第19話 花蜜はにー#初配信1

 ワイチューブの再生画面。ごく淡い黄色を基調とした背景に、デフォルメされたミツバチや、ハチミツの壺が描かれている。

 いわば、舞台だ。


「みなさま、本日はお越しくださり、誠にありがとうございます。ただいまより、花蜜かみつはにーの初配信を始めます」


 開演の挨拶を述べるのは、主演俳優である僕。

 第一声が無事に終わり、胸をなで下ろした直後――。


:オレ、はにーちゃんに一耳惚れしたんだけど

:甘いぃぃぃぃぃっっ!!!!!!!!!!!!

:プロの声優がナレーションしてんの?

 などなど。


 コメント欄が猛烈な速度で流れる。

 画面越しなのに、目の前に観客がいるかのように熱気を感じる。


 横目で、同時接続数も見る。12万人を超えていた。

 チャンネル登録者数にいたっては、既に8万人もいる。


 いやおうなくテンションが高まる。


(いざ、出陣なり!)


 隣に座る詩楽に目で合図を送る。

 あうんの呼吸で、彼女はマウスを滑らせる。


 手の動きに合わせて、ひとりの二次元少女が舞台に立った。


 濃厚な蜂蜜色の髪は、見目麗しく。

 顔立ちは大人と少女の中間ぐらいで、健康な美を放っていて。

 薄いワンピースは起伏に富んだボディを引き立てている。


(これが僕。僕は彼女なんだ!)


「みなさま、はじめまして。レインボウコネクト・アークの花蜜はにーと申します」


:えっ、ナレ本人だったの?

:大勝利の予感

:挨拶だけで心を鷲づかみにされるとは?

:Vを求めて、300年。生まれてきて、よかった(♡╹ω╹♡)


「本日は、はにーの初配信。みなさんに楽しんでもらえたら、はにーもうれしいです❤」


:プロの声優さんだと思うけど、誰だろ?

:俺、声優オタクだけど、初めて聞く声だぞ

:これだけのインパクトで、声オタが知らんだと?

:150年に一度の才能現る!


 僕のアニメ声について、さっそくリスナーさんが詮索を始めていた。想定の範囲内なので、気にしない。


「みなさん、では、はにーの自己紹介をはじめますね~」


 僕のセリフにあわせて、詩楽がマウスをクリックする。

 花蜜はにーのプロフィールが、配信画面に表示された。


『プロフィール

 名前  :花蜜はにー Kamitsu Honey

 生年月日:2006年1月20日

 身長  :148センチ

 蜂蜜の精霊が住まう、妖精の花園で生まれた。

 妖精より授かった声は、まさに蜂蜜のように甘い。

 人を癒やすため、故郷を離れて、人間界に来た。

 人間界では声優を目指し、演技の勉強をしている。

 はにーは真の清楚なのか? 演技なのか?』


 画面の内容をもとに自己紹介をしてみた。


:マジ、声の精霊じゃん?

:真の清楚枠を期待していいんだな?

:いいか、これまでの清楚を考えろ?

:はちみつの日に生まれたってことは、パンツはハチミツパンツ?


 配信が始まって、10分ちょっと。

 すでに、同時接続数は30万人を超えている。

 チャンネル登録者数も20万人に到達していた。10分で12万人も増えるなんて、うなぎ登りなんてもんじゃない。


(チートじゃん⁉)


「うふっ。おにいちゃん、ありがとね~」


 うれしいので、笑顔を振りまいてみた。僕の笑顔をカメラが捉え、アバターもニッコリする。


:うわぁぁっっっっっっ

:誰か、切り抜いてぇぇっ!!!!!!!!!!


「自己紹介の続きですが、はにーからみなさんにお願いがあります」


:1億円までなら即払う

:あてぃし、はにーちゃんの妹になる

:はにー国憲法を作って、はにーちゃんを国家元首にしてみせる


「うふっ、おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう。でもぉ、はにーは~みなさんを不幸にしたくないの。あぶないことしたら、めっ……だよぉぉっ」


:めっ、ありがとなす!

:みんな過度の課金や、クーデターややめような


 なお、あざとい演技は美咲さんを参考にしている。本人に許可をもらったので、トラブルにはならないはず。


「はにー、声優志望でしょ。はにーに読んでほしいセリフがあったら、ミルフィーユに書いてくださいね」


 詩楽がトリッターを操作して、ミルフィーユのリンクを投稿する。

 また、ワイチューブの概要欄にもURLが載せてあった。


「今回の配信中に読ませていただきますからね」


:神が降臨なされた

:声豚を昇天させる神やん

:なぜ、ウルチャを送れない?


 緊張もほぐれてきて、配信が楽しくなっていた。


 好きなもの、好きなアニメ、苦手なもの、イラストレーターと2Dモデラーの紹介をした後。


「またまた、みなさんに相談があります。ファンネームとイラストタグを決めたいのですが、はにーからいくつか案を出しますね。良いと思ったものに投票してください。一番人気があったものに決定しまーす」


 リスナーさんにアンケートをとった結果、以下に決まった。

『ファンネーム:はにーむーん

 イラストタグ:はにあーと

 配信タグ:#はにーたいむ』


 ミルフィーユも締め切り、事前に用意した内容はすべて終わった。

 なんと1時間にも満たない間に、チャンネル登録者数は50万人になっていた。


:はにーちゃん、マジすげぇ

:神時代の幕開けに立ち会えるなんて……


 コメント欄でも喜んでくれて、鳥肌が立つ。


(不登校だったけど、アニメ声で伝説になりました)


 気を引き締めて、最後の企画に挑んだ。


「じゃあ、最後にミルフィーユでリクエストのあったセリフを読んでいきます。本当はすべて採用したいのですが、朝までかかりそうなので……。読み切れなかった分は、次回以降の配信に回しますね」


:うぃっす!

:ムリない範囲でいいからね


「では、まず、こちら――」


 詩楽がミルフィーユを配信画面に表示する。


「おにいちゃん、だーいちゅきだよぉぉ❣」


 僕は男だ。男子の欲望を刺激する方法は知っている。

 とっておきのかわいい声で演じてみせた。

 これなら喜んでもらえるはず。

 が――。


:ここにきて、焦らしプレイ?

:ミュート芸助からない


 コメント欄が想定外だった。


「どういうこと?」

「あっ」


 無言でいた詩楽が、言葉を発してしまう。

 第三者の声が入っているはずなのに、リスナーの反応はない。


「マイクが反応してない」

「なんだって⁉」


(最後の最後で、トラブルかよ⁉)


 せっかくVTuberデビューできて、信じられないぐらい人気が出たのに。

 また、僕はチャンスを逃すのか?

 俳優の道を諦めたときのように。


 僕が鬱になりかけるなか、詩楽は必死にキーボードを叩いていた。


「大丈夫。あたしがなんとかするから」


 涙が出そうになった。


 推しであり、大先輩であり、恋人がいる。

 なら、なんとかなる。


 自分の仕事をするまでだ。

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