートに吐き出す。

 恥ずかしいけど、うれしい。


「だから、こうする」


 なんと、詩楽も僕の肩に突撃してきた。

 右は金髪少女、左は銀髪少女。両肩に巨乳が乗った。


(ごくり……)


 圧倒的な重さと、心地よさを体感する。


「お兄ちゃんの肩って、男らしくて頼りがいがあるにゃ」

「ん。はげしく同意。あたしはFカップの重力から解放された、ニュウタイプ」

「ユメパイセンほどじゃないけど、Dカップも1キロ弱はあるんだから」

「ん。美咲のDカップ、実に柔らかい。Dカップだけど」


 ふたりは仲がいいのか、悪いのか。


「……そろそろ気分転換もできたし、僕は作業に戻らないと」


 このままではダメになりそう。

(おっぱい、人をダメにするな)


「らぶちゃんの愛の力があればぁ、良い案も出てくるよ」

「美咲の言うとおり。ノーパソの前でうなっていても、アイデアは浮かばない」

「あっ、はい」


 マネージャと先輩の言う通りかもしれない。

 いま、僕が悩んでいるのは、先日の打ち合わせで出された宿題である。

 今日中にも片づけたいのだが、打ち合わせ後の2日間で進捗はゼロだった。


「じゃあ、らぶちゃんが整理を手伝うにゃ」

「お願いします」

「お兄ちゃんは元俳優志望で演技力はある。独特の甘い声も強み。なら、演技と声を最大限に活かしたキャラで売っていく。そういう方向性になったのにゃ」


 そこまでは運営内でも合意が取れていて、問題はない。


「具体的なキャラの肉付けも僕がやるんですよねぇ……」


 たとえば、名前、年齢、身長、プロフィール、趣味などキャラの属性である。


「運営さんで決めないのが意外でした」

「ん。あたしのときも、奏に言われたの」


 詩楽は咳払いすると。


『ご本人でキャラを作った方が納得感もありますし、仕事が楽しくなると思いますの。それに、会社の意向を押しつけても、リスナーさんに伝わってしまいますし。もちろん、すべての要望に応えられるとは限りませんが、最大限の配慮はしますわ』


 西園寺理事長の話し方を真似た。


 先輩たちとキャラが大きく被っているとか、公序良俗に反しているとかなければ、僕の意見を通すと言われている。


「責任が重くて、胃が痛いです」

「お兄ちゃん、考えすぎにゃ。イラストはプロに発注するにゃ。しかも、うちの会社は有名な人に頼むにゃ。なんとかなる、なる」

「そうは言っても、イラストレーターさんへ早く発注しないといけないんですよね。2Dモデルの制作もありますし。僕次第でスケジュールに影響が出てしまいます」


 つい数日前まで不登校で社会と接点のなかった僕が、企業やクリエイターさんに迷惑をかけるかもしれないわけだ。考えるだけで怖ろしい。


「ふたりには協力してもらっているのに、すいません」


 僕がため息を吐くと。


「あたしが甘音ちゃんを勧誘したの。だから、地獄の底までついていく」


 詩楽の気持ちはありがたい。重いけど。


「お兄ちゃんには同期もいないから、その分、らぶちゃんたちが助けないとね❤」

「甘音ちゃん、追い詰められてるかも」

「うんうん、らぶちゃんのおっぱいでも回復しないって、重症なのにゃ」


 回復はしている。良い案が浮かばないだけで。


「豆腐メンタルのあたしが断言する。気分転換が必要。でも、下手に遊ぶと罪悪感で死にたくなるし」


 詩楽は僕の頭を撫でながら、さらりと怖いことを言う。

 一部分は異なるけれど、僕の気持ちに近い。


「なら、今日のあたしの配信を見学してみる? なにかヒントになるかも」

「……気が散るんじゃないの?」

「むしろ、あたしのメンタル的には、甘音ちゃんが隣にいてほしい。というか、配信中、あたしの手を握ってくれない?」

「……ユメパイセン。今日はOpaxじゃなかったにゃ?」

「あっ、さすがに手を繋いで、FPSは厳しいわね。リスナーさんにも、対戦相手にも失礼だし」


 配信のことになると、詩楽は自分に厳しくなる。


「でも、同じ部屋に甘音ちゃんがいるだけで空気が浄化されるの。ワクワクがクライマックスで、配信のストレスもちょろいわね」

「普通に見学するだけなら、らぶちゃんは賛成するにゃ」

「マネージャの許可も出たし、決まりね」

「推しの配信を見学できて、胸がドキドキしてる」


 僕と詩楽がはしゃぐなか、美咲さんはため息を吐く。


「……はあぁ、残念だなあ。らぶちゃん、夕方から用があるにゃ」


 美咲さんは僕や詩楽と同じ階に住んでいる。

 僕たちの階には、レインボウコネクトのVTuberが何人かいる話だったけど、マネージャまでいるとは。


 美咲さんも高校生だし、仕事と学業の両立を考えたのかな?

 効率のためにタワマンを借りられる、VTuberマネーもすさまじい。


「じゃあ、お兄ちゃん、また、明日ね❣」


 美咲さんは自分の家に帰っていった。


「じゃあ、甘音ちゃん。あたしの部屋へGO!」


 詩楽と僕の部屋は隣り合っているが、近くて遠い場所だ。


「お邪魔します」


 僕は推しの配信を見学するために、初めて詩楽の部屋に足を踏み入れる。

 あかつきちゃんが配信している場所だと思っただけで、興奮してきた。


(いかん、ファンは卒業したのに……)


 冷静になろうと視線をそらす。

 足元を見る。なにかが転がっていた。

 とりあえず、拾ってみる。


「あっ、やっぱり、甘音ちゃん、クマさんが好きなのね」


 クマさんパンツでした。


「このまえ、美咲のクマパンに興奮してたから、急いでネットで注文したの」


 下着を片づけてもらってから、あらためて部屋に入りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る