第20話 花蜜はにー#初配信2
詩楽がコメント欄にメッセージを打ち込む。
『みなさん、ごめんなさい。マイクの調子が悪いの。すぐに交換するから、ちょっと待ってて』
コメント欄の一番上に固定表示された。
:あー(察し)
:すまん、ドSだと勘違いしちゃったわ
:いきなりのハプニングなのに、落ち着いてて、マジ大物の予感
リスナーさんが理解してくれて、そっと胸をなで下ろした。
「詩楽、助かった」
「いいの。あたしは自分の部屋から別のマイクを持ってくる。スクショタイムを先にした方がいいかも」
「悪いね」
「ううん、甘音ちゃんのためなら、エルフの森が燃えていても飛び込んでみせる」
詩楽は僕の部屋を出ていった。
すかさず僕はキーボードを打つ。さっきまで、詩楽が触っていたせいか、無機質な素材が温かく感じられた。
『スクショタイム』と、配信画面に表示させるや。
まずは、笑顔を作り、顔を拡大させる。
:うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ
:ガチ恋距離たすかる!!!!
(これから音がなくても、なんとかなるぞ!)
リスナーさんがスクショ撮る時間を見計らってから、今度は上目遣いでねだる。
:上目遣いゲット!
:かわいいの限界突破
詩楽の機転のおかげで、リスナーさんは大盛り上がり。
続けて、バストアップしたまま、体を左右に揺らす。
豊かな谷間が、たぷんたぷん。
:ぼおいん
:おおきい
:マイクトラブルに感謝する日が来ようとは?
リスナーさんと遊んでいたら。
「はにーちゃん、楽しそう」
いつのまにか、詩楽が戻っていた。唇を尖らせている。
息が荒い。僕のために走った?
おっぱいを揺らして、楽しんでたら怒るかも。
「ごめん」
詩楽はオーディオインターフェースから古いマイクを抜きながら、淡々と言う。
「ん。はにーちゃんのおっぱい、はあはあ」
「ふぇっ⁉」
思わず叫んでしまった。
「まさか、そっち?」
「だって、はにーちゃんは、あたしの嫁。これだけは譲れない」
詩楽が勝ち誇ったような笑みを浮かべたとき。
「えっ?」
僕は絶句した。
さっきまで反応がなかったOBS Studioのマイクが、チカチカしていたから。
:誰かとしゃべってる?
:放送事故w
:今の声、あかつきじゃね?
:エロギだな
:てぇてぇ
:あかつき×はにー
:虹に新カップルが爆誕
:このまま、あかつきとイチャラブしてるの垂れ流してくれ
:だな、あらたな伝説を作ろう!
:子どもを作るまである
詩楽との会話が聞かれていたらしい。
萌黄あかつきさんがいるのがバレたし。
(本名呼びしてたらガチであかんかったわー)
配信の怖さにガクガクブルブルしていたら。
「こんあかつき。こんばんは。バーチャル魔法少女萌黄あかつきです」
あかつきさんは堂々と挨拶を始めた。
「今日は裏で、はにーちゃんを手伝ってました」
:先輩がフォローしてくれんの?
:最近知り合ったにしては、てぇてぇだな
『あたしの嫁』発言を聞かれたわけで、疑問に思うのももっともだ。
「じつは、あたしが運営さんにはにーちゃんを紹介したんだよねぇ。声がかわいすぎて、絶対にVTuber向きだと思ったから」
おそらく、バラしても問題ない範囲で、事実を説明しているのだろう。
:ああ、納得。
:オレ、あかつき×はにーを楽しむよ
:薄い本ほしい
「あたし、デビューしたての頃は緊張しまくりで、ポンだったじゃん。だから、はにーちゃんがやらかしてもいいように待機してたの」
:初配信翌日のエロギ事件は永遠に忘れない
:あかつきも先輩しとるんやな
おんぶに抱っこである。
いきなりチャンネル登録者数50万人を超えて、浮かれていたけれど、甘かった。
「そろそろ、はにーちゃんに返すね。みなさん、最後まで初配信を応援してあげて」
:あかつきの成長を感じた
:あかつき成長物語に全オレが泣いた😭
:はにーちゃん、元気だして
あかつきさんは口を閉じると、僕に向けて微笑んだ。
落ち込んでいる場合ではない。
あらためて、マイクに顔を寄せると。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、お待たせぇ。いきなりのマイクトラブルで焦っちゃったけどぉ、あかつき先輩のおかげで助かったぁ。持つべきものは先輩だね」
:はにーちゃん、気を取り直して
:ふれー、ふれー📢📢📢
「じゃあ、ミルフィーユの続きね」
僕は深呼吸をしてから、理想の妹ヒロインを心の中に描いて。
「おにいちゃん、だーいちゅきだよぉぉ❣」
――チュッ!
決めた。徹底的に媚びた演技を。
:大勝利ぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!
:焦らされた分、たまらん
「じゃあ、次のミルフィーユね」
『なっ、なんで、あんたなんかと……え、えちぃことしないと……いけないのよぉ』
ツンデレだった。
「うん、いきなり、試されてますね。えへへへへ」
苦笑の演技で時間を稼ぎつつ、頭をフル回転させる。
これまで見てきたアニメやラノベを元に、今の時代に合わせたツンデレヒロインをイメージする。
「はにー、いきま~す」
前半は怒気を込め、後半は恥ずかしさを感じさせる。さらには、言葉に見えない感情には、うれしさもある。
「なっ、なんで、あんたなんかと……え、えちぃことしないと……いけないのよぉ」
女心の複雑さを表現してみた。
:ごちそうさまでした
:ツンデレもイケるとは?
:まさに、神声優
:Vの世界にあらたな歴史が刻まれた
:はにーちゃん、アニメに出てほしい
喜んでもらえて、胸をなで下ろす。
それから、いくつかミルフィーユのセリフを読んだ後。
「時間もすぎてますので、今日はこのあたりにしたいと思います。これからも花蜜はにーをよろしくお願いします。チャンネル登録、高評価をお願いします」
僕が頭を下げると、詩楽が画面を切り替える。
花蜜はにーの1週間分の配信スケジュールが表示された、エンディング画面だ。
10数秒エンディングを流したあと、配信は終わる。
「おつかれ」
「ありがとう。すごく助かった」
礼を言った直後、一気に疲れが出てきた。肩が凝って、全身が重い。
「大丈夫?」
詩楽が僕の背中に手を回す。
彼女にギュッとされて、体が軽くなった。
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