第7章 レジリエンス

第30話 白いクリスマス

 クリスマスイブの夜。

 浴衣姿の美少女とふたりで、豪勢な料理を囲んでいた。


「理事長にはなんと言ったらいいか……」

「ん。気にしなくていい。業務命令なんでしょ?」

「そうだけど」


 詩楽とちがって、簡単に割り切れない。


 話は数時間前にさかのぼる。

 僕は声の件について、美咲さんに電話で報告した。

 その数分に、今度は理事長から電話がかかってくる。


『ふたりともメンタルが原因なのですわよね。今から温泉に行って、静養してくださいまし。業務命令ですから』


 と、唐突に言われてしまった。

 当日予約はさすがに難しいと思っていたのだけれど。


『もう旅館は予約してありますわ』


 キャンセル料も発生するし、断れない。

 詩楽が退院したあと、理事長が手配した車に乗って温泉旅館へ。


 こうして、いまに至る。


「せっかくなんだし、温泉デートを楽しみましょ」


(休暇に来て、気疲れしたら意味がないか……)


 おいしいものを食べて、彼女とイチャつくのも仕事、仕事。

 そう理由をつけて、僕も罪悪感を打ち消した。


「そうだな。いまの僕たちは休むのが仕事だし」

「そうそう。クリスマスイブだし、イチャラブしよ」

「……今夜はかわいがるぞ」


 恥ずかしいけれど、詩楽のメンタル面を考えて、がんばった。


 詩楽は目をとろけさせる。

 温泉あがりの火照った肌が魅力的で、男の本能が昂ぶってきた。

 カノジョとはいえ、てぇてぇ関係でいないといけない。


 話題を変えないと。

 とりあえず、料理を見渡す。刺身や鍋、天ぷらなど和食の中にフライドチキンがあった。


「旅館の食事って和食のイメージだけど」


 僕はフライドチキンを指さした。


「たぶん、クリスマスイブだからじゃないの?」

「他のお客さん見当たらないし、僕たちのために用意してくれたのかな」


 温泉といっても、こぢんまりした旅館が一軒あるだけで、温泉街でもない。

 いわゆる、山奥の秘湯である。


「フライドチキン、メチャクチャおいしい」


 詩楽が声を弾ませる。

 抑揚はあるが、声はカスカス。

 喉自体に問題はないので、会話は禁止されてない。せめてもの救いかもしれない。


 詩楽は前屈みになって、骨を皿に乗せる。

 浴衣の合わせ目が気になってしまう。谷間がおいしそうだから。


 慌てて、僕もフライドチキンにかぶりつく。

 スパイスの香りと、鶏肉の食感、こってりした油。


「幸せになれるな」

「ん。最高すぐる」

「ごめんな。理事長がいなかったら、コンビニのチキンとケーキだった」

「ううん、甘音ちゃんといられるだけで幸せだから」


 詩楽は微笑を浮かべたあと。


「こんなことしてる場合じゃないんだけどね」


 目を泳がせる。


(さっきは詩楽の方が落ち着いていたんだけどな)

 本当の意味では割り切れていないのかもしれない。 


「そうだね」


 僕はいったん詩楽の気持ちを受け止めてから。


「もしもの話だけど、いいかな?」

「なに?」

「いまの状態で、ライブまで休まず練習したとして、どうなると思う?」


 詩楽の目を未来に向けさせる。


「本番までに悪化してるかも」

「うん、僕もそう思ってる」

「奏の指示どおり、休んだ方がいいね」

「せっかく、温泉でクリスマスデートできるんだ。楽しもうよ」


 僕が一方的に指示するより、自分で決めた方が納得して休める。詩楽自身が考えるための質問だった。


 食事のあと、しばらく食休みをし。


「じゃあ、僕、2回目の温泉に行ってくる」

「あたしも」


 浴場入り口で詩楽と別れたあと、僕は男湯へ。

 露天風呂もある。体は夕方に洗ったし、いきなり露天風呂へ行く。


 外で浸かる湯は最高だった。


 冬の星空は都内と比べようもないほど美しく。

 山中のみずみずしい空気はおいしくて。

 なによりも、乳白色に濁ったお湯が日々の疲れを癒やしてくれる。

 普段は家に閉じこもってばかり。デスクワークの肩こりが楽になった気がする。


「あたしの肩も、胸という重みから解放されたがってる」


 声がした方を思わず見る。


 わずかに欠けた月が少女の姿を映し出す。

 彼女は一糸まとわぬ姿で立っていた。

 山の風に銀髪がなびき、豊かな双丘の先端に髪がまとわりつく。

 下は下で、彼女の手が大切な部分を隠していた。


 未知の部分を知りたいが。

 実際に見る怖さもある。

 ギリギリセーフで助かったかもしれない。


 男の欲望とともに、別の感情も湧いていた。

 月に照らし出される詩楽という構図。初めて会った日の姿が脳裏に蘇る。


「魔法少女萌黄あかつき。いざ参上!」


 あの日の言葉が自然と口からこぼれた。


 すると。

 ――バシャ!


 あの日、欄干から飛び降りたように。

 推しは湯船へジャンプする。


「詩楽、楽しそうだね?」

「うん、面白い」


 彼女は僕の方に近づいてくる。

 僕は視線をそらして、後ずさりする。

 岩のゴツゴツで、お尻が軽く痛い。


 と、そのときだ。


 胸にふにゅっとしたものが当たる。

 外なのに甘い香りが鼻孔をくすぐる。


(もしや⁉)


 予想どおり、詩楽が僕の胸に抱きついていた。

 いつもは服越しに感じる温もりも、今回に限っては布がないわけで。


 まさか………………………………。


 付き合って3ヵ月の彼女とクリスマスデート、混浴、野外の解放感、温泉の気持ちよさ、究極の柔らか物質O。


(限界なんですけど⁉)


 本音を言えば、エッチしたい。

 もちろん、合意のうえで。

 けれど、万が一彼女を傷つけたらと思うと、欲望に負けてはいけない。


(どうにかして、脱出できないか?)


 いや、無理だ。

 物理的にではない。

 詩楽を拒否することになるからだ。メンタルに悪影響が出かねない。


 覚悟を決めた僕は、詩楽のしたいままにされる。


「はぅぅっ、この胸板。強くて、頼りがいがある」


 彼女の双丘は僕の胸に押しつぶされている。


(はうぅぅ、おっぱい。大きくて、癒やされる)


 お湯が乳白色で見えないのがセーフ。おかげで、僕のアレが肥大化しているのも、隠せている。


「あっ」


 詩楽は唐突に空を指した。

 白いものが夜空を舞っている。


「雪がきれい」


 雪と、温泉と、最愛の彼女。

 日頃のストレスが吹き飛んでいく。

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