第17話 はにー
翌日。3時間しか寝ていないのに、頭が冴えている。
(だって、推しがカノジョになったんだよ!)
勢いを利用して、朝から作業に突入。デビューに向けての課題をぶっ倒す。
運営さんに提出を終え、詩楽とゲームして遊ぶ。
気づけば、昼をすぎていた。
「甘音ちゃん、がんばったご褒美に昼ごはん作るね」
「う、うん」
「な、なに? その目は……あたし、メシマズ嫁じゃないよ?」
(目が泳いでるんですけど⁉)
詩楽はクソ雑魚メンタルの持ち主。
突っ込んで落ち込まれたら……?
交際を始めて、24時間ももたなかったら最悪すぎる。
どう答えようか迷っていたら。
「料理はNPOのおばちゃんに教わったから」
予想以上に重たい答えが返ってきた。
「ごめん、疑って」
「ん。甘音ちゃんの前で料理しなかった、あたしが悪い」
「い、いや。別に、女子が料理しないといけないルールないし」
「ありがと。VTuberになってから料理はしなくなったの。ゲームや、歌の練習に時間を使いたいからね」
「学校とVTuberの両立は忙しいもんな」
「ん。イーツ・イーツは神」
僕は彼女を信じて、待つことに。
しばらくして、テーブルに置かれたのは、ハニートーストだった。ハート形に切り取られているトーストは、見るからに甘い。
他には、スクランブルエッグ、オニオンスープもある。
詩楽はハニートーストを一口サイズにカットすると。
「はい、あなた、あーんして❤」
フォークを僕の口に差し出してきた。
「えっ?」
「あたしたちは新婚でしょ? あーんは常識。萌黄あかつき憲法第一条にも書いてある」
「…………萌黄あかつき憲法だったら、
そう言い訳をして、口を開ける。
「甘っっっっ!」
想像以上に甘々だった。
「えへっ……甘音ちゃんの方が甘いよぉぉ」
彼女は空いた手で僕の胸をペシペシしてくる。力が弱く、くすぐったい。
「じゃあ、今度は僕の番」
「えへっ、人生初あーんが甘音ちゃんなんて、最高すぐる」
「じゃあ、これからは毎食、僕があーんしようか?」
「♪げーんち、げーんち、げーんち」
詩楽は謎の歌を歌った。
「よし。言質はとった。悶絶死しそう」
「死んじゃダメだから~」
詩楽の肩を揺らす。双丘がプルンプルン。薄いキャミなので、目のやり場に困る。
「甘音ちゃんに呼び戻されたし、あと1万年は生きられる」
(僕が生きる希望になればいいなぁ)
鼻息を荒くする詩楽を見て、泣きそうになった。
昼食後、詩楽が抹茶を入れる。
「ハチミツの味がするんだけど?」
「ん。ハチミツを入れたから、ハチミツの味がするのは当たり前」
意外とすっきりして、おいしい。
「だって、これからの甘音ちゃんはハチミツだし」
「たしかに、課題の件もあるからね……って、運営さんがチェック中だし、気が早いよ」
「大丈夫。あたしが保証する」
詩楽が僕の胸にのの字を書く。
くすぐったさと、彼女の柔らかさがたまらなくて。
「ふぁんっ❤」
自分の口から変な声が漏れてしまった。
「甘音ちゃん、エロゲ声優になれる。VTuberも声優になる時代だし」
「……事務所的にOKなのかな?」
さりげなく、つぶやいたら。
「らぶちゃん的には面白そうだけどぉ……先生たちに却下されそうにゃ」
振り向く。美咲
「他社にはエロゲ好きVTuberもいて、エロゲコラボもしてるにゃ。でもぉ、お兄ちゃんは高校生だしぃ」
僕もそうだけど、
「それより、イチャラブしすぎにゃ。お兄ちゃん、らぶちゃんとも甘々な遊びをしようよぉ」
後ろから美咲さんが抱きついてきた。桃の香りがするし、柔らかい。
(困ったなぁ)
詩楽と交際したことを言おうか?
ただ、下手に打ち明けて、問題になるのもマズい。
まずは、先輩の詩楽の反応を見よう。
詩楽と目が合った。「あたしに任せて」と言いたげだ。
「あたしと甘音ちゃんはVTuber同士。てぇてぇ関係はあり。でも、運営とタレントのイチャラブはちがう」
「あっ、そんなの別にいいにゃ」
美咲さんはまったく気にしていない。
「美咲さん、仕事の話ですよね?」
僕は真面目さをアピールする。
強制的に仕事モードにした効果か、美咲さんは僕から離れた。
「宿題の件、オッケーだってさぁ。さっそく、イラストレーターに発注しといた」
「ふぅ、ここ数日の苦労が報われたのかな」
「ん。
花蜜はにー。僕が演じるキャラの名前だ。
ハチミツのように甘くて、リスナーさんに癒やしを届けたい。
そう願って、名づけた。
(さすがに、詩楽の寝言で思いついたとは言えないけどね)
「マネージャのらぶちゃんから提案があるにゃ。はにーちゃんに読んでほしいセリフをミルフィーユで応募したら?」
ミルフィーユはネットで質問を受けつけるサービスである。
「ところで、今日の夕飯は3人で食べに行こうよ?」
「あたしは配信がある」
「ユメパイセン、22時からにゃ。余裕を持って出かけるにゃ」
「ん。美咲のおごりね」
「ユメパイセンはウルチャで数千万稼いでるじゃん。和牛をおごって」
「ん。甘音ちゃんのお祝いだし、わかった。ただし、予算は1人100万円まで」
「それはいくらなんでも」
「ん。冗談よ」
「じゃ、また、夕方に来るにゃ」
美咲さんは帰っていく。忙しい人だ。
午後。初配信に向けての作業を進める。
配信ソフトOBS Studioの設定に手を出す。音声フィルタとやらで声の音質調整やノイズを除去できるらしいのだが。
どハマりしていたら、ドアされた。
「甘音ちゃん、なにか手伝えることある?」
「OBS Studioがわからなくて」
詩楽先生に見てもらった。
「OBS Studioを初めて使う人は音声フィルタに苦労するの。あたしが教えるから」
ノリノリの詩楽は僕に覆い被さる。背もたれがあり、背中に彼女は感じられない。
マウスを掴む手に、ほっそりした指がおかれて。
「は、は、はい」
「甘音ちゃん、PCは難しくない。リラックスしよ」
(詩楽のせいなんですよ?)
ドキドキに耐え、どうにか設定を終える。
夕方までに、ファンネームやファンアートなどの案も考えられた。
数日の停滞がウソのように順調である。
夕方。3人で楽しく焼き肉を食べる。
帰り道。川沿いの道を歩く。
詩楽と僕が出会った川だ。
(わずか1週間で変わりすぎ)
推しと出会って、VTuberデビューすることになって、推しと恋人になって。
頭で考えると、非現実にしか思えない。
満腹の胃が現実だと教えてくれるのだ。
(これから、がんばらなくちゃ!)
詩楽を見守って、恋人として交際して、デビューに向けて準備して。さらには、学校まである。
やることは盛りだくさん。
しかし、足は軽くなる。
街灯に照らされた、銀髪の少女が僕に力をくれるから。
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