第103話 子ども育ててるみたい
打ち上げも終わり、その日の夜。
「詩楽、あらためてお疲れさま」
「ふたりだけで乾杯するのもいいね。落ち着くし」
風呂上がりの詩楽からは石けんやシャンプーの芳しい香りがする。やや湿った銀髪も艶っぽい。
「もちろん、みんなと遊ぶのも楽しいよ。けどさ」
「う、うん」
「あたし、最近までボッチだったから、人とすごすと気疲れしちゃって」
「なのに、がんばってもらって、ありがとな」
「ううん、自分で選んで、あの子たちと関わってるから」
推し兼カノジョが尊い。
「あっ、それに最近はムリしてないよ」
「それはわかる。毎朝、詩楽の寝顔でチェックしてるから」
「甘音ちゃん、そんなことしてたんだ?」
「だって、かわいいカノジョがベッドに潜り込んでくるんだよ。我慢できないっていうか」
「ふーん、我慢できないんだぁ。ならさ」
詩楽は小悪魔的な笑みを浮かべた。
「寝てるときに、キスでチェックすれば?」
大変だ。僕のカノジョが小悪魔美咲先輩の影響を受けたかも。
「さすがにまずいでしょ」
「だって、あたしたち恋人でしょ。甘音ちゃんとのキス、あたしも好きだし」
ストレートに言われて、こそばゆくなる。
「けどさ、寝てる人にいきなりは良くないと思うんだ」
「ふふふ、甘音ちゃん、かわいいんだから」
からかわれていたらしい。
「キスはともかく、いまのあたし、ホントに充実してるから」
「見てればわかる」
最近はマイナスな発言も減っている。
後輩の前でしっかりしなきゃという意識が働いているのだろう。
ダウナーな詩楽もかわいいけれど、彼氏としては心配になる。
前に理事長にも言われたように、理事長や僕が一生詩楽についていてあげられるとは限らないし。
自己肯定感は低いよりかは高い方が安心できる。
そういう意味で、いまの詩楽が望ましいと思っている。
なんだか娘の成長を見ているようで、複雑な気分だ。対等な関係の恋人なのに、娘だと思ってしまったんだから。
(パジャマを盛り上げる膨らみは娘じゃないのにな)
かわいい、かわいいカノジョに不埒な考えを抱いていたら。
「あたし、最高に幸せかも」
不意打ちだった。
「だって、柚があたしと甘音ちゃんの子どもみたいなんだもん」
「ぶはぁっ」
(結城さんが詩楽の子どもだったら、僕にとっては孫じゃん!)
って、そっちもあるけど。
「僕と詩楽の子ども⁉︎」
「だって、手がかかるじゃん。甘音ちゃんにも面倒を見てもらってるし」
事実なので、うなずく。
「手がかかるから僕たちの子どもなの?」
「それもあるけど……もちろん、かわいいから」
「そうだな」
「大変な子ほど、かわいいってのは事実だった」
「僕もああいう子は初めてだから、実感したかな」
詩楽はため息を吐いてから。
「あたし、大変な子どもだったら……母に愛されたのかな」
「……」
琥珀色の瞳に涙が浮かぶ。
「詩楽」
僕は彼女の華奢な体を抱きしめる。
「甘音ちゃん⁉︎」
「僕が詩楽に愛を注ぐから」
「?」
詩楽が僕の背中をギュッと握りしめる。
瞳を閉じる彼女の唇に、僕は自分の唇を重ね合わせた。
しばらくの間、愛を彼女に注入した後、彼女はゆっくりと離れていく。
「甘音ちゃん、やっぱ、柚の父親に向いてるかも」
「えっ?」
「母はもちろん、あたし」
その話、まだ続いてたんだ。
「まあ、柚があたしたちの子どもってのは冗談なんだけどね」
「ははは、冗談で助かった」
「甘音ちゃんが柚をかわいいって言ったのは冗談じゃなさそうだけど」
「それは話の流れであって……異性としての意味じゃないから」
「ふふふ、わかってる」
詩楽は微笑んだ後。
「ねえ、あたしと甘音ちゃんに本物の子どもできたら、どんな子に育つのかな?」
不意打ちを放ってきた。
「僕と詩楽の子ども?」
想像してしまった。
僕たちの未来を。
このまま僕たちが交際を続け、数年後には結婚し。
詩楽と一緒に子育てをしながら、配信している姿を。
(子どもが泣いていても、高性能な防音室があれば大丈夫かな?)
VTuberらしい心配事だった。
「あたし、甘音ちゃんの子どもほしくなった」
言えない。
妄想していたなんて。
現実に戻った僕は急に恥ずかしくなってきた。
「僕たちには、まだ早いって」
「でも、お金はもう稼いでる」
お金の問題じゃない。
僕たちは16歳。仕事をしている点では大人かもしれないが、精神的には未熟だ。
生まれてくる子どもに対して、責任が取れる自信はない。
ただ、詩楽の盛り上がっている気持ちに水を差したくなくて。
「いつか、みんなに祝福されるようになったら、子どもを作ろうな」
「てぇてぇの掟を壊してやる」
「平和な手段だよね?」
「爆破するかも」
「それは、祝福されないから」
「冗談」
詩楽は真顔で言うから、本気か冗談かわかりにくい。
「ところで、甘音ちゃん、結婚よりも子どもが先なんだ」
「へっ?」
「エッチ」
「子どもの話をしていたから、流れで答えちゃった」
「あたし、エッチな甘音ちゃんも受け入れるから恥ずかしがらなくていいんだよ」
今度は僕からキスをした。
互いの胸と胸が当たる。ブラジャーをしていないのか、感触がいつもとちがった。
「今日も一緒に寝よ」
「……僕に我慢させる気」
「いいよ。したいことしても」
上目遣いの破壊力がたまらない。
「じゃあ、こうしちゃう」
僕は詩楽を抱き抱えると、いわゆるお姫様抱っこをした。
そのまま、僕の寝室に運ぶ。僕のベッドに詩楽を寝かすと、僕も横になる。
「甘音ちゃん、あたし、立派な母親……ううん、先輩になるね」
僕は彼女が寝つくまで、背中を撫で続けた。
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