第45話 カラオケ

 公園で休んだ後、僕と詩楽は繁華街を歩いていた。

 まだ午後2時。詩楽がもう少し遊びたいらしく、ブラブラとお店をまわっている。


 とある和装アクセサリーショップの店外にて。詩楽は陳列されたかんざしを見つめていた。


「ほしいの?」

「あたしに似合うかな?」


 黄色のかんざし。先端に白椿の花がつけられている。白銀の髪を引き立てるのに良さそうだ。


「絶対に似合う」

「ありがとう。じゃあ、買ってくる」

「いや、僕にプレゼントさせてくれないかな?」

「で、でも……」


(変なところで遠慮するんだよな)


「はい、これ、ウルチャ。僕からウルチャをもらったことにすれば?」

「ん。それならあり」


 彼女は声をひそめて。


『甘音さん、ありがとうございます。かんざし大切に扱いますね』

「う、うん?」

「ウルチャもらったから、お礼したまで」


 推しにウルチャのお礼をされて、ドキリとしてしまった。


 推しといっても、今や同じ事務所で活動するVTuber同士で、同居人で、恋人でもある。

(リスナー気分になるのはどうなのかな?)

 

「よおぅ、おふたりさん。真冬なのに、熱々やなぁ」


 声をかけられた。


 誰かと思ったら、イケメン女子高生だった。2期生花咲プリムラ役の大日向おおひなた陽菜ひな先輩である。


 先輩の後ろには、ゆるふわなお姉さんがいた。こちらも2期生微睡まどろみスイレン役の水無瀬みなせれんだ。


「陽菜先輩、先日はいろいろと――」

「陽菜。甘音ちゃんへのセクハラは絶許」


 プリムラ先輩、一昨日の正月衣装お披露目配信で、セクハラしまくったわけで。

 詩楽が怒ってるアピールをするのも無理はない。


「ふたりとも~お正月だよぉ~すやぁ」


 いまにも眠りそうな蓮先輩を前にして。


「今回は大目に見る」


 蓮先輩、謎の人である。


「んなことより、ふたりとも暇だったら、オレらとカラオケ行かね?」


 僕は詩楽に目で語りかける。

 素直にうなずくと、かんざしを持って、レジに向かっていく。僕が話している間に会計を済ませる気なのだろう。


「僕たちは大丈夫ですけど、今日は同期の集まりじゃないんですね?」


 前に遊園地で2期生たちと出会ったときは、2期生3人が揃っていた。

 ただし、当時は美咲さんが2期生のさくらアモーレだとは知らなかったけれど。


「美咲の奴、今日は用事あるって」


 カラオケボックスに移動する。

 最初に歌ったのは、プリムラ先輩だった。

 ハスキーな声を活かしたロックを見事に歌い上げる。


「プリムラ先輩、さすがです」


 カラオケボックスでは他人の耳を気にしなくていい。VTuberの名前で話せる。


「オレも歌枠やってるし。いつライブの話が来てもおかしくないからな」


 僕がプリムラ先輩と会話している裏では、スイレン先輩が穏やかな音色を奏でていた。子守歌のような歌唱法がスイレン先輩らしい。

 スイレン先輩の歌枠は、眠りを誘う配信として人気がある。


 続けて、詩楽がアニソンを歌う。

 文句なしだった。完全にプロの実力である。

 さすが、3Dライブを成功させた人だ。


 普段から日常的に歌枠をしている3人の後に、ボクの番が来たわけで。


(ハードル高いんですけど⁉)


 元俳優志望で演技の練習はしてきたけれど、歌はやっていない。


 気が引ける中、僕は恥ずかしさをこらえて、好きなアニソンバラードを歌う。

 頭が真っ白な状態で歌い続け。


「甘音ちゃん、歌もいいね」


 詩楽の声で我に返る。

 いつのまにか、曲が終わっていたらしい。


「まさか、褒めてくれたの?」

「ん。あたしが甘音ちゃんを褒めないなんて、地球が魔族に侵略されてもありえない」


 気持ちはうれしいけれど、僕を全肯定する子である。評価という点では当てにならない。


「先輩たちは僕の歌、どう思いましたか?」


 おそるおそる、先輩たちに尋ねる。

 スイレン先輩はともかく、プリムラ先輩ははっきり言う人だ。


「悪くないと思うぞ」


 安心しかけるが。


「声がきれいで、言葉を丁寧に扱っているのがいいな。味があって、オレは好きだぞ。もちろん、歌い慣れてないせいか、たどたどしさはあるが」

「……」

「まあ、普通に歌う分には問題ないだろう。が、ライブに出たいんだったら、特訓が必要だな」

「ですよね」


 自分でもわかっていたので、ショックはなかった。


「誰かの3Dライブにゲスト参加したり、オリジナル《オリ》曲を出したり。そういうのに備えて、練習しといた方がいいかもな」


 声優の勉強をメインにしつつ、歌の練習もしていこう。


「難しい話してるから~ウチ眠くなっちゃったぁ~おやすみ」


 スイレン先輩が寝てしまう。

 騒音の中でも寝つけるのが、逆にすごい。


「あたしが甘音ちゃんに歌を教える」

「お、おう」

「というわけで、デュエットいくよ」


 詩楽が曲を入れる。

 最近、話題になっているアニソンだった。


「♪きゅん、きゅん、暑くなりー」

「♪きゅん、きゅん、脱ぎたいの~」


 最初から最後まで、ハイテンションな歌だった。

 歌い終えると、息がゼイゼイしていた。


「……つらい」

「ん。でも、今日は2人で歌えたから楽。歌枠で、ひとりで歌ったことあるけど、マジで息切れするから」


 本来は19人で歌う曲だから、当たり前な気がしてきた。


 時間になるまで、3人で歌いまくり、カラオケを出る。

 外に出ると、夕暮れになっていた。


「じゃあ、オレらはこのあたりで」

「また、遊んでね」


 先輩たちと別れる。


「僕たちはどうする?」

「せっかくだし、外食したいけど……」

「ずっと着物で疲れたよな?」

「家に戻って着替えてきたいかな」


 というわけで、一度帰宅することになった。


 なお、着物はレンタルではなく、詩楽の持ち物らしい。

 着付けは3期生の虎徹舞華さんにしてもらったとか。侍さん、着付けもできるうえに、同じ階に住んでいるから助かる。


 詩楽が準備を済ませる間、僕はマンションのエントランスで待つことになった。


 スマホゲーをしていたら、スマホが音を鳴らした。

 西園寺理事長から電話である。


『猪熊さん、あけましておめでとうございますですわ。今年もよろしくお願いするわね』

「こちらこそ、あけまして、おめでとうございます」

『いま、あの子は?』

「ちょっと席外してます」


 ここ数日の詩楽の様子を報告する。

 足はなんともなさそうだと伝える。電話口から安堵の息が聞こえた。


『ところで、猪熊さん。ちょっとうかがいますね』


 穏やかな声が少しだけ硬くなる。

 ここからが本題だと理解した。気を引き締める。


『アニメに出られると聞いたら、どう思うかしら?』

「ふぇっ?」


 まさかの展開に耳を疑った。

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