第94話 牧場で肉を食べる
後輩と話しているうちに、お昼になっていた。
「あまり邪魔しちゃいけませんし、わたしたちお昼ごはんに行きますね」
神崎さんが気を利かせてくれた。気配り上手で、ポイント高い。
後輩と一緒だと、詩楽も気が休まらないだろう。お言葉に甘えたい。
ところが。
「あたしたちも一緒にいい?」
なんと詩楽の方が予想外の発言をした。
後輩たちも戸惑っていたら。
「ごめん、あたしなんかが迷惑だよね。部下を食事に誘うウザい上司になっちゃったじゃん」
詩楽は別の意味に受け取ったらしい。
「詩楽、ちょっといい」
僕は詩楽の手を引いて、後輩たちから少し距離をとった。
「みんな、詩楽がいて、迷惑だと思ってないから」
「……そうなの?」
「ああ」
「柚も?」
「たぶん。表情を見た限りだけど」
「なら、なんで、みんな微妙な反応をしたの?」
詩楽は小首をかしげる。
詩楽は特殊な家庭環境の影響もあって、対人関係に疎いところがある。
「詩楽から誘われると思ってなかったんだろうね。結城さんに鬼教官してるし」
「仕事は仕事、遊びは遊びだもん」
「でも、せっかくの休みに後輩とすごしていいの?」
詩楽自ら言い出したとはいえ、僕は心配だった。
「仕事を離れて、あの子たちと遊んでみたいの」
「そうなんだ」
「たしかに、一部の子とは合わないよ。さっきは注意しちゃったし」
堂々と認めるのが詩楽らしい。
「けど、だからって、『合わないから嫌だ』とは言えない。仕事が絡む相手だから」
「たしかに」
たんなるクラスメイトのような関係であれば、苦手な相手とは関わらない作戦もありだ。
ところが、仕事相手となると話は別。
特に、僕たちみたいな企業VTuberには、箱という概念がある。
箱推しの人は、同じ事務所のVTuberには仲良くしてほしいと思っている。
というか、ちょっとでも不穏な空気を察知されたら、あることないことネットで書かれてしまうし。
それに、メンターの件は、詩楽自身も納得したうえで引き受けている。
責任感の強い詩楽だ。一度決めたからには手を抜かない。
だから、僕が詩楽のサポートをするんだけど。
「あたし、徹底的に彼女たちと向き合いたいの……ダメかな?」
「いいと思うよ」
うなずいたのは、首をかしげる姿が反則的にかわいかったからだけではない。
どこまでもまっすぐな彼女が尊敬できるから。
「それに、嫌いなものを否定して、遠ざける人いるじゃん」
「そうだな」
「けど、相手を根絶するまで戦うなんて現実的には不可能。自分も大きなダメージを受けるわけだし」
「激しく同意」
僕が首を縦に振ると、詩楽がうれしそうに微笑む。さわやかな春の風が銀髪をなびかせる。
「だったら、こっちから歩み寄らないとね。もっと、彼女たちを知らないとだし」
「エラいけどさ……我慢して詩楽がつらくなったら、僕は悲しいな」
「我慢はしない。言いたいことがあれば言う。さっきみたいに」
「わかった。あと、僕にできることあったら協力する」
「ありがと。なら、ひたすら甘やかして」
詩楽が僕の胸に飛び込んできた。
髪を撫で撫でしていたら。
「パイセンたちがバカップルっす!」
野崎さんに叫ばれてしまった。
「ごめん、僕たちも一緒にいいかな?」
「いちゃつかなければいいっす」
「善処する」
というわけで、僕たちは4期生と一緒に食事をすることになった。
羊のエリアを通過し、牧場内のレストランに入る。
「牛ステーキうまそうっすね」
「「ぶはぁっ⁉」」
僕と詩楽は揃って咳き込んだ。
「ちっ、夫婦揃って」
結城さんに言われるも。
「僕たち、牛の手しぼりをしてきたんだよね」
「さすがに、あたしも牛肉は厳しいかな」
メニューを見る。
「ジンギスカンもあるんだ」
レストランに来る途中にいた羊を食べるのかと思うと、複雑な気分になった。
「妾、さっき言われたことわかった気がしましタ」
阿久津さんが神妙な顔で言う。
「妾たち、かわいい羊を食べるんだから、敬意を払わないといけないですよネ」
「まあ、言いたいことはあってる。けど、肉を食べるたびに感謝を捧げるの?」
「うーん、そこまでは大変でス」
「あたしも普段はなにも考えずに肉を食べてるし……自分の命を粗末にしなければ別にいいっていうか」
詩楽はにこやかな顔で言う。
今度は阿久津さんも怯えていなかった。
「じゃ、柚たそは牛ステーキとソーセージにする」
今の流れで堂々とステーキを頼む結城さん。マイペースな子だ。
「じゃ、あたしはカツカレーにする」
詩楽はカツカレーだった。
(豚は見ていないから、大丈夫なのかな?)
僕はミルクスープのラーメン、神崎さんはパンケーキ、野崎さんと阿久津さんはラムのグリルだった。僕と神崎さん以外は肉系である。
やがて、注文した料理が運ばれてくる。
「肉しか勝たん」
「ん、同意」
結城さんの言葉に詩楽がうなずく。詩楽なりに仲良くなりたいのだろう。
「獲れたて新鮮素材がマジで神。さすが、牧場だわぁ」
「柚。肉は熟成した方がいい説もある。新鮮だから良いわけじゃないらしい」
「なんと⁉」
「牧場に来た思い出補正がかかるのかも」
料理単体の味に加えて、牧場で食べた経験が特別感をもたらすのかもしれない。
「そうだね。僕も自分で乳を搾ったからミルクがおいしく感じる」
「それ、わかります!」
「神崎さん」
「みなさんと良い景色を見れて、動物と触れ合えて、先輩たちにも出会えて。ごはんがおいしくなるのも当然です!」
鼻息を荒くする神崎さん。
(こういう顔もできるんだなぁ)
「でも、みちゃん、パンケーキじゃん」
「このパンケーキ牛乳入ってるみたいです」
結城さんは神崎さんを「みちゃん」と呼ぶ。名前の1文字目+「ちゃん」が結城さんの中では基本らしい。
(50人しか区別できないし、頭が混乱しないのかな?)
謎すぎる結城さんに対し、神崎さんはいつもの真面目な顔で答えた後。
「まあ、わたしは乳しぼりしてませんけれど」
クスリと微笑んだ。
レストランに来てからでも、神崎さんはいろんな顔を見せている。
詩楽のおかげで、後輩の新たな一面を知ることができた。
食事が終わって後輩たちと別れるまで、僕たちは会話を楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます