第11話 僕の夢
「甘音ちゃんは、あたしのモノなんだからぁ」
美咲さんの反対側から詩楽が抱きついてきた。
右腕が詩楽のFカップに埋まり、左腕が美咲さんのDカップに挟まれるという意味不明な状況でありんす。
数日前までは、モテるどころか、ネタ枠だった僕がですよ。
(ハーレムきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!)
「らぶちゃんとお兄ちゃんには1000年の絆があるにゃ」
「なら、あたしは甘音ちゃんに一耳惚れしたの。文句ある?」
「ユメパイセン、ぽっと出の女って認めるんだぁ?」
浮かれている場合ではなかった。
修羅場を乗り越えるコミュ力なんて、僕にない。
「先生、助けてください」
「アオハルしてるねぇ~」
佐藤先生は笑うばかりで、動く気配はなかった。
(どうすりゃいいんだよ⁉)
天を仰いでいたら。
「わたくしたちは、『てぇてぇ』をウリにしてますの」
理事長が会議室にはいってくる。
「修羅場は、『てぇてぇ』とはほど遠いですわ。お控えくださいまし」
怒られてしまった。
「理事長先生、わかりましたでちゅ。らぶちゃん、ユメパイセンとは仲良しですにゃ」
「ん。むしゃくしゃしてやった。反省はしているが、後悔はしていない」
美咲さんは小悪魔的な笑みを浮かべ、詩楽は冷めた顔でいる。
「わかればよろしいのよ」
理事長は微笑んでから、口を開く。
「では、揃いましたので、会議を始めますわ。佐藤さん、進行をお願いしますね」
「今日の議題は、猪熊甘音くんのVTuberデビューについてです~」
「お願いします」
僕は頭を下げる。
「わざわざ理事長までお時間をさいてくださり、ありがとうございます」
「べつに、かまいませんわ。形式的には、わたくしが猪熊さんをスカウトしたことになっておりますので」
やっぱり良い人だった。ブラック経営者だと疑ったことを反省する。
「それから、3期生の萌黄あかつきさんに参加していただいたのは、先輩として猪熊さんをサポートしてほしいからですわ」
理事長は詩楽を一瞥する。
「ん。ミジンコレベルのあたしだけど、甘音ちゃんは宇宙一大事な人。あたしを超えるVTuberに育ててみせる」
詩楽は徹底的に彼女自身を下げて、僕を持ち上げる。
「詩楽ちゃんは才能もあるし、実力もありますわ。ふたりで盛り上げていってくださいましね」
理事長の配慮の聞いた言葉はさすがだ。普通の人だったら、「卑屈になるな」と言う気がする。
「みなさん、そろそろ始めますよ~」
佐藤先生が咳払いをする。
「まず、猪熊くんが演じるキャラについてです~」
気合いが入ってきた。
「猪熊くん、どんなキャラになりたいか、希望はありますか?」
「うーん、正直、よくわかんないです」
まさか、自分がVTuberになるとは思っていなかったし。
「まあ、いきなりは答えられないわよね~」
「じゃあ、あたしからいい?」
佐藤先生が僕をフォローした直後、詩楽が手を挙げる。
「あたし、甘音ちゃんの甘い声を初めて聞いたとき、一瞬で心が鷲づかみにされたの」
「らぶちゃんも、お兄ちゃんの声優さんみたいな声、すこのすこ」
「ん。初対面で、あたしの魔法少女ネタをしたの。本人から見ても神演技だった」
本人とは知らずに、ついマネしてしまったら、本人に褒められたという。
「甘い声と、演技を活かしたキャラはどう?」
「あっ!」
僕は思わず叫んでしまった。
(その手があったか!)
正直、自分の声が嫌いなので、複雑な気分ではある。
だがしかし、諦めた夢に再挑戦するチャンスかもしれない。
僕は思いついた案を言ってみる。
「声優に憧れて他の星からやってきた女の子とか、どうです?」
「ありよりのあり。リスナーさんも甘音ちゃんの声に惚れるわ。あたしを虜にしたようにね」
推しに太鼓判を押されて、うれしい。
「他の人はどうですか~?」
「らぶちゃんも賛成だよぉ。お兄ちゃんのハニーな声を活かすの、面白いにゃ❤」
美咲さんも無邪気な笑みを浮かべる。本当に小学生みたい。
満場一致で僕の案に決まりかと思いきや。
「猪熊さん。『声優に憧れて』をウリに出して本当によろしくて?」
理事長は僕の心を見透かしたように聞いてくる。
「……僕、自分の声が大嫌いなんです。高校生になっても、声変わりしない。図体がデカいのに、甲高いアニメ声。いじられて、不登校になりましたしね」
「甘音ちゃん、ぐすん」
詩楽が泣いたので、僕はハンカチを差し出した。
「でも、詩楽のおかげで、僕は気づけたんです」
僕は胸を張って、言葉を紡ぎ出す。
「自分の嫌いな声が誰かを喜ばせることもある。だったら、声を上手く使えばいいじゃないですか」
みんなの視線が僕の口に集まる。
「それに、一度は諦めた夢を、声を使って取り戻したいんです」
「甘音ちゃんの夢って……?」
詩楽が興味津々に聞いてくる。琥珀色の瞳は澄んでいた。
「僕、実は俳優志望でした」
さすがに、驚きだったらしい。みんなポカンとしている。
(陰キャボッチが俳優志望なんて、想像つかんわな)
「中学時代は演劇部で、部活のかたわらオーディションも受けていたんです」
中学時代、ひとり親で僕を育てる母に恩返ししたいと思っていた。
しかし、年齢的にバイトは禁止されている。
俳優だったら、中学生でも収入を得られる。それで、俳優を目指した。
「中3の4月。ある芸能事務所のオーディションに合格したんです。『君、演じられる役の幅が広いね。良い役者になれるよ』と言われました」
うまくいっていたのは、そこまで。
「その直後、急激に成長期が来て、図体は大きくなりました。なのに、声変わりはしなかったんですよね。体と声がアンバランスな状態になりました」
詩楽が切なげな顔で、僕の手を握ってくれる。
他の人も真剣に僕の話に耳を傾けていた。
全員から優しさが伝わってくる。
安心して、トラウマを話すことができた。
「使いどころが難しい俳優になるのは明らかです。しゃべらなければ不良男子役もいけるのに、しゃべったらアニメの女子高生になるんですから。
ドラマや映画のオーディションを受けるも全滅。せめて、声変わりすれば、なんとかなったでしょう。体格の大きな俳優なんて、普通にいますし」
つい乾いた笑みがこぼれる。
「事務所の指示で、病院で診てもらいました。変声障害と診断されました。ホルモンの異常や、ストレスなどが原因と考えられているのですが、現在の医学では解明されていないようです。僕の場合はホルモン異常ではなかったみたいです。根本的な治療は難しいと告げられました」
詩楽が唇を噛みしめる。
「結局、僕は俳優を諦めたんです」
以上で、僕の過去は終わり。
すると。
「ごめんなさい」
詩楽は目を真っ赤にして、僕に頭を下げる。
「甘音ちゃんが苦しんでいるのも知らず、声がかわいいと言ってしまって……」
「ううん、過去のことだから」
僕が笑顔で応じる。
「僕、俳優にはなれないかもしれません。でも、VTuberの体があれば、声で演じられます。諦めた夢にチャレンジできるはず」
VTuberであれば、リアルの体から解放される。どう足掻いても変えられない物理の肉体を気にしなくていい。
「VTuberは厳しい世界かもしれませんが、僕にとっては希望なんです」
僕は関係者を見渡して、頭を下げる。
「だから、僕に力を貸してください」
すると、拍手の音が鳴った。
「甘音ちゃん、かっこいい」
「猪熊さん、合格ですの」
「猪熊くん、なにかあったら、先生に相談するのよ~」
「らぶちゃんもお兄ちゃんの夢に乗るにゃ❣」
感極まって、視界が濁ってくる。
話してよかった。
それから、僕のデビューに向けて、いくつかの宿題が出された。
学校に加えて、VTuberの準備もある。
忙しくなりそうだ。
でも、最高の気分だった。
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