第10話 【初訪問】運営さんに行きました

 1時間目は数学。

 VR空間の教室に来たのは、キツネ耳のオジサンだった。


 アバターが先生というだけで、心理的な抵抗が少ない。

 話もうまいし、声も張りがある。

 久々の授業だというのに、そんなに疲れなかった。


 やがて、休み時間になる。


(僕、美少女になったし、転入生恒例のアレが来るよな?)


 身構えていたのだが、誰も僕に話しかけてこない。


「甘音ちゃん、困ってる?」

「誰も僕に質問してこなくて、拍子抜けしてる」

「ああ。転入生を質問攻めにする奴ね?」

「うん、大変だと思ってたから、助かったけどさ」

「うちの学校、他人に詮索しない文化だから」


 詩楽は真顔になる。


「問題を抱えた子も普通にいるし、興味本位の質問が地雷になるの」

「たしかに、アニメ声をネタにされたら、しんどいかも」

「そんなことより、トイレに行こ?」


 詩楽が僕の手を引いて、立ち上がる。

 詩楽のメンタルを考えると、抵抗したくはないのだけれど。


「トイレあるの?」

「行ってみれば、わかる」


 詩楽に連れられて、廊下を歩く。

 しばらくして、トイレのマークを見つけた。


「さっ、入って」

「いや、さすがに、まずいから」

「大丈夫。ここはVR。物理的なトイレじゃないから。ただ、女子がダベるだけの空間だし」

「やっぱり」

「だから、問題はない」

「そうは言われても、心理的な抵抗がハンパないんですけど⁉」

 

 VRで女子トイレ慣れして、リアルでも入ってしまったらアウトだし。

 なので、断固として拒否することにした。


「ところで、なにか話があるんじゃないの?」


 トイレの前ならギリでセーフかな?


「ん。今日の放課後、用事ないよね?」

「僕、一昨日まで萌黄あかつきちゃんの配信を16時間見てたんだよ。用事あると思う?」

「あたしと結婚したいなんて、うれしい」


 飛躍しすぎとはいえ、推しが喜んでくれて、ファン冥利に尽きる。


「ごめん。今日から部活があるから、放課後の予定は空けておいて」

「部活?」

「あたし、バーチャル部に入ってるの」

「そうなんだ」

「甘音ちゃんもバーチャル部の部員になってもらうから」


 まるで、確定事項のようだ。

 バーチャル部という名称、詩楽がVTuberであること、この学校がレインボウコネクトの運営に絡んでいること。

 それらを考えると、薄々察せられた。


(誰もいない場所を探して話した方がよかったよね?)


 しばらく女子トイレ前で雑談した後、教室に戻った。


   ○


 昼休みはヘッドセットを外して、部屋で食事を取った。

 冷蔵庫にある食材で、可能なかぎり栄養を考えて僕が作った。野菜炒めを作ると、詩楽は喜んで食べてくれた。


 午後の修行も終わり、放課後になる。


「甘音ちゃん、部活に行くからヘッドセットを外して」

「VRじゃないの?」

「ん。今日は初日だから、リアルでマネちゃんを紹介する」


 やはり、部活はVTuber活動の隠語だったか。


 詩楽と一緒に部屋を出る。エレベータに乗り、詩楽が途中階のボタンを押す。たしか、学校の事務局が入っている階だ。


 到着すると、詩楽はエレベータを降りて右手を突き進む。

 理事長室を通りすぎ、突き当たりで詩楽は足を止める。


 どこかの会社の受付っぽい。ソファと台があり、台の上には電話が置かれている。

 壁には見慣れたロゴがあった。レインボウコネクトのロゴである。


「ここが会社だから」


 詩楽が受話器を取り、どこかに電話をかける。


「夢乃です。打ち合わせの予定があります」


 同じ年の子が大人に見えた。


 しばらくして、若い女性が来る。20代前半とおぼしき巨乳女性は物腰が柔らかそう。初対面のはずなのに、どこかで会った気がする。

 女性に連れられて、会議室に入る。


「あなたが猪熊くんね」

「あっ」


 声でわかった。


「佐藤先生ですか?」


 僕たちの担任だった。リアルでも雰囲気が一緒で、既視感があったのかも。


「ええ。放課後はバーチャル部の顧問と、レインボウコネクトの社員を兼ねるけどね~」


 先生の笑顔には現実でも癒やされます。


「先生、夢乃さんのマネージャもしているの~」

「担任をやりながら、VTuberのマネージャまで……」


 ただでさえ、VTuberのマネージャは激務と聞く。複数のタレントを管理し、場合によっては配信をチェックし、企業案件やグッズ等にも関わるわけで。

 佐藤先生の場合、教師の仕事まである。


「私、大学では理事長の後輩だったの~。誘われて就職してみたら~」


 目が笑っていない。


(もしかして、ブラック学校……?)


 西園寺さん、あれだけ優しそうでいて、ブラック経営者?

 ブラック経営者が運営する学校なんて、いたくないんだけど。


 いや、僕のことなら、まだいい。

 問題は詩楽だ。


 西園寺さんの笑顔に騙されていたのだとすると……。

 もしかりに、詩楽の件に西園寺さんが関わった可能性すら出てきてしまう。

 詩楽のために朝一で名古屋から駆けつけたことも邪推したくなる。


「大丈夫よ。安心して。マネージャはもうひとりいるから~」

「よ、よかった」


 胸をなで下ろす。

 できれば、理事長を疑いたくなかったから。


 そのとき、会議室のドアが勢いよく開かれて。


「遅れてごめんにゃ!」


 もうひとり入ってきた。


 金髪ツインテールで、小学生みたいな顔立ち。走ってきたのか、肩で息をするたびに上下に揺れる双丘。

 ロリ巨乳は、やはりVR空間で見覚えがある。


「もしかして?」


 僕がつぶやくと。


美咲みさき、食パンくわえて走るって、何歳なの?」


 詩楽のツッコミから確信した。


「ユメ。どうせなら、クマさんパンツをネタにしてほしいにゃ」


 やっぱり。朝、出会った子か。声も同じだし。


 というか、彼女の声、どこかで聞いたことある。

 思い出せないけれど。


「集まったわね~」


 佐藤先生が手を叩く。


「猪熊くん、彼女は美咲愛らぶさんよ~。私の補佐でマネージャをする2年生だから~。猪熊くんのサポートもしてもらうから仲良くしてね~」


 美咲さんもレインボウコネクトの関係者だったらしい。


「よろしくです。美咲先輩」

「やっぱ、お兄ちゃんにゃ」

「美咲先輩」


 僕より年上なので、2回も『先輩』をつけたのに。


「半日ぶりだね、お兄ちゃん。2年の美咲愛だよぉ。お兄ちゃんの妹だから、らぶちゃんだけを愛してね❤」


 少しも話を聞いてくれないどころか。


 僕の腕に抱きついてきた。

 記憶が正しければ、Dカップである。リアルのDカップは柔らかかった。


「ごごごごぉぉぉ」


 詩楽さんが殺気を放つ。


 もしかして、修羅場……?

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