第93話 どんなウマになりたい?
牧場で、後輩たちと遭遇した。
僕たちは思い立って来たわけで、彼女たちには話していない。偶然とは恐ろしい。
「みんな、どうしたの?」
僕は直属の後輩である神崎さんに尋ねてみた。
「せっかくの連休ですので、デビュー前に親交を深めようと、遊びに来たんです」
「そうなんだ。みんな仲いいんだね?」
「そうですね。わたしたちデビュー後は仲良しアピールしないといけませんし。ウソがあったら、ファンには見抜かれます。少しでも距離を縮めたいんです」
「立派だね」
神崎さんの意欲は尊敬できる。高校生とは思えないプロ意識だ。さすが、元アイドル。
ただ、少し引っかかった。
詩楽がムリしてがんばってしまうときと、似ている気がする。「アピールしないといいけませんし」といった言葉遣いあたりで。
「ところで、パイセンたちはデートっすか?」
「青葉さん、失礼ですよ」
「ボク、直球系VTuberっすから」
神崎さんが野崎さんをたしなめたが、野崎さんは堂々と答える。
(野崎さん、肝が据わってる子なのかも)
先輩を畏れて萎縮するよりはマシか。
「神崎さん、僕たち気にしてないから」
「ん。あたしたちラブラブだもん」
詩楽が僕の腕にしがみついてくる。
「けど、僕のことは女子扱いしてくれると助かるかな」
しくじったと思ったのは、口を閉じてからだった。
「甘さん、女子扱いされたいのは、女子トイレに入りたいから?」
「ちがうし!」
結城さん、普段とは別人みたいに目が輝いている。
「僕、VTuberのときは女子だと思ってるんだ。そうじゃないと、リスナーさんに男だとバレそうな気がして」
「猪熊さんから役者魂を感じます」
神崎さんが僕を持ち上げる。彼女の場合は、本音なんだろうけど。
「リスナーさんを騙しているようで気が引けるよ。でも、一方で、かわいければ、なんでもあり。そこら辺でジレンマがあるかな」
つい本音を漏らしてしまった。後輩に弱音を見せるようで恥ずかしい。
「みんな、今日は遊び」
「そうだな、ごめん、ごめん」
結城さんの指摘ももっともだ。
「ところで、甘音パイセンは、どんな馬になりたいっすか?」
野崎さんが雰囲気を変えてくれた。
「僕はそうだなぁ……牧場で観光客を相手にのんびりしてたいかなぁ」
「なんすか。引退した競走馬っすか。若いのに」
「柚たそは甘さんに同意」
野崎さんには理解されず、結城さんにうなずかれた。
「じゃあ、詩楽パイセンは?」
「あたしはストレスなく、草原を走りたい。さっきも言ったけど」
「ありきたりだし、それ以外で」
詩楽相手にも遠慮がない野崎さん。
「うーん、じゃあ。当て馬」
「当て馬(っすか)⁉」
「ビッチかよ」
「あっ、その手があっタ」
「恥ずかしいです」
僕と野崎さんは驚きの叫びを上げ、結城さんは冷静に突っ込み、無言だった阿久津さんは変なスイッチが入り、神崎さんは頬を赤らめた。
当て馬とは、雌馬の発情をうながすための雄馬。いわば、繁殖のために使われる存在だ。
「当て馬といっても、あたしが甘音ちゃんと交尾をするの」
「ぶはぁっ⁉」
直接的な表現に僕は噴いてしまった。
「もちろん、あたしも甘音ちゃんも馬だったらの話。擬人化もされてない馬だからセーフ」
「なら、セーフなのかな?」
ウマになれば、てぇてぇの呪縛から解放される気もする。ウマになりたくて、アウトとは言えなかった。
「はい、お次は未来っち」
「わたしですか?」
「恥ずかしがらずに、自分をさらけ出しちゃいなよ?」
「うーん、そうですね……わたしはもちろんG1を狙います」
神崎さんは正統派の競走馬だった。
(勝負の世界に身を置きたいって……すごっ)
向上心ある神崎さんらしい。
「すいません、つまらない回答で」
「ホント未来っち真面目っす。でも、いじりがいありそうっす」
野崎さんと神崎さん、意外と相性が良い?
「つぎは、ボクっす」
野崎さんが元気よく胸を張る。
「ボクも競走馬っすけど、勝つより人気者になれればいいっす。盛り上げ役的な」
「勝ちよりもウケですか」
神崎さんの声は普段より低かった。同じ競走馬でも目指すものがちがって、複雑な心境なのかもしれない。
「受け……でゅふふ」
なぜか阿久津さんが笑っていた。
阿久津さんは4期生のなかで一番おとなしい。あまり話したことがない。せっかくなので、僕から話しかけてみよう。
「ところで、阿久津さんはどんな馬になりたいの?」
「食用馬になって、食べられたイ」
マニアックな回答で、話を振った僕も困った。
「そうなんだぁ」
「屠殺場で屠られて、人間に食べられる場面を想像したらゾクゾクしたノ」
怖い。怖すぎる。
「郁己っち。あいかわらず、ホラー好きのドMっすねえ」
「わたしたちの前で趣味に走るのはいいのですが」
「イク、イッテルなぁ」
他の4期生は受け入れているようだった。
(なら、いいのかな?)
そこで、話は終わりと思ったときだった――。
「ふざけないで」
冷め切った声が鼓膜をざわつかせる。
「詩楽、どうしたの?」
「甘音ちゃん、ごめん。でも、言っておきたくて」
泣きそうな目を見て、僕は気づいた。
詩楽にとって、死が持つ意味を。
「僕がなんとかするから、詩楽は言いたいことを言って」
「ありがとう」
冷静にお礼が言えるので、感情的な注意はしないはず。なら、どうとでもなる。
「郁己、死を気軽に考えちゃだめ」
かつて死を考えた詩楽だからこその重い言葉だった。
阿久津さんは予想外の展開に黙っている。詩楽の顔を真剣に見ているので、話を聞くつもりはあるようだ。
僕は見守ることにした。
「でも、うさんも肉を食べるよね?」
すると、結城さんが普段どおりの態度で言う。
ただ、けんか腰というより、純粋に疑問を感じているように見えた。
「あたしはヴィーガンじゃないし、肉は食べる」
「なら、なんの問題があるの?」
「柚の言いたいこともわかる。けど、肉を食べることと、命を粗末にするのは別の話」
詩楽は牧場を見渡すと、微笑む。
「この牧場にいる動物も、食用として育てられている動物も必死に生きている」
「そうだな」
「かわいそうだから殺したくない気持ちはあるよ。でも、あたしたちも生きているし、おいしい肉や魚は正義」
4期生は神妙な顔で聞いていた。
「動物は仕方なく、あたしたちのために犠牲になってるの。最初から死んでいいと思ってるわけじゃない。動物とは会話できないし、たぶんだけど」
「いや、詩楽の言うとおりだと思う」
「だから、自分から命を粗末にして、食べられたいなんて……冗談に怒って悪いけど、わかってほしくて」
「妾はマジでバカだナ。自分から食べられたいなんて言うのは、動物にも失礼だっタ」
「ううん」
詩楽は軽く咳払いをすると。
「ブーメランなんだけど」
僕にだけ聞こえるぐらいの小声で言う。
後輩がいなかったら、僕は彼女を抱きしめていただろう。
「わかればいいのよ。こっちこそ、怒ってごめんなさい」
詩楽は阿久津さんに手を差し出す。
「どうしたんですカ?」
「仲直りの握手」
阿久津さんはおそるおそる腕を伸ばしていく。
すると、詩楽が掴んだ。
「郁己の手、温ったかい。すべすべだし、綺麗なんだから、もったいないよ」
後輩と百合をしている僕のカノジョ。
一時はどうなるかと思ったけど、安心した。
「良い話のところ恐縮なんだけど」
一件落着と思ったら、結城さんが割り込んできた。
「ん。柚たそはナマケモノになりたい」
「それ、ウマじゃないっす」
結城さんのボケのおかげで、さらに空気が和んだのだった。
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