第56話 配信はない(休みとは言っていない)

 100万人耐久配信の翌日。


 今日は配信をしない。

 ただし、休みとは言っていない。


 朝からWeb会議の予定が入っていた。

 約束の10時に指定のURLにアクセスすると。


『猪熊さん、100万人達成おめでとうですわ。そして、運営としては、ありがとうございますですの』


 西園寺理事長がいきなり頭を下げてきた。


「まだまだ新人ですので、早く一人前になれるようがんばります」

『お兄ちゃん、真面目かよ!』


 途中で現れた美咲さんに笑われた。


『甘音ちゃんのがんばりをバカにしたら、美咲でも許さないから』


 さらに遅れてきた詩楽が敵意を剥き出しにする。

 詩楽は自室から参加しているらしい。


『ユメパイセン、冗談にゃ』

『みなさん、大事なチームなんだから、仲良くするのですわよ』

「「……はい」」


 大人な理事長を怒らせたら、どうなるかわからない。

 ふたりとも神妙な顔になった。


『佐藤先生は別件で欠席です。わたくしも関わっている案件ですので、わたくしが進めてまいりますわ』


 理事長はあらたまった顔をして。


『みなさん、おめでとうですの』


 僕たちに祝福を述べる。


(どゆこと?)


 僕の100万はさっき言われた。


 他の件だ。

 詩楽も絡んでいて、西園寺理事長自らが関係しているとなると……。


「もしかして?」

『ええ。アニメの件、製作委員会から正式に依頼が来ましたの』


 最初に話を聞いてから、1ヵ月半近くになる。


 僕は闇鍋を筆頭とした体を張る企画に、ラノベ1冊の朗読など。

 詩楽は歌枠で歌唱力をアピールし、ゲームでは親しみやすいキャラを打ち出し。

 美咲さんは破天荒でありながらも、天然陽キャのパワーで人を魅了し。

 それぞれが、活動に取り組んできた結果でもある。


『主題歌担当の美咲さんと夢乃さんから、先方の感想を伝えますわね』


(うわっ、評価を言われるのか)


 結果的に選ばれていても、怖い。


『さくらアモーレの楽しさと、萌黄あかつきのひたむきさ。女の子が夢に向かって、楽しく真剣に取り組む作品の世界観ともマッチする。ぜひお願いしたい』


 納得の理由だ。

 当の本人たちは。


『あたしも、ようやく雑魚から卒業できたのかな?』


 自己否定はしなくなったけど、自信がなさそうなのはあいかわらずだ。

 どうフォローしようかと思っていたら。


『詩楽ちゃん、あなたはやればできる子なのですわよ』


 理事長に先を越された。さすが。

 一方、美咲さんは。


『ふーん』


 興味なさそうだった。


 普段であれば、『まあ、らぶちゃんなら当然にゃ。どんな歌なのかな、ワクワク』みたいに言いそうなのに。

 むしろ、当然だと思っているから、反応が薄いのかもしれない。


『花蜜はにーさんの評価なのですが……』


 自分の話になり、美咲さんのことを考える余裕がなくなった。

 理事長の奥歯に物が挟まったような物言いも気になるし。


『新人離れした演技力と、声で人々を魅了するところは大変すばらしいです。

 でも、デビューして日も浅い。その点で上を説得するのに時間がかかりました。

 たとえば、不注意で炎上しないかといったリスクを指摘されました』


 悔しいけれど、理解はできる。

 先輩たちに比べても活動歴も浅く、意図せぬ発言で炎上する危険は確かにある。

 まあ、活動歴が長い人でもトラブルを起こすケースはあるのだが。


 世の中の大人たちは経験を重視するのかもしれない。


『ところが、一昨日は企業案件というプレッシャーもあるなか、ライブ配信で本を1冊朗読しました。豊かな演技力があることも示しましたし、上も納得してくれたのですよ』


 1週間前に来た無茶苦茶な案件に救われるとは。

 チャレンジしてよかったかもしれない。


『猪熊さん、ラノベの案件は大変でしたでしょうが、おかげさまで無事に決まりましたわ』


 優しくて美人で、爆乳のトップにねぎらわれて、素直にうれしい。


『とはいえ、主題歌担当のふたりとは立場が異なりますわ』

「どういうことですか?」

『メインキャラは既にオーディションが終わっておりますの』

「……声優未経験ですし、メインはプロの声優さんに申し訳ないです」


 ただでさえ、声優が役を得るのは、かなり厳しいと聞く。出演できるだけで満足だ。


『単刀直入に言いますわね』

「はい」


 怖いとか言っていられない。覚悟を決める。


『先方としては、声優のポテンシャルを秘めた期待のVTuberが出演することで、プロモーション的な効果を狙っているのですわ』

「ええ」


 最近のアニメでもあった。他社の人気VTuberが本人役で出演して、話題を作っていた。


『言い方を悪くすると、宣伝に利用されたと思えるかもしれませんわね』

「いえ、そんなことは……」


 こう見えても、元俳優志望。ちょい役でももらえれば、チャンスは生まれる。文句を言うなんて恐れ多い。


『今回、猪熊さんは各話ゲストに決まったわ』

「えっ?」


 本人役などで数行しかセリフがないと思っていたから、軽く驚いた。


「声優でもない僕に、そこまで仕事をくれるんですか?」

『ええ。たまたま、ある回のゲスト役の人が体調を崩して、代役を探していたようですの。せっかくだから、猪熊さんにチャンスをくださったのですわ』


 感動のあまり、武者震いがした。


「僕、がんばります」

『ありがとうございますですの。ですが――』


 包容力のある理事長にしては厳しい顔をしていた。


『猪熊さん。挑戦するのはすばらしいのですが、オーバーワークは禁物ですわ。年末の詩楽ちゃんの二の舞にならないようにですの』

「うっ」

『大丈夫。やらかした人間として、あたしが甘音ちゃんの様子を見てるから』


 詩楽が自信満々に答える。

 朗読のときも、100万人耐久のときも、詩楽がサポートしてくれて、乗り越えられたわけで。


 僕を心配しての行動にうれしさ半分、申し訳なさ半分。


『運営の責任もありますので、お詫びに提案がありますの』

「なんですか?」

『リラックスと友好も兼ねて、3人でプライベートプールに行って来たらどうですか?』


 プライベートプール?

 初めて聞く言葉なので、どうですかと言われても厳しい。


『奏が会員の、あそこね。前に、あたしと行った?』


 理事長が首を縦に振る。

 詩楽は行ったことがあるらしい。


『ん。あたしが案内する』


 お金は気になるが、相手はオーナー。その分、仕事で返せばいい。


「せっかくだし、お言葉に甘えます」


 僕は申し出を受けるが。


『ごめん、らぶちゃんはパスにゃ』


 なんと美咲さんが断った。

 Web会議なので、感情を読み取りにくいが、なにか変だ。


『美咲さん、浮かない顔をしていますが、どうかしましたのかしら?』

『ううん、なんでもないにゃ』


 美咲さんは手を横に振った後。


『ちょっと取り込み中で、乗り気じゃないにゃ』


 珍しい。好奇心旺盛で、僕と詩楽がイチャラブしていても、普通に割り込んでくる人が、どうしたんだろう?


『ふたりで楽しんでくるといいにゃ。けど、プライベートプールだからって、水の中でエッチしないでにゃ。プールに変な液体を……』


 心配していたら、平常運転だった。


『ん。あたしの予定的には、今日がいいんだけど、甘音ちゃんは?』

『うん、僕も今日は休み』


 というわけで、プライベートプールでデートすることになった。

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