第4章 初めて

第95話 運営からのお知らせ

 5月も中旬に入った金曜日。

 放課後、僕たちの部屋に神崎さんと結城さんが来ていた。

 基本的なレクチャーは済んでいるので、4人それぞれが別の作業をしている。


「うーん」


 神崎さんがうなっている。

 メンター本来の仕事は相談に乗ること。僕の出番だ。


「神崎さん、どうしたの?」

「サムネイルが上手に作れないんです」


 見せてもらう。別に悪くはなかった。

 神崎さん、ストイックな子なので、気になるのだろう。


「サムネは外部に出すから、そこまでこだわらなくてもいいよ。その分、僕たちは配信を面白くしよう」


 と少しでも気が楽になるようアドバイスするも。


「わかってはいるのですが、まだ自分のカラーがわからないんです」

「神崎さんのキャラ……正統派アイドルタイプじゃなかった?」

「アイドルっぽいサムネはどんな感じなのかで悩んでるんです」

「そういうことね。他人に指示を出すときの基準がわからない感じかな?」


 自分が望むサムネがわかってなかったら、相手と適切なやり取りができない。


「さすが、猪熊さんです!」


 神崎さんの声が高くなった。

 すると、詩楽うたがうらやましそうな顔を神崎さんに向ける。


「うさん、嫉妬してかわいい」

ゆずは自分の作業に集中して」

「うぃーす」


 ふたりはあいかわらずだ。

 ただ、最近は言い合いをしながらも、友だちに見えなくもない。


「アイドルもいろんなことが求められますけど、VTuberもすることが多いのですね」

「そうだね。歌やゲーム、雑談、料理に楽器演奏、占いなどなど。3Dになったら、ダンスもある。全部できる人は滅多にいないかな」

「そうなんですか」

「明日にも新しいジャンルが生まれる可能性もあるわけだし。そのたびに、全部が増えていくから、全部がなにかを特定することすらムリかな」

「VTuberは大変です」

「アイドルに比べたら、まだまだ歴史が短いからね」

「……ありがとうございます。話を聞いていただいて、気が楽になりました」


 神崎さんの顔が多少すっきりしたようだった。


「甘音ちゃんの優しさは神の領域。だからって、惚れるのはNG」

「うさん、嫉妬してかわいい」

「悪い?」


 神崎さんが落ち着いたと思ったら、また詩楽と結城さんが騒がしくなった。

 かしましいふたりを放っておいて、僕と神崎さんは自分の作業に戻る。


 数分して。


「あっ、運営からニュースが出てます」


 神崎さんが自分のノーパソを指さす。

 レインボウコネクトのコーポレートサイトが開かれていた。


「うーん、これは……」


 神崎さんは困惑した様子だった。企画の告知にしては不自然だ。


(どうしたのかな?)


 すぐにチェックしないと。思わず、神崎さんのPCを覗き込もうとして、躊躇した。

 詩楽を刺激しかねない。僕は自分のノーパソで見ることにした。


 ニュース一覧の一番上にあるタイトルが目に入り――。


「誹謗中傷対策?」


 声がうわずってしまった。


 運営からのニュースは、誹謗中傷対策についてのものだった。神崎さんの困惑もわかる。

 リンクをクリックし、詳細のページを開く。


 内容をまとめると、こんな感じだ。


 SNSや、ワイチューブのコメント欄を使って、弊社タレントへの誹謗中傷が行われている。

 誹謗中傷に対して、今後は警察との連携を強化する。

 特に悪質なものについては、発信者情報開示請求などの法的処置も辞さない。

 社長の直筆署名もついている。


 とまあ、かなり踏み込んだ厳しい内容になっていた。


「良かった。運営が動いてくれて」


 あかつきさんの88事件の直後、彼女へのひどい攻撃があった。


 詩楽に約束したとおり、僕は理事長に相談していた。

 理事長も前々から限度を超えた投稿を問題視していたらしい。弁護士と対応策と協議中だったとのこと。


 内容が固まって、発表に至ったようだ。


「運営さん、わたしたちの成長を大事にしてくれるんですね」


 神崎さんがしみじみと言う。

 問題の文章の中に、運営の方針も書かれていた。


『レインボウコネクトは、虹であるタレントたちとファンの皆様方をつなぐ存在でありたいと思っています。

 大切なタレントがよりよく成長し、明るい未来を掴めるよう、これからも全力でサポートして参ります。

 皆様にとって面白い活動をするためにも、タレントのメンタルは非常に重要であり、メンタルケアの大切さは実感しております。

 ファンの皆様方にはご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。』


 理事長が常々言っている内容だった。


「神崎さんの言うとおりだよ。運営は守ってくれるから、安心して」

「ん。これでも完璧じゃないけど、前進した」


 詩楽は評価しつつも、ため息をこぼしている。


「まあ、法律で禁じたからといって、犯罪が起こらないわけじゃないからな」


 警告しても、ルールを破る人はいる。自分が正義だと思っている人もいるし。


「アイドルの世界もそうでした。アンチはいますからね」


 詩楽につられたのか、神崎さんも暗い顔をしている。


「ちっ、ざけんなし」


 舌打ちに続き、つぶやく声が聞こえた。

 方向的に神崎さんだけど……。

 優等生の神崎さんが汚い言葉を吐くとは思えない。


「神崎さん、なにか言った?」

「『アイドルの世界もそうでした。アンチはいますからね』と言いましたが」

「その後?」

「いいえ、なにも言ってませんが」


 僕の聞き間違えか。


「結城さん、アンチに悪態つくなら、僕たちの前でやってね」


 結城さんの暴走を心配して、クギを刺してみたら。


「いや、アンチを相手にするなんて、だりぃだけ。あいつら、人を叩くことが生き甲斐。反応したら思うつぼ」


 まさかの態度だった。


(いや、省エネの結城さんらしいかも)


 付き合いが1ヶ月近くになり、感じていた。

 結城さんは強メンタルの持ち主だと。


「甘音ちゃん、アンチについて、どう思ってる?」

「えっ、僕?」


 自分のことは考えてなかった。

 詩楽が心配で、自分は後回しだし。


「僕もアンチは気にしないようにするタイプかな。傷つくだろうから、あまり見ないようにする」


 言葉にはしないけど、弱音を吐きたくないと思っている。

 僕に余裕がなくなったら、詩楽を守れなくなるから。


 かといって、溜め込むのも後で無理がたたる。

 結城さんみたいな強メンタルじゃないなら、見ないが一番。


「大丈夫。詩楽も、後輩たちも僕が守ってみせるから」

「甘音ちゃん、かっこよすぎ」


 心の声が口に出てしまったらしい。


「甘さん。女ったらし」

「夢乃さんも大変ですね」


 後輩たちにまで呆れられて、恥ずかしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る