第2章 誕生日イベント

第48話 放課後

 3学期、初めての金曜日。


 最後の授業は数学だった。

 教え方がうまい先生なのに、それでも眠くなる。


 昨日も23時ぐらいまで配信をしていた。その後、入浴してリフレッシュして、ベッドに入ったのが0時すぎ。


 うとうとしていたら、詩楽がベッドに潜り込んできて、僕に体を押しつけてきた。


 なんと、だいしゅきホールドである。

 しかも、Fカップ。たわわな果実が僕の胸に押しつぶされ。


 首筋に甘い吐息が当たり。

 シャンプー後の髪が鼻孔をくすぐり。


(一気に目が覚めましたよ)


 おかげで、今日はかなり眠い。

 VRで授業を受けているのに、何度か寝そうになった。


 リアルの体はソファに座っているし、膝には詩楽が乗っている。

 体温が心地よすぎて、昼食後は相当しんどかった。


 自分と戦っていたら、授業が終わった。

 ヤバい。ほとんど聞いてなかった。仕事の合間を見つけて、取り戻さないと。


「甘音ちゃん、帰るよ」

「うん、今日も部活あるしね」


 VRなので、既に帰宅しているし、部活があるのに帰るのは普通の学生感覚だと変かもしれない。

 けれど、これが僕たちの日常である。


 作り物の校庭を正門に向かって歩く。


 我が学校のVR空間は、いちおう、街も用意されている。

 途中で世界の果てがあるが、建設で街を広げられるらしい。まるで、クラフトだ。


 なお、正門まで行ったらチェックアウト扱いになるので、普段は街には行かない。

 正門まで数メートルというところで。


「お兄ちゃんにゃ★」


 聞き覚えのある声がして、振り向く。

 美咲さんだった。彼女の両隣には、2期生の先輩2名がいる。


「うぃーす。後輩たち元気?」


 花咲はなさきプリムラ先輩だ。

 2期生は2年生なので、学校でも事務所的にも僕たちは後輩になる。人に聞かれても、混乱しないので助かる。


「今日もこれから部活の準備です」

「ん。あたしはOpaxをやるよ」


 僕と詩楽が答えると。


「みんな元気だね~。あたしは夢の世界に行くよ~すやぁ」


 微睡まどろみスイレン先輩が寝てしまう。VRなので、リアルの肉体は座っているか、横になっているか。怪我をするわけではない。


 僕は反射的に手を伸ばした。が、届かない。

 スイレン先輩は転んでしまった。スカートがめくれあがる。ピンクの布が見えた。皺まで再現されていて、妙にリアルだ。


「甘音ちゃんよぉ、パンツを拝めてラッキーだな」


 彼女もいるし、当然、無視する。


「ちゅうわけで、これから後輩の家で作業ヤラナイカ」


 イケメン風女子高生、ヤラナイカの意味が怖い。


「おっ、いいにゃ。ふたりのマネちゃんとしても賛成だよぉぉ」


 2人の先輩がノリノリだった。


「先輩たち、間違いなく押しかけてくるわね」


 詩楽も受け入れたし、僕に断る理由もない。


 5分後。2期生の先輩たちとリアルで会っていた。

 3人とも僕たちと同じ階に住んでいるので、移動が速い。


 寝ていたと思っていたスイレン先輩も無事に来た。

 ただし、プリムラ先輩とスイレン先輩は、なぜか入浴中である。人の家で。


 リビングには、僕と詩楽、美咲さんがいて――。


「美咲さん、どうして僕の腕にしがみついているんですか?」

「だって、そこにお兄ちゃんがいるから」

「そこに山があるから見たいな言い方なんです?」


 例によって、マネージャは距離感がバグっている。しかも、横に彼女がいるのに。


「なら、あたしはコアラになりたい気分だから、甘音ユーカリをもらう」


 案の定、詩楽は反対側からギュッとしてきた。

 美咲さんも平均よりは大きいのに、胸囲の格差社会を感じる。


(おっぱいを比べてる場合じゃない!)


 彼女がいる立場で両手に花は困る。

 どうやって、美咲さんを引き離そうかと思いつつ。


 ふと、先日の出来事が気になった。

 夜に中年男性とふたりっきりで何をしていたんだろう?

 興味本位で動く人だし、危ないことに巻き込まれていたら大変だ。


 心配なんだけど、この場では他の2期生の目もあって、聞けない。

 詩楽のメンタルも心配だし、まずは、この状況をどうにかしよう。


「美咲さん、マネージャとして相談があるんです」

「んにゃ?」


 僕はノートPCの画面を指さす。


「例の作業アシスタントの件、どうしようかなと思ってるんです」


 さすがに仕事の話になったら、離れてくれた。


「誰かさんが倒れたおかげだにゃ」


 全員が詩楽を見る。

 年末、詩楽が過労で倒れた件を受け、VTuberの負担を減らす取り組みが動き始めた。


 そのひとつが、サムネイルの作成などの周辺作業を本人がやらないこと。

 サムネ作りのような作業は地味に面倒だし。


「人に頼んだら、これまでとサムネがちがくないって突っ込まれないですかね?」

「大丈夫にゃ。過去のサムネデータを収集してるんだにゃ。あと、トリッターを巡回してファンアートを拾ってるんだよぉ。AIがファンアートと、過去のサムネを分析して、VTuber本人が作った感のあるサムネを生成するから」

「は、はあ」

「もちろん、AIでは限界がある。お兄ちゃんだとデビューから3ヵ月。学習するにしてもデータが足りないにゃ。でも、そこは安心して」


 意味がわからない。


「画像制作のできる学生が最終チェックして、VTuber本人に納品するにゃ。気に入ったら使って、自分でやりたかったら、これまでどおりにすればいいじょ」

「つまり、自分で選べるってことなんですね?」

「んにゃ。本人の意思を無視して負荷を下げるのも本末転倒だしにゃ」


 それなら安心した。

 僕はこだわりないけど。


「あたしは少し検証してみたいわね。満足のいくサムネをもらえるなら、頼むわ」


 詩楽は気が済まないようだ。

 まあ、詩楽が満足してくれることを祈ろう。


「そんなことより、本妻はあたしなの」


 詩楽が美咲さんを挑発した。

(蒸し返してきたし?)


「美咲、甘音ちゃんの誕生日知ってる?」

「来週でしょ」

「なぜ、美咲が知ってる?」

花蜜かみつはにーも同じ誕生日にしてあるし。運営としては、誕生日イベントは大事だにゃ」


 詩楽が地団駄を踏む。


「あたししか勝たん……はずだったのに」

「じゃあ、みんなでお兄ちゃん誕生日イベントの企画をしよっか」


 美咲さんがドヤ顔を決めるや。


「おっ、面白そうやなぁ」

「むにゃ~面白そう」


 先輩たちが戻ってきた。

 どうなるんだろう、僕の誕生日は?

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