第4章 元不登校の少年、アニメ声を武器に#初配信で無双する

第18話 #新人Vtuber

 時は流れ、10月の中旬になる。

 残暑も完全に終わり、短い秋がようやく訪れた。


 僕の日常はというと――。

 VR学校では女子高生を演じて、女子仕草を勉強し。

 放課後は初配信に向けての準備を精力的にこなし。

 僕以上に多忙な恋人は、メンタルが豆腐なので、僕が支えて。


 不登校時代がウソのような慌ただしさだった。


 そんな、金曜日の夕方。

 とあるプレスリリースが発表された。


『レインボウコネクトは、あらたにレインボウコネクト・アークを立ち上げます。11月4日に、花蜜かみつはにーがデビューすることになりました』


 半年前にデビューした詩楽はレインボウコネクト3期生である。僕は4期生になると思っていた。

 ところが、運営の判断はレインボウコネクト・アークという特別枠であった。


 僕と同時期デビューの人はいない。ひとりで4期生を名乗るのは変だし、気にしない。アークってかっこいいし。


 ちなみに、運営公式としては、『レインボウコネクト・アークは、これまでのレインボウコネクトをさらにつなぐ弧』とプレスリリースに書いている。


 実際には、レインボウコネクト初のバ美肉VTuberだから、分けることにしたらしい。


 プレスリリースには、花蜜かみつはにーの担当イラストレーターママも発表されていた。

 ママはアニメ化ラノベも担当している大物。虹の橋学園同じ学校の3年生と聞いた。


 VTuberデビューも正式に決まり。

 さらに時の流れが加速し。


 いよいよ、初配信の日を迎える。

 11月4日。『いい推しの日』という、縁起のいい日に僕は新たな道を踏み出した。


   ○


 19時50分。初配信の10分前。

 僕はPCの前で。


「緊張するな、緊張するな、緊張するな」


 お経のように唱えていた。


「甘音ちゃん、『緊張するな』って、前フリかな?」

「前フリ?」

「だって、それ禁句だもん」

「そうなんだ」

「ん。『やるな』と言われると、やりたくなるのが人間。『落ち着けもちつけ』と肯定の表現に変えてみて」


 萌黄あかつき先輩からアドバイスをいただく。


「もちつけ、もちつけ、もちつけ」


 ちょっと気持ちが楽になった。ゆるいネットスラングなのもある。


「演劇時代は本番前に緊張しなかったのになぁ」


 PCの画面に映る、『11万人が待機しています』の文字が原因だ。


(だって、11万人だよ⁉)


 ドーム球場2つ分で、ライブをするようなもの。


 中学の演劇部なんて、せいぜい200人ぐらい。芸能事務所のオーディションも人は少ない。

 いざ自分の番になって、大手VTuber事務所の集客力を実感させられるとは。


(よく詩楽は耐えられるなぁ)


 感心したのもつかの間、考えを改めた。

 1人のアンチコメントも気する子である。負担に感じていないはずがない。


「はにーちゃん、数字はあくまでも数字だよ。目の前のリスナーさん一人ひとりに語りかけるの。そしたら、惑わされないから」

「ありがとう。気が楽になった」


 カノジョの言葉が胸に染みる。


「じゃあ、魔法少女萌黄あかつきからプレゼントするよぉぉっっ!」


 詩楽は配信用に作った声で叫んで。


「よしよし、良い子、良い子~」


 僕の頭に手をかざす。彼女の指は最高のASMRだった。


「配信が終わったら、ほっぺにチューしてあげるね」


 なんと、特別ボーナスまで約束された。


(そりゃ、がんばるしかないな)


 交際を始めて、1ヶ月ちょっと。イチャラブしても、キスはしていない。

 周りに隠しているし、極めて健全な関係だ。


「お兄ちゃん、てぇてぇを通り越したら、どうなるかわかってるよね?」


 気づけば、後ろに美咲さんがいた。

 マネージャだし、僕の家の合鍵も持っている。いても不思議はないけれど、神出鬼没な人だ。


「はにーちゃんが男だとバレて、萌黄あかつきに手を出してるのがバレたら……大炎上するにゃ!」


 マネちゃんがデビュー前に不吉な発言をする。

 もっともな指摘なので、なにも言えないんだけど。


「あくまでも、はにーちゃんとあかつきちゃんは仲良しな関係にゃ。異性の友人でも許される程度の、てぇてぇにしておいてねぇ」

「ん。わかってる。コラボ配信でパンツの色を教えあったり、オフコラボで胸を揉んだり。他の子としてるような絡みはNGなんでしょ」

「そうにゃ。あかつき×アモーレみたいな絡みは禁止にゃ」

「ん。アモーレはただのセクハラだし」


 さくらアモーレ。2期生の先輩で、エッチ枠の人だ。過激な下着をあかつきさんにプレゼントしたと配信で語っている。


(僕は詩楽に下着を買ってあげられないってことか……)


 万が一、はにーが男だとバレたときの対策である。

 節度ある『てぇてぇアピール』をするように、運営には厳しく指示されている。


 変に疑いをかけられたくないので、僕と詩楽の関係は秘密にしていた。


「じゃあ、らぶちゃんはリビングで待機してるにゃ」

「あたしは先輩だもん。PCの操作はあたしに任せて」

「あかつきちゃん、雑用は頼むにゃ」


 美咲さんは満面の笑みを浮かべて。


「お兄ちゃん、立って」


 僕が言われたとおりにすると。


 ――ぎゅっ。


 真正面から抱きついてきた。

 臍あたりにマシュマロを感じた。大きいし、柔らかい。


「マネージャからのプレゼントにゃ。お兄ちゃん、ファイトだよぉぉ」


 僕と詩楽が唖然とするなか、美咲さんは回れ右をする。金髪ツインテールがパサリと揺れた。


「じゃ、お邪魔虫は退散するにゃ」


 美咲さんは部屋を出ていく。

 気づけば、配信2分前になっていた。


「いかん、準備しないと」

「……甘音ちゃん、10秒前に激しく緊張したよね?」


 詩楽の目が笑っている。

 怖い。


「配信が近づいてきて、武者震いが……」

「なら、先輩のあたしが助けてあげる」


 詩楽まで抱きついてきた。

 明らかに詩楽の方が大きい。

 巨乳の間にも格差社会はあるようだ。


「どう? 落ち着いた?」


 耳元でささやかれる。

 萌黄あかつき推しの僕専用ASMR第二弾。

 今度は、おっぱい付き。


(僕、天国に行っちゃうのかな?)


「ん。もう時間」


 詩楽が離れ、我に返る。


 僕は、OBS Studioの『配信開始』ボタンを押した。


 真っ暗だった配信画面に、花蜜はにーのキービジュアルが表示される。

 蜂蜜色の髪は華やかで、いきなりクライマックスの気分になった。

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