第47話 カニ鍋

 人生初のカニ鍋。

 カニフォークなるもので、殻から身を取り出す。

 どうしても、真剣になってしまう。


(噂に聞いていたけれど、無口になるのよな)


 カニと格闘していたら。


「甘音ちゃん、カニ鍋よ、カニ鍋。会話と、カニ両方を楽しまなきゃ」


 僕のカノジョは涼しい顔をして、身をほじくりながら、会話をする。


「なぜ、しゃべりとカニを両立できるの⁉」

「作業と会話の料理なんて、いつもしてるじゃない」

「あっ」


 僕たちはVTuberだった。

 ゲームしながら話したり、配信画面を操作しながら話したり。当たり前のようにしている。


 と、わかれば、僕もカニチャレンジをしてみよう。


「カニの内部って、メチャクチャ柔らかいよね。ロボットアニメとかでいうとさ、内部が弱点になって――ぷしゅ」


 カニの身がすっとんで、僕の頬を直撃する。

 幸い、取り皿にうまく落ちてくれた。


「甘音ちゃん、今のゲーム配信だったら、ウケる」

「……ゲーム配信中に話すより難しいまである」

「ゲームはカニじゃないしね」


 そう笑いながらも、詩楽は器用にカニをさばいていく。


「はい。あたしが食べさせてあげるね」


 箸でカニの身を掴むと。


「はい、あーん」


 交際してから3ヵ月。僕があーんしたことはあるけれど、逆は初めて。

 大歓喜である。でも、恥ずかしい。


「甘音ちゃん、あたしのカニを食べられないっての?」


 幸い、個室である。


「じゃあ、遠慮なく、いただきます」


 カニを頬張る。自分で身を取ったときよりも、美味しく感じられるのは、間接キスだから?


 キスか……。

 クリスマスにファーストキスをしてから、1週間ちょっと。

 ライブの前の景気づけを除いたら、一度もキスをしていない。


 詩楽の味を思い出して、貪りたくなる。

 けれど、安易に欲望に身を任せたら……。

 キスだけでは満足できなくなり、先の行為もしたくなってくる。


 恋人としては、カノジョとエッチをしたい。

 したくて、たまらない。

 添い寝とかして、胸を当てられていると、ホントに限界だし。


 でも、僕と詩楽は同じ事務所に所属するVTuberでもある。

 配信中は、『あかはに、てぇてぇ』をネタにしているわけで。

 ガチで愛し合ったら、てぇてぇの範囲を超えてしまう。


 リアルとバーチャルを完全に切り分けられればいいのだが。

 詩楽とコラボしたときに、僕たちの関係をリスナーさんに疑われたら炎上の可能性もある。


 そもそも、僕たちはまだ15歳。

 VTuberでお金を稼いでいても、責任を取れる年齢ではない。

 VTuber自体、ここ数年で生まれた職業だし、来年はどうなっているか未知数だ。


 自分でカニの身をほじくりながら、僕は悶々とする。


「甘音ちゃん、今日は前祝いだよ」

「ごめん」


 詩楽にも気づかれてしまった。

 エッチしたいがきっかけとは言えない。


 話題を変えることにした。

 幸い、個室なので、周りを気にせずVTuberの話ができる。


「例の件、詩楽はどう思ってるの?」

「先日も、初の3Dライブをさせてもらって、数日後にアニメの主題歌の話までいただくなんて、最高すぎる」

「認められてよかったな」


 空いた手で、彼女の銀髪を撫でる。


「ん。あたし、少しは空っぽじゃなくなったのかな?」

「もともと、詩楽は空っぽじゃないよ」


 数ヶ月前。詩楽は自分が空っぽなのを気に病んで、川に飛び込もうとしていた。

 しかし、当時、不登校だった僕は詩楽の活動に救われていたわけで。

 僕は全力で詩楽を肯定する。


「僕、今年もがんばる詩楽をサポートするから。なにかあったら、ムリせずに甘えてね」

「ありがと。言葉だけでもうれしい」


 感謝の言葉は、どこか遠くて。

 彼女の見ているものがわからなかった。


「でも、あたし、年末みたいに甘音ちゃんに迷惑をかけたくないの」

「迷惑?」

「だって、あたしが過労で倒れて……そのせいで、甘音ちゃんは声が出なくなって……完全に、あたしのせいだから」


 詩楽は自分を責めているのか。

 もともと、自己肯定感が低い子だ。思うところはあるのだろう。

 僕としては詩楽のせいじゃないと言いたいが、ムリに自己主張したくもない。


「詩楽はどう思ってるの?」


 彼女の気持ちを聞くことを優先する。


「今年は自分で体調管理もきちんとやって、甘音ちゃんに迷惑をかけずにやっていきたい」


 話を聞いていて、これまでの彼女との関係を反省させられた。

 出会ったとき、川に飛び込もうとしていた彼女を助けた。

 それ以来、どうにかして詩楽を守らなきゃという意識が働いていたのかもしれない。


 詩楽からみれば、恋人の僕と対等の関係ではないわけで。

 引け目を感じるのも無理はない。


「ありがとう、そして、ごめんな」

「ううん、あたしがクソ雑魚メンタルなのが、すべて悪いから」


 また、自虐してきた。


「僕、クソ雑魚メンタルな詩楽が好きになったんだからな」

「あたし、なんでも受け入れてくれる甘音ちゃん、マジでラブ」


 詩楽はまたしても、カニをあーんしてきた。

 今度は僕も素直に食べる。


 イチャラブしていたら、店の人がシメの雑炊を持ってきた。

 クスリと微笑まれてしまった。


 お腹的にも、精神的にも満腹になり、店を出る。


 繁華街を家に向かって歩いていたときだ――。

 金髪の小学生ぐらいの女の子と、中年の男性が並んでいるのを目撃した。


「あれって……」

「ん。間違いなく、美咲」


 僕と詩楽のマネージャであり、VTuberとしては先輩でもある美咲さんだ。

 昼間。2期生の集まりにもいなかったけれど。


 夜に男の人と出歩くなんて。

 しかも、どことなく不機嫌そうで。

 面白さを行動基準にする人とは思えなかった。


「もしかして、パパ活?」

「ん、たぶんちがう。去年のウルチャ収入だけでも、1億は稼いでるはず。税金と運営手数料を考慮しても、パパ活する必要はないわね」

「……そうだよな」


 どうしようかと悩んだが。

 飲み屋から団体客が出てきてしまい、見失ってしまった。


「甘音ちゃん、今日はデートなんだから。あたしだけを見て」

「そうだな」


 1月の夜風が吹くなか、僕は詩楽と腕を組んで歩き始めた。

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