第2部

第1章 初詣

第44話 願いごと

 1月3日。午前。

 僕と詩楽は近所のお寺に出かけていた。

 近所のお寺といっても、小さなものではなく、かなり有名である。


 初詣に訪れた人々で混み合っていた。

 仲見世通りに入ったところで、詩楽はげんなりした顔をする。


「甘音ちゃん、人に酔いそう」

「詩楽、僕から離れちゃダメだよ」

「じゃあ、ギュッとしちゃうぞ~」


 詩楽は僕の腕にしがみついてくる。

 幸か不幸か、和服なので、胸の感触が弱い。


 ところで、詩楽さん。予想どおり、着物がメチャクチャ似合っている。

 着物は青の布地にピンクの花模様で、銀髪との相性も抜群。

 やはり、クールな顔立ちの銀髪美少女に着物は最高だった。


「足も治ったばかりなんだし。ゆっくり歩こうな」

「ん。抱きついてるから、速く歩けない」


 かわいい彼女と腕を組みながら、混雑する仲見世通りを歩く。


 すれ違う人々は詩楽と僕を交互に見て、なにか言いたげな顔をする。

(見た目は、美女と野獣だもんな)


「ねえねえ、甘音ちゃん」

「詩楽、どうしたの?」


 ところが、僕たちが会話するや。

 そばを歩いていた人たちは驚いた顔をする。


「正月早々、世界を呪いたいんだけど、今回は大目に見ようと思うの」

「詩楽さん、僕のために怒らなくていいからねっ⁉」


 美女と野獣カップルが、声だけ聞くと百合になるわけで。

 人々の反応もムリはない。


 そうこうしている間に、お寺に着く。

 お寺も密で、待機列がかなり伸びている。

 詩楽とスマホゲーをやったので、待ち時間は気にならない。


 やがて、僕たちの番がやってきた。

 お寺での参拝は神社と異なり、二礼二拍一礼はしない。

 合掌して、祈願するのがルールらしい。


 お祈りしながら、僕は去年の出来事を振り返っていた。


 去年は高校に入るや不登校になった。

 しばらくして、萌黄あかつきさんを推すようになって。

 9月に詩楽と出会って、まさかの萌黄あかつきさんで。

 僕もVTuberデビューすることになり、詩楽と付き合い始めて。

 初配信ではアニメ声をリスナーさんに気に入ってもらえて。

 少しは自分に自信が持てるようになった。


 年末には、大変だったけれど、3Dお披露目配信も成功させることができた。

 詩楽とともに幸せな年始を迎えている。


 今年の目標を願ってから、僕たちは参拝を終える。

 

 お寺を出ると、昼近くになっていた。

 お寺の周辺には参拝客や観光客向けの店が並んでいる。

 ちょうど食べ歩きゾーンを通っていた。


「甘音ちゃん、人形焼きおいしそう」

「いい匂いするね」

「あっちのメロンパンも気になる」

「うん」

「あのコロッケもジューシーな匂いがたまらん」

「う、うん」

「どら焼きとプリン、カレーパンも追加!」


 詩楽は目を輝かせる。

 せっかくなので、彼女が望むものは全部買った。

 食べるものを持って、近くの公園へ。ベンチに座る。


 詩楽が選んだものはどれも絶品だった。

 甘いのが多い気がするけれど、たまにだし、気にしない。


「うぅ、食べすぎて動けないよぉ」

「着物だし、大丈夫?」

「ちょっとベンチでまったりしたいかな」

「たまにはいいかもね」


 普段は学校の勉強と、VTuberの活動に追われている。

 年末には詩楽が過労で倒れたわけで。

 のんびりすごすのもいいかもしれない。


「甘音ちゃん、なにを祈ってたの?」

「僕、声の勉強をしようと思うんだよね」

「どゆこと?」

「去年は詩楽や、リスナーさんのおかげで、僕の声に需要があるとわかった」


 詩楽は僕の声に一耳惚れして、川に飛び込むのをやめた人である。


「今年はもっと多くの人を喜ばせられるように、声の演技に磨きをかけたくて……声優の勉強をしようかなと考えてるんだ」

「あたしの彼氏が限界突破してる⁉」

「限界突破?」

「かわいいの限界突破。最近、VTuberもアニメに出るようになったし、案件来るの期待してる」

「ありがとう。詩楽が喜んでくれるなら、僕、がんばる」


 実は他にも願いごとはあった。


 少しはメンタルが安定したとはいえ、詩楽が心配だ。

 本当は詩楽をずっとサポートしたいけれど、自分の活動もある。


 忙しくなって、年末みたいに過労の予兆を見逃す可能性もありうる。

 もちろん、気をつけるつもりだが、確実に大丈夫という保証はない。


(詩楽の心身が健やかでありますように)

 と、願っていた。

 自分が豆腐メンタルなのを気に病んでしまうので、口には出せないけれど。


「詩楽は、なにを願ったの?」

「去年、あたし、あんなことしようとしたでしょ?」


 声のトーンから割り切っているのが理解できた。


「でも、甘音ちゃんに癒やされて、どうにか乗り越えられた」


 僕は詩楽の手を握った。


「弱いあたしを少しは受け入れられるようになった」

「そうだね」


 出会った頃は自虐がひどかったけれど、最近ではあまりない。


「あたしが甘音ちゃんに救われたのが、去年編」

「う、うん」

「今年は、甘音ちゃんにウケた恩をいきたいの」


 彼女の言葉に引っかかりを覚えた。


「ありがとう。でも、僕は詩楽が好きだからしてるだけ。返さなくていいから」


 ストレートに気持ちを伝えると、詩楽は琥珀色の瞳をとろけさせる。

 桜色の唇にキスしたくなるが、真っ昼間の公園。我慢した。


「あっ、甘音ちゃんに返したいのもあるけど、そうじゃないの」

「どういうこと?」

「あたしは甘音ちゃんのおかげで希望を持てた。だから、今度はあたしが誰かの希望になりたい。そういう意味で、お返しかな?」


 詩楽が僕から受けた恩を、僕にではなく他の人に対して返したいようだ。

 いわゆる、恩送りという考え方である。

 他人に返した恩が、世の中をぐるぐる回ってゆく。


「詩楽の気持ちはわかった。さすが、僕のカノジョ」


 僕は詩楽の銀髪を撫でる。


「僕は詩楽に救われてるからね。厳密には、詩楽の仕事だけど」


 不登校だった僕を慰めてくれたのは、間違いなく詩楽だ。


「でも、僕は詩楽を応援する」

「あたしも甘音ちゃんの夢を全力でサポートする」

「今年も一緒にやろうな」


 公園のベンチで、しばらくイチャイチャしたのだった。

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