第21話 打ち上げ

 初配信が終わったあと。

 僕と詩楽はリビングにいた。テーブルの上には、ジュースと、ささやかなお菓子が置かれている。


「甘音ちゃん、乾杯の挨拶よろ」

「えっ、僕が?」

「打ち上げなんだし、主役でしょ?」


 すでに夜も遅く、明日も学校がある。

 打ち上げといっても、気分を味わうだけ。

 

「詩楽のおかげで、無事に初配信が終わった。ホントにありがとな」

「ん。でも、あたしの力はたいしたことない」

「いや、詩楽がいなかったら、マイクトラブルでマジで詰んだし」

「ううん、かりにテンパって、配信が途中で終わったとしても、事務所のトリッター公式アカで連絡するとか、いくらでも方法はある」


 たしかに。テンパってたけれど、冷静に考えれば、うまく立ち回れたはず。


「それより、甘音ちゃんは自分の良いことに目を向けて」

「う、うん」

「甘音ちゃんの声と演技力があったから、みんな喜んだんだよ」

「僕なんかプロになれなかった俳優なんだけどね」

って……」


 いつもと立場が逆転している。

 これまでは、詩楽が自己卑下して、僕が慰めていたのに。


「ううん、甘音ちゃんの演技力はマジでパない。妹系も、ツンデレも、背筋がゾクゾクするほど決まってた。隣にいて、神声優だと思ったし」

「まさか、大嫌いなアニメ声が、ここまで反響になるとはな」


 詩楽は胸元に手を添えると、琥珀色の瞳を潤ませる。


「……自分の嫌いなところも、誰かにとっては救いになるの。あたしも甘音ちゃんのおかげで助かったわけだし」


 詩楽と出会った満月の日を思い出して、目頭が熱くなる。


「……ごめん。詩楽やリスナーさんに失礼だった」


 詩楽はうなずくと。


「真面目な話もいいけれど、今夜はあたしたちの記念日。思い出を作りましょ?」

「そうだね」


 詩楽は僕の方に身を寄せてきた。肩と肩が触れ合う。

 彼女は上半身をひねり、上目遣いをする。熱くなった吐息が、僕の首筋を撫でる。


 サクランボ色の唇はおいしそうで、食べてしまいたくなった。


 脳内悪魔:キスしちゃえよ

 脳内天使:いや、運営にバレたらマズいだろ


 と、バトルが始まる。


「お兄ちゃん。妹とのキスならセーフなんだよぉぉっ!」


 美咲さんが、「スキル:神出鬼没」を発動させていた。

 危ない。欲望に従っていたら、運営にバレていた。


「にゃはー、ふたりで打ち上げかにゃ?」

「「……」」

「呼ばれてもないのに、来ちゃいましたぁ。てへっ」


 マネージャは舌を出して笑う。ツインテールの金髪が跳ねる。


「ユメパイセン、怖い顔しないでよぉぉ。マネちゃんの仕事で来たのにゃ」

「夜の10時すぎてるの。子どもは寝る時間よ」

「まあまあ、詩楽さん。仕事なんだし」

「さす、お兄ちゃん。話がわかるにゃ」


 美咲さんは僕の隣に座った。いわゆる両手に花状態。なのに、詩楽がふてくされていて、いたたまれない。


「良い話と、悪い話。どっちから聞きたいにゃ?」

「うーん、悪い話かな」


 嫌なことは先に済ませて、気分よく遊びたい。


「あかつきさんが配信に出てきたの、理事長も見ててさあ。らぶちゃん、クギを刺されちゃったんだよねぇ」


 理事長、優しいお姉さんである。ただし、詩楽のことになると話は別。

 僕と詩楽が出会った翌日には始発の新幹線に乗って、僕の家を訪ねたぐらいだ。


「さっきみたいにイチャラブしてるのを理事長に報告したら、面白くなりそうにゃ」


 にへへと、小悪魔的な笑みを浮かべる童顔の先輩。


「ん。これまで、美咲は特別扱いしてたけど、それだけは許さない」


(うちの彼女がガチキレしそうです)


「美咲さん、僕たち清い関係ですよ」

「へえ、すっとぼけちゃって」

「いや、キスしたことないし」

「キスはないけど、他はあるとかお兄ちゃん、大人なんだにゃ」


(添い寝や膝抱っこはセーフだよね?)


「まあ、らぶちゃん的には面白ければ、どうでもいいにゃ。面倒はごめんだし、黙っておいてあ・げ・る」


 言い方があざとい。


「見逃すかわりに~こうしちゃうぞぉぉ」


 美咲さんは僕に抱きついてきた。腕が胸に挟まれる。やっぱ、小学生みたいな体の割に大きい。

 僕は慌てて詩楽の顔を見た。思いっきり曇っている。


「あのぉ、僕と詩楽がイチャつくのは、まずいのはわかりますよ。万が一、はにーが男バレをしたら大変なことになりますし。でも、マネージャとタレントは大丈夫なんです?」


 美咲さんを引き離したくて、聞いてみると。


「お兄ちゃんも男の子にゃん。ユメパイセンみたいな美少女と同居してたら、ムラムラする。でも、手は出せない。ってなったら、マネちゃんを頼るしかないにゃ」

「「……」」

「マネちゃんとしてはタレントのメンタル管理も大事なお仕事にゃん。らぶちゃんがお兄ちゃんの荒ぶった男の子を鎮めるにゃ」


(詩楽さん、殺気がダダ漏れなんですけど)


「マネージャの仕事の前に、僕たちは高校生なんですよ」

「ん。見た目が小学生だから、甘音ちゃんが犯罪者になっちゃう。彼が捕まったら、あたしも後を――」

「それだけはダメだから」


 僕は詩楽の肩に手を置いて、どうにか落ち着かせる。


「冗談、冗談にゃ。とにかく、らぶちゃんは味方だからぁ」


 うふふ、と僕の担当マネージャは笑ってから。

 僕の耳元に口を近づけてきて。


「あかつきさんにお礼したいなら、オフコラボがあるにゃ。あっ、オフコラボ定番の乳揉みはNGだぞぉ」


 そう言いながら、美咲さんは僕になにかを渡してきた。紙切れだった。

 僕は詩楽にバレないように、紙切れをズボンのポケットに入れる。


「じゃ、良いニュースにゃ。お兄ちゃん、収益化の条件達成したからぁ。らぶちゃん、お仕事熱心だからぁ、収益化申請を出しておいたよぉ」

「なんと?」「もう⁉」


 僕と詩楽の叫びが重なった。


 ワイチューブの収益化。必要なのは、4000時間の動画再生時間と、チャンネル登録者数1000人。


 驚いたけれど、すぐに納得した。

 同時接続数は10万人を超えていた。かりに、全員が1時間見てくれたのなら、10万時間になるわけだ。


「じゃあ、お邪魔虫は撤収するにゃ。今夜は楽しんでねぇ」


 小悪魔的な笑みを浮かべて、マネージャは去って行く。


 僕は冷蔵庫に行ったついでに、美咲さんに渡された紙切れを見た。遊園地の割引チケットである。


(オフコラボって、そういうことね)


「詩楽、ちょっといいかな」

「ん?」

「今日のお礼も兼ねて、僕とデートしようよ」

「ホント⁉」


 詩楽が僕に抱きついてきた。


(一線を越えなければいいよね?)


 僕は詩楽の背中に手を回すと、銀髪を撫でる。

 日付が変わるまで、僕たちはずっと互いの感触を確かめ合った。

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